国王陛下との謁見を終えて
「恥ずかしながら、グリューネも多少、癒しの魔術が使えるので太陽の聖女などと御大層な2つ名で呼ばれておる。コレット殿、年も近いことだし、是非仲よくしてやってくれ。」
「身に余る光栄です。」
一応返事はしておくが、おそらく、近いうちに焼き土下座の女神からはまた無理難題を吹っ掛けられると思うので難しいだろう。
確信があるわけではないが、そう言う予感があった。
「そうそう、今日の本題だったな。
コレット殿を神聖国の名誉騎士爵に叙しようと思う。
受けてくれるだろうか?」
「身に余る光栄、謹んでお受けします。
名誉騎士爵の名に恥じぬ成果を上げて御覧に入れます。」
「ハハハ、そうかしこまることは無い。グリューネと年も近いことだし、半年ほど修練をするとのことだが、半年と言わず、1年でも3年でも修練に身を入れてぜひとも癒しの術で世界を救ってほしい。
それも立派な一つの道だぞ。」
「ご配慮、ありがとうございます。」
つまり、グリューネ王女殿下は年端も行かぬ私を見て、とても勇者の任には耐えられないと判断して、天真爛漫な子供のふりをして王女の友人枠として神殿にとどまって後方支援に徹することが出来るように配慮してくたれということだ。
それを陛下も汲んでくれたと言うことだろう。
泣けてくるほどありがたい話だが、恐らく、焼き土下座の女神はそれを許さないだろう。
火の女神は戦を司る。
その女神様に目を付けられた以上、待っているのは修羅の道だけだろう。
まるでブラック企業のモーレツ営業マンにもでもなったかのような錯覚を覚えるがもはや手遅れだ。
これが現代社会なら児童相談所がすっ飛んでくるのだが、残念ながら人権と言う概念がほとんど存在しないこの中世程度の社会レベルの世界では期待できないだろう。
何より相手は女神だ。
クレームを入れる場所もなければ、裁く所もない。
並みいる騎士や貴族たちも特に反対はないようだった。
自分の子供より幼い小娘が世界を救えるなんて誰も本気で思ってないんだろう。
その姿を目の当たりにして、この場にいる全員が確信したに違いない。
実際の戦いは勇者ミカミと知の勇者に任せて、君はマスコットとして神殿で癒しの術を使いなさいということだ。
これは優しさからだけではなく、治癒の魔法が使える人材があまり多くないからだろう。
[癒しの勇者]の名前通り、戦う力がほとんどないことは既にジェローム卿に報告してある。
陛下の耳に届いていてもおかしくない。
年端もゆかぬ少女に王命で過酷な旅をさせてあたら死なせてしまえば外聞も悪い。
王女の友達として神殿で貴重な治癒術士として囲っておく方がはるかに得だと判断したのだろう。
ここで恩を売っておけば後から頼み事もしやすいだろう。
出来れは私もそうしたい・・・けど、無理だろうなあ、やっぱり。
「平民だから家名は無いのだったな。家名は[ムーンチャイルド]を名乗りなさい。
[月のいとし子]を意味する古語から取っている」
「はい、本日より、コレット・ムーンチャイルドを名乗ります。」
現地の言葉から適当に翻訳されているのかもしれないが英語とドイツ語が入り混じっているね。
こうして国王との謁見は終了した。
私との情報交換を望んで1か月待たされていた三上とようやく情報交換できることになった。
ただし、神殿側と神聖国側から書記が入る。
だからぶっちゃけた話や本音は言えなかった。
神殿で身柄を預かっている間、何もさせてもらえなかったのは、私の行動に神殿が責任を持っているからだ。
対外的にも私を自由に活動させるわけにはいかないとのことだった。
こちらは焼き土下座の女神の無茶振りがいつ来るかと戦々恐々としてたので迷惑千万と言うのが本音だった。
さっさとレベルを上げて、この世界での安全を確保したい。
MMOPRGはレベルを上げると全く別次元の強さになれる。
ゲームに似ているというこの世界も同じであると思いたかった。
「やあ、随分と時間がかかったね」
「もうしわけありません。三上様」
「いや、君のせいじゃないから仕方ないよ」
「では君のほうから先に質問してくれ。レディファーストと言う奴だ。」
「それでは遠慮なく。勇者は三人いるとのことですが、三上様の他には誰がいるのでしょうか?」
「僕が武器全般を使って戦う武の勇者、もう一人魔法を使って戦う知の勇者がいる。こちらも君と同じく転生者のようだね。ただし年齢は僕と同じくらいで20代だ。性別は男だね。
名前はアルバートと言う。
君は本当に変わっているよ。勇者にしては例外的に女の子だし。」
「はい、実はこの姿は女神様の気まぐれで・・・」
もちろん女神に逆らったから何て口が裂けても言えない。
「ではこちらからも質問させてもらおう。君の能力について教えてほしい」
「ごめんなさい。答えられません。答えたくないのではなく、私も自分の力の全てを把握しているわけではないので、答えられないのです。」
「なるほど・・・天界である程度能力についての説明はあったはずだが・・・」
「前にも言いましたが、私は普通の少女としてこの世界に転生し、魔物に食い殺される寸前に女神様に救われました。そのためかどうかわかりせまんが、詳しいことは教えてもらえませんでした。自分で一つ一つ試しながら確認するしかないようです。3人いる勇者の私が3人目だと女神様はおっしゃっていました。」
実際は一度断って女神様の逆鱗に触れ、既に見捨てられかかっているのだが、余計なことは言わなかった。
いや、もう見捨てられているのかもしれない。
「神殿で癒しの術についての情報は集めたかい?」
「はい。癒しの術については鍛えれば何れ使えるのかなと言う確信は得られました。しかし・・・」
「強化の術については分からずじまい・・・か」
「はい、図書室の本にも何も書いてありませんでした。」
「強化の術を使う勇者と言うのはどうも歴史上はじめてらしいよ」
「そのようですね。」
ゲームの仕様からアタリはついているが、神殿と神聖国の書記がいる。本音は言えなかった。
ゲームと全く同じならば、魔法使い系なら初級の強化魔術なら最初に低レベルのものを必ずおぼえるはずだったが、知られていないということは本当に存在しないのかもしれない。
「今レベル1なんだよね?」
「はい、こちらで半年ほど修練させていただいてなんとかその間にレベルを上げたいと思っています。」
「そうか、僕も神聖国から依頼が入っているのでこれ以上は付き合えないが、レベル上げ頑張ってくれ。」
「はい、三上さんもお気をつけて」
そうして武の勇者、ウェポンマスターと称される勇者ミカミと別れた。
神殿の十二司教審議会で身の証を立ててから正式に勇者と認定され、国王とも謁見して名誉騎士爵に任じられた。
ここ数日が嵐のように過ぎていったが、この勇者ミカミとの情報交換の翌日から、修練に入ることになった。
まずは魔術の教練を受けた。
魔術と言っても神殿で教えてくれる魔術は治癒術のみだ。
私は治癒術院に併設されている魔術の鍛錬室に連れていかれた。
そこには30才くらいの女性とかなり年なお爺さん・・・70才くらいだろうか・・・が居た。
この世界では平均寿命が現代ほど高くないので70代は結構なお年寄りだろう。
女性の方は侍祭の衣装を身に着けているのであまり高位の神官ではない。
勇者とはいえ、元孤児のレベル1では指導者としてはこんなものなんだろう。
現代社会でもたたき上げの人の中にも信じられない位優秀な人もいる。
ジェローム卿の影響力を考えるとこの人たちもそう言うタイプなのかもしれない。
お爺さんの方は助祭だったので、この年齢だとあまり高位の神官ではないのだろう。
現代風に言うとキャリア官僚では絶対にない。
しかし、こちらは元孤児の女神様に見捨てられた勇者だ。
あまり下に見るのは良くないだろう。