Prolog
空気が澄んでいる初夏の空の下。
「……暇だな」
ひとりごちを呟く陰キャのうち。
この世は陰と陽で出来ていて、あっちでぎゃーぎゃー騒いでるのが陽の人で、うちみたいに辛気臭くて暗いやつが陰の人。
誰も、陰の人になんか気づきやしない。
教室の奥、陰の人々が集うこちら側では、常に重だるしい雰囲気が流れている。
ある者は本を読みあさり、ある者はルーズリーフに絵を描き始め、ある者は外をただひたすらに眺めていた。
一方陽の人間とはいうもの。
机に座り、男女共に関係なく眩しい笑顔を振りまいている。耳を傾けると、「最近インスタでねー」だったり、「彼女が昨日さー」だったりと、陰の私には到底理解できない言葉が飛び交っている。
「うちもトイレで前髪いじってみたいなぁ…」
こんなありきたりな変なことでさえも、自分にとってはきらきらして見えてしまうのだから。
どれだけ努力をしても、絶対にあちら側の人間にはなれやしないのに。
「はぁ…」
長い長い昼休みの終わりを告げるチャイムがなり、それぞれが蜘蛛の子を散らすように席へと戻っていく。
外へ向けていた視線を久方ぶりに机へと戻すと
「え……」
そこには、端が乱暴にずたずたにされた手のひらサイズの四つ折りにされた紙が置いてあった。
そっと開き内容を読んだ瞬間、背筋にぞわっと何かが走る。
紙にはアリのように細々とした丁寧な文字で、
放課後、よかったら少し教室に残っててください
と書かれてあったからだ。
時計が14時を回った頃。
久坂沙織はひとりで小さな紙切れを震えた手で握りしめていた。
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紙切れには差出人の名前が書いてなかった。
他人の字なんて見たことがないため、字形から推測するのは困難だろう。
ましてや、こんな陰のうちに送ってるくることなんてほぼ0に等しいため、たまたま紙を置き忘れた説まである。
大体にしてうちになんの用があってこれを置いていったのか…。
真相は解明出来そうになく、ひたすらぐるぐると頭を悩ませる。
時計はとうに17時を回っている。
外は徐々に日が落ちつつあり、教室にはうちしか残っていない。
「やっぱり置き忘れたやつだったのか」
いつまで待っても一向に来る気配は無く、このまま待ってても来ない確率の方が高かったため、カバンを持って席を立つ。
その時だった。
ガダンッ!
「え……?」
ぜぇーはーぜぇーはーとわざとらしく肩で息をし、ものすごい勢いで扉を開ける。
「ごめん…っ、遅く、なった…!」
この声の主…。
「もしかして、萌里さん……?」
陽の人間の中でも、かなり有名なあの美少女。
一生縁がないと思っていた彼女が、今こちらへ向かってきている。
……って、冷静に実況してるけど、これどういう状態なの!?
なんで、なんでここに萌里さんがいてこっちに向かってきてんのって話!!
ずずっと自然と足が後ろへと引き、自然と顔が引きつる。
「沙織ちゃん?だっけ。」
久しぶりに呼ばれる自分の名前。
次に発せられる言葉にこれ以上ないぐらい全神経を集中させ、ゴクリと唾を飲み込む。
「君を………」
青空部に勧誘しますっ!!!
ずばっと指を刺し、へへーんというドヤ顔でこちらを見つめる萌里さん。
日はもうすでに完全に落ちていた。




