癒しの魔術の鍛錬 その一
私は先に自分から挨拶する。
「私は[癒しの勇者]コレットと申します。
私に魔術の鍛錬を付けていただける方々でしょうか?
よろしくお願いします。」
「これはどうもご丁寧に
わしはレストー・・・助祭のレストと言います。
この年で助祭にまでしかなれなかったうだつの上がらないジジイですがよろしくお願いします。」
何故か後ろの女性が口元を抑える。
「ほれ、お前も自己紹介せい
しなければわしが勝手にやるぞ」
お爺さんが後ろの女性に催促する。
女性がフードを取った。
ちょっときつい感じの女性だった。
かなり美人だ。
この世界では一般的に結婚が速いので私くらいの年の子が居てもおかしくないだろう。
「私はルミナスと申します。侍祭をやらせていただいております。」
侍祭と言うのは神殿の役職で一番下の位だ。ゲームではアコライトと言う名前で出てくることがある。
スタート時点での神官のクラス名によく使われている。
現代では一般の信者からもなることが出来る役職らしいので如何に地位が低いか想像できるだろう。
「コイツもこの年で侍祭と言ううだつの上がらない神官で、神殿業務にのめり込み過ぎて離縁された出戻りの上、ヒステリー持ちのどうしようもないおばさんじゃ。
あまり気を使わなくてよいぞ。」
「幾らあなたでもそれ以上言うと、怒りますよ。」
女性の目が吊り上がる。
みんなにも言っておく、女性には「おばさん」と言ってはいけない。
たとえそれが、事実であったとしてもだ。
「私は勇者ですが、元孤児です。
ついこの間まで壊れた籠を持ってお花を買ってくださいと普通の人たちにお願いしていた小娘ですので、あまり気を使っていただかなくてもいいですよ。」
やり辛いだろうから私が助祭であることは伏せておく。
別に私の人間が出来ているわけでも、謙虚なわけでもない。
助祭とはいえ、何の実態もないタダの名目上の役職だ。
何もなければ半年たったら神殿から出ていかなくてはならないのだから、あまり役職にこだわっても意味はない。
ここで少しでも治癒術の実力を上げなければ神殿を出た後、野垂れ死にすることは確定なので、変な遠慮をしてもらって鍛錬の邪魔になっても困る。
私は[癒しの勇者]だ。
オマケに子供の体なので物理的な攻撃能力は0に等しい。
強力な攻撃魔術も使えないので、治癒の魔術が生命線だ。
ここでおかしな態度をとって妙な空気になったら本当に無理ゲーになってしまう。
「ほう」
二人はちょっと驚いた顔をする。
「これが何かわかるかね?」
そう言ってお爺さんは床の模様を指さす。
床には半径1mほどの綺麗な円形の中に複雑な模様が入っており、円の外側には6つ宝玉が嵌まっている。
恐らくは何らかの魔道具だろう。
「魔道具・・・ですか?」
「そう、魔力を鍛える魔道具だよ。測定したりも出来るな。
ルミナス、お手本を見せてあげなさい。」
「はい、大・・・じゃなくてレスト助祭様。」
そう言うとルミナス侍祭は円の中心に乗り目を閉じる。
光に包まれて体が浮き上がり、6箇所の宝玉が光った。
円の中の複雑な文様も光りだす。
そして、光の粒子が噴き出した。
ルミナス侍祭は30秒ほどで中断する。
「やって見なさい。」
「はい」
私は言われたとおりにやってみる。
出来る限りルミナス侍祭と同じくらいになるように心がける。
もっとできそうだったが、一応加減しておく。
初めて使う魔道具なので一般的にどのような状態が正常なのか解らないのが辛いところだ。
ルミナスさんは侍祭なので、実力がある方だとしても平凡の範囲内に収まるくらいだろう。
高位の治癒術士は少ないそうなので、もしも彼女が実力者だとしたら、もっと高位の神官のはずだ。
多分これは鍛錬ではなく、何かの測定なのだと思う。
ルミナスさんとレスト助祭が少し驚いた顔をしている。
む、何か失敗だっただろうか。
やり過ぎて嫉妬されて必要なことを教えてもらえなかったり、意地悪されると困る。
何せこちらは何の力もない小娘だ。
冷や冷やしながら、二人の様子を見る。
「ふむ、今日はこのくらいにしておこうかの。」
「え、これで終わりですか?」
しまった。何かへまをしてしまったようだった。
これは困った。
今後の修練に影響が出なければよいが。
そのあと、少しお茶を飲んでお茶菓子を食べて3人で世間話をして終わった。
時間が来ると、2人が私を見送ってくれる。
私が帰った後。
「お前はどう思うルミナリア。」
「はい、レストール大教皇様。
[癒しの勇者]様だけあって信じられない位の素質があるのは確かです。
私が初めてこの魔道具を使った時、3日は起き上がれませんでした。
それを子供向けに加減したとはいえ、私と同じように使えてしまうのは普通ではありません。」
「ふむ、偉い偉い聖都大神殿の治癒術院、院長がそう言うのだから間違いないのだろうな。」
鋭い目でルミナリア院長を睨む。
「偉いと言ってもあなたほどではありませんよ。
あの子は元孤児だからなのか、人の顔色を伺う術に長けているようです。
ひょっとしたらもっと出来るのに実力を隠しているのかもしれません。
普通は最初に使うとかなり苦しいはずですが、全くそんなそぶりを見せませんでしたからね。」
ルミナリアは鋭い視線を軽くいなした。
「同感だな。まだまだ余力がありそうじゃ。
しかし、こちらの気分を害するようなことは一切しないじゃろう。
子供だから少しおだてたら、何でも手の内を見せてくると思ってあまり高圧的にならないように身分を偽装してみたが、失敗だったかの。」
「この魔道具を使って気分が悪くなるのは誰でも一度は通る道ですからね。
一応、救護要員を待機させていましたが、無駄になりましたね。」
「全く予想外じゃ。具合が悪くなって大騒ぎになると思っておったが、まさか茶菓子を食べて駄弁ることになるとは思わなんだ。
で、どうじゃ?[癒しの勇者]様は。
本人は半年後に神殿から出ていかなくてはならないと思っているようだがの。」
「あれほど才能のある治癒術士を逃がすのは絶対に避けるべきでしょう。
そのまま送り出したら、大神殿の正門を一歩出たところで手ぐすね引いて待ち構えている貴族か王族に半強制的に拉致されてお抱えの治癒術士にされてしまいますよ。
半年たったら並みの治癒術士は越えているでしょう。
今日の内容ももう大貴族には伝わっていると考えた方がよいでしょう。」
「ふっ、違いないのう。
あちこちに貴族の子弟や間者がおるからの。
グリューネ王女殿下も大層お気に入りのようじゃから、外に出すならジェイド侯爵家あたりが養女にくれとかいいだしそうじゃ。」
私はこの日は魔力の測定か何かで終わるのかと思っていたが、下手をすると倒れるくらいのかなりハードな内容だったことを知らなかった。
ちょっとだけやり過ぎて二人の不興を買ってしまったと思っていた。
私はだだっ広い大神殿の廊下をトボトボと歩き自分の部屋に帰る道すがら、「明日からどうしよう」と考えていた。
その日、ジェロームは大教皇に呼び出された。
豪奢な部屋にノックをしてはいる。
「お、来たか、ジェローム坊や」
「坊やは止めてください、大教皇様。もうそんな年ではありません。」
「なんだ、ついこの間まで鼻をたらしておったと思ったが。」
「全くあなたには敵いませんね。
何十年前の話ですか。
で、どうでした?。彼女は?」
「まだ初日だからはっきりとは言えないが、とんでもない才能があることだけは確かじゃ。
お前が使ってひっくり返って術者になることを諦めたあの魔道具を使ってケロリとしておった。」