癒しの魔術の鍛錬 その二
「それは・・・尋常ではありませんね。」
「ルミナリアも驚いておったよ。
最終的な結論はまだだが、神殿で身柄を抑える。
神殿で押さえなければ、どこかの貴族なりが抱え込んでしまうじゃろう。
それが良い結果を産むとは思わん。」
「最悪、貴族間のパワーバランスが崩れてしまうかもしれませんね。」
「それは神殿も同様じゃよ。」
「それほど・・・ですか?」
「それほど・・・じゃよ。
元々治癒術士の数は少ないと言うわけではない。
しかし、高位の治癒術士となれば話は別じゃ。
部位欠損を回復できる治癒術士なんて居ようものなら、攫って薬漬けにしてでも手元に置いておこうとするものが出てもおかしくはない。
とりあえず、彼女の実力の底を見たいのだが、苦労してきたからなのかかなり世渡り上手でな。
大人の気分を害するようなことは一切せん。
我々ではどのくらいの実力があるのか図るのはかなり難しいじゃろう。」
「大人が駄目なら、子供ではどうでしょう?
神殿関係者の子弟から、利発なものを選んで彼女につけて様子を見てみましょう。
ルミナリア院長の娘は彼女の一つ上でしたよね?
前に会った時は年に似合わぬ立ち居ぶるまいでしたが・・・?」
私はアンゼリカ、聖都大神殿で不世出と言われた天才治癒術士ルミナリアを母に持つ。11才だ。
きっと私も凄い治癒術の才能があると思う。
お母様は聖都大神殿治療院の院長をしている誰でも知っている凄い人だ。
そのお母様の部下の人たちからは私には治癒術の才能があると言われている。
今日はコレットと言うお母様より凄い治癒術士になると噂される[癒しの勇者]とお話してどんな人間なのか調べてこいと言われている。
なんで子供の私がそんな大役に選ばれたかと言うと、そのコレットと言う[癒しの勇者]がまだ10才の女の子だからだ。
10才でお母様より凄いわけがない。
元孤児だと言うし、きっとその子は大人もだましてしまえるくらい物凄く嘘がうまいんだろう。
たから、私がその嘘を見破って神殿の大人たちをだましているウソツキの女の子を追い出してやろうと思う。
治癒術の鍛錬室に行くとコレットと言う元孤児のウソツキ娘がもう来ていた。
「あら、もう来ていたの?遅れてごめんなさい。コレット」
私の方が年が上なんだから呼び捨てしても構わないだろう。
「はい、こんにちは。始めまして。私はコレットと申します。」
「私はアンゼリカよ。ルミナ・・ス侍祭の姪なの。」
なぜかお母様からは偽名を使えと言われている。
お母様が大神殿治療院の院長だとわかったら、このウソツキ娘は嘘を吐いたことを泣いて謝るだろうになんで名前を偽るのだろう。
「アンゼリカ様ですね。よろしくお願いします。
あの・・・今日はレスト助祭様とルミナス侍祭様はお休みでしょうか?」
「そうみたいね。」
「理由を伺っても良いですか?」
「知らないわ。貴方が不甲斐ないからあきれたのではなくて?」
ウソツキがいけしゃあしゃあと太い態度をとる。
私はきつい目でこのウソツキ娘を睨んだ。
「そうですか・・・今日はどうしたらいいのでしょう。?」
「その魔道具を使ってみてちょうだい。」
この魔道具は私も使ったことがあるが、、かなり弱く調整されていたにも関わらず、すぐに具合が悪くなって倒れてしまった。
今日は大人向けに調整されているらしいから、きっとこのウソツキな子が使えばあっという間に倒れてしまうだろう。
ザマアミロだ。
「わかりました。」
そう言ってその子はあの恐怖の魔道具を使った。
信じられないことにその子はお母様と同じように魔道具を使うことができた。
6つの宝玉と床の円の中に記されている複雑な模様から光が立ち上る。
こんなの絶対に何かの間違いだ。
きっと今日は弱めに調整されているに違いない。
調整係の人は後から怒られるだろう。
「へ、へぇ・・・でもあなた全然大したことないわ。私のお母様ならその光を蝶々やお魚さんとか動物の形にして踊らせることとが出来るんだから。」
そんなことが出来るとは聞いたことが無かったが、ちょっと悔しかったのでつい嘘をついてしまった。
でも嘘を吐く悪い子を神殿から追い出すためだからいいわよね?
コレット視点
今日の鍛錬はレスト助祭もルミナス侍祭も来なかった。
ルミナス侍祭の姪と名乗るアンゼリカという私と同じくらいの子供がやってきて、何やらキツイ目でこちらを睨んでくる。
私の中身が本当に子供なら、萎縮してしまうのだろうが、どっこいこちらは元ニートと言えど今の年にプラスして20年以上の人生経験がある。
幼女に睨まれても何とも思わないどころか少し背伸びをしていてほほえましいとさえ感じてしまう。
やはりお二人とも怒ってしまったのだろうか。
私は何かやらかしてしまったのかもしれない。
何でもこの子の言うことには私の実力があまり低すぎたので二人は今日は来ないということだった。
何分子供の言うことなので本当なのかどうかは解りかねるが、幾らなんでも2回目で二人とも来なくなるのはあまりに不自然だ。
完全に見捨てられても困るので今日は少し力を見せた方がいいかもしれない。
私はアンゼリカに言われた通り魔道具を使った。
アンゼリカ曰く、私のやってることは全然大したことないらしい。
それどころか彼女のお母さん、つまり、ルミナス侍祭の姉か妹なのだろうが、魔道具から出る光を蝶々やお魚さんとか動物の形にして踊らせることとが出来るらしい。
そんなことが出来るのだろうか。
少し魔道具に流す魔力の制御の解像度を上げてみる。
100倍くらいに上げるとどうも出来そうな気がしてきた。
魔力のコントロールの細かさを高めると自然と私の体が宙に浮く。
そこで、神殿内の商店に売っていたヌイグルミのクマの形にしてみた。
このクマはこの体になってから、猛烈に欲しくなったものの一つだ。
おねだりすれば買ってもらえるのかもしれないが、そうすると何か人として大切なものを失ってしまうような気がして言い出せずにいた。
要するにぶっちゃけるとネットチンピラ見下鎮兵としての意識が幼女の意識に流されてクマのヌイグルミを愛でることに抵抗したのだ。
クマは私の意思に反応してぴょこぴょこと動き出した。
するとアンゼリカは目を輝かせて喜んでくれた。
最初はちょっととげとげしかったけど、やっぱり同じ年の女の子なので、こういうのは大好きなんだろう。
アンゼリカもかなり才能があると言われているらしいので、私と同じようにクマを出してみたいと言い出した。
才能がなければ大人の代わりに私の様子を見に来たりはしないだろう。
彼女には私が普通に魔力を扱えることをレスト助祭とルミナス侍祭に報告してもらわなければならないので、ご機嫌を取るために代わってあげた。
すると彼女はあっという間に青い顔になって倒れてしまった。
私はびっくりして近くの部屋に詰めていた救護の人たちを呼んだ。
すると大騒ぎになって、鍛錬はそこで中止になってしまった。
治癒術の鍛錬を始めてからまともに鍛錬が終わったことがなく、私は大神殿のだだっ広い廊下をトボトボと歩きながら自分の部屋に戻った。
これはあの凶悪な女神の呪いなのだろうか?
どうしてこうなった・・・・。
アンゼリカ視点
あの魔道具を使ってすぐに私は気を失ってしまった。
あのコレットと言うウソツキ娘が何か細工をしたに違いない。
きっとそうだ。
お母様からは鍛錬室であったことを報告しても信じてもらえなかった。
そんなことが出来るはずがないと言われた。
本当にあのコレットと言う子がやったと言っても全く信じてもらえなくて、最後には私がウソツキ呼ばわりされて、頬を何回もぶたれた。
最初は冗談だと思って笑って聞いてくれていたが、私がしつこく食い下がると「神官の娘が嘘を吐くとは何事か」と烈火のごとく怒り始めた。
私は夕食を抜きにされて自室で謹慎を命じられた。
これも全部あのコレットと言うウソツキ娘のせいだ。
私は次の日の朝の礼拝に行ってあのコレットと言う娘を探して会いに行った。