3-29 土色の伝言①
気を失い、倒れていくカイルの体。
私は必死で、でも焦らないように、確かに、確かに腕を伸ばした。
すとんと、彼の体重が私に掛かる。
私は、彼の体が地面に打ち付けられる前に、受け止めることができた。
そしてそのままゆっくりと、芝生の上に寝かせた。
「カイル!ねえ、大丈—」
私は彼の肩を揺り動かす。
けれどすぐに、私はその手を止めた。
「ぶ...」
作業服を伝って、何かが地面にこぼれるのがわかった。
私はそれを手で拾い上げた。
「.........だよ、ね。」
アズアズが急いで駆け寄ってきた。
茫然とする私を見て、彼女は一瞬だけ面食らったように固まった。
けど、すぐに言った。
「そんなに心配しなくても、きっと疲れちゃっただけよ。
気がつかないうちに私に気を使わせちゃってたのかも。
不覚だわ。後で謝らないと...」
そう言ってアズアズはカイルの額に手を当てた。
しばしの沈黙が走る。
「...熱はない」
「......」
彼の顔に、熱で苦しんでいるような様子はなかった。むしろ、まるで魂が抜けたかのように安らかに眠っていた。
「ないけど...えっと...さっきまであれだけ動き回ってたにしては、冷たすぎ...不自然なくらい、かも...」
アズアズの言葉から段々と血の気が引いていくのがわかった。
それから彼女は私の方を向きながら「ステラ、とりあえず彼を家屋に—」
言いかけた。けど言葉は止まった。
「..................」
私は自身の手元に食いつくように、俯いていた。
「はーっ、すーっ」
その時私には、呼吸音が聞こえた。
アズアズは深呼吸をしていた。
大きく吐いて、吸って。
そして私の肩を掴んで言った。
「ステラ・ベイカー!しっかりしなさい!」
「!?」
びっくりして、私は目を丸くした。
「私が知ってるあなたは、もっと芯がある人間よ!
賢くて、決断力があって、でもお高く止まってない。
いつも何も悩んでなさそうな阿呆面でニコニコしてて、なのに考えなしってわけじゃなくて...みんなをよく見てて、微かに、だけど確かに人を照らしてくれる女神みたいな人でっ...!
強いていうならっ、本当にずっと長い間世界を、いや、世界なんて高尚な物じゃなくて、その土地に住む何人もの人それぞれの歴史を見てきたような...言うなれば地母神みたいな...こんなの、信仰がある人だったら言えないわよ。
ちがう、そんなことはどうでもいい。私が言いたいのはそんなことじゃなくて...とにかく
あなたは人をものすごく心配して、慮ることができる、けど、だけど、だからこそ、それで自分まで不安になって、ただうじうじと蹲ったりするような、そんなしょうもない人間じゃない、あなたは、絶対に!
だからっ!!...だから、しっかりしなさい!!!!」
「...。」
私は地面を見た。さっき拾ったものを落としてしまったからだ。
私はそれを拾おうとした。
「ステラ—」
「......。」
だけど、大体の内容は理解できたから、拾わなくてもいいかと思った。
私は彼女の手をゆっくりと解いて下ろした。
そして、今度はちゃんと彼女の目を見つめた。
つい口が緩みそうになる。
だけどそのまま何も言わずに、後ろを振り返った。
「っ...!」
アズアズは少し悲しそうに、私を呼び止めかけた。
その時。
「おーい!大丈夫かー!?」
向こうから駆け寄ってきていた、グルーさんの声が聞こえた。
「あっ...!」
アズアズがそれに気づいた。
「...今はカイルの手当てが最優先だから」
ムッとした言い方で私に言った。
けれどすぐに切り替えて、こちらにやってくるグルーさんに大きな声で返事をした。
「ちょうどよかった!グルーさ—
「待ってました!」
私は朗らかに言った。
「!?!?!?!?」
アズアズは驚いた。驚きすぎて、体の輪郭が感嘆符みたいに、表情が疑問符みたいになっているようにすら見えた。
「おお、彼のことはあとは任せておきなさい」
「ええっ!?」
「はい、お願いします!」
「ええっ!?!?」
そう言いながらも、私とアズアズは協力して、カイルの体をグルーさんが持ってきてくれた台車に載せた。
グルーさんはアズアズを見て、ただ黙って頷いた。
そしてそのまま代車を引いて、来た道を戻って行った。
「ええ...?」
アズアズはまだ唖然としていたが、ふと私の方を向いた。
私は言った。
「...出荷されるみたいだね」
「どういうこと?
何で...グルーさんが来て、カイルを連れて行って、ステラはそれを知ってて—」
「実は私もついさっき知った。手紙を見て。」
「手紙?」
「えっとね...」
私は、彼の服のポケットからこぼれたそれを探すために、しゃがんだ。
けど、見当たらない。草むらの中に落としたはずなのに、ない...。
「あれえ?確かこの辺に...」
「これ?」
アズアズは、草の生えていない茶色い土の地面から、薄茶色の紙を二つ拾い上げた。
一つは開封済みの封筒、もう一つは便箋だった。
「そう、それ!!!」
自作のノートを使ってさらに自作したような、丁寧だけど味のある薄茶色の手紙。
アズアズは封筒をくるっと裏返した。
するとそこには大きな文字で殴り書きされていた。
『倒れたらすぐに
読んで!!!』
彼女はそれを見て、さらに目をまんまるにした。
今度は便箋を見ると、こっちは程よく細かい文字で、今の事情について書かれていた。




