3-26 お泊まり
牧場から追放されたおかげで、2週間たっぷりと時間を使って練習に励むことができたベルと私。
最初こそ仕事のない生活に慣れず二人で牧場を覗きに行っていたが、その度にグルーさんに追い返された。
驚いたのはアズアズも仕事を手伝っていたことだった。
頭突きを避けつつ、近づいてきた牛さんを撫でてなだめることができていた。
それでも何頭かは避けきれずにぶつかりそうになるが、カイルが鐘を鳴らすと牛さんたちはそっちに向かっていった。
観念して練習に集中すると、ベルの歌声やパフォーマンスは日に日に磨きがかかっていった。
先週の通し練習の時点でかなり仕上がっていたと思うが、それでも更に良くなっていく。
最終通し練習を行うと、私の魔法との息ももう完璧に近いレベルでぴったりになっていった。
夜。
私とベルとアズアズは天幕で話していた。
私とベルは牧場をクビになってから、ここで暮らしていた。
「いよいよ明後日が本番ね」
元天幕の主はそう言った。
彼女は私たちと入れ替わりで牧場に寝泊りするようになっていたが、今日はこの天幕3人で寝ることになった。
「はい!」
ベルは元気に言った。
「最終通し練習も完璧だったし、明日は一日休んで明後日の本番に備えるよ」
私は言った。
練習をしすぎて本番で魔法が出ないなんてことにならないよう、しっかり回復しておく。
「休むと言っても、私は午前中に、最後の告知をしに町へ行くんだけどね」
「うん。...でも、行き来するときに怪我したりしないように、気をつけていってね」
「大丈夫だよ、怪我なんてここ数年してないし!
...もちろん最大限気をつけるけど」
「大丈夫かしら...」
「はい、もちろん!」
「...それじゃあ、業務連絡はこのくらい、かしら」
「そうだね」
「それじゃあ寝ましょうか—」
その時だった。アズアズの顔は白い枕に埋まった。
「!?」
その枕は、ベルが投げたものだった。
「アズアズさん!お姉ちゃん!
私、ずっとやりたかったんです!!今、私が何やってるか、わかりますか!?
友達とお泊まりした夜、みんなでやることと言えばただ一つ...枕投げです!」
それから私たちは枕投げをして、みんなへとへとになった。
「...私の、勝ちです!」
「はあ...負けた...」
「さすがアイドルね...歌って踊ってるだけあって体力が...凄まじいわ」
「すみません、付き合っていただいてありがとうございました」
「ううん、いいのよ」
アズアズが言った。
「楽しかった?」
私が聞くと、ベルは「はい!」と大きすぎない声で言った。
「それじゃあ、寝よっか」
私は枕を整えた。
「そうね」
「おやすみなさい」
それから少しの間だけその場は静かになった。
だけどすぐにアズアズが口を開いた。
「なんだか体があったまり過ぎてしまって、眠れないわ」
私はアズアズの頬を人差し指で突いて『わたしも』と文字を書いた。
「ごめんなさい、私が枕投げを提案したばっかりに...」
「ううん、全然問題ないよ。楽しかったから」
アズアズは「私もよ」と言った。
ベルは笑顔になった。
「...そうだ、怖い話をするってのはどうかな。そしたらクールダウンできそう」
私は言った。
「おお、それはいいね、聞きたい!」
「それならいい話があるわ。私が大好きな話なのだけれど...」
そうしてアズアズは話し始めた。
ウェステリア魔法女学院でも有名な話『フォルトゥヘルの夏の夢』だ。
一言で言うと、『幼なじみが<どんな夢でも叶える薬>を作ったが、未来が読める俺はこの薬のせいで幼なじみがチャラ男にNTRれて破滅することを知り薬を没収するがもう遅い。代わりに薬を飲んでしまった俺は人の道を外れロバになる』という話だ。
古い文豪が書いたローネ小説にありがちな説教くさい話ではあるが、奇妙な読後感があり私も好きだ。
怖い話といえば怖い話だが...幽霊とかは出てこないので怖い話じゃないような気がする。
「自分の魔法の研究がうまくいかなくてロバに八つ当たりをしていたフォルトゥヘルだけど、思い人である幼なじみのアンがロバを褒めたことで、無意識にアンに褒められたいと思っていたフォルトゥヘルの体は薬でロバになってしまう...最高に舞台映えしそうな話なのよね。」
「特に最後の、ロバになってしまったのに喜んで駆けていくところとか、舞台で人が実際に演技してるとこう、カタルシスみたいなものがグッときそうな感じがします」
「さすがベルさん。わかってるわね!カタルシスって言葉の意味はわからないけれど、グッってことよね」
「はい。グっ、です」
それから私も混ざって感想で盛り上がった。
「アンの瞳と髪は若葉のような色...つまり緑色ってことだけど、緑色の髪の人は見たことないわよね。」
「アンが草木のようにやすらかな人、って比喩じゃない?」
「あっ、お姉ちゃん、私もそう思ってました!」
「まあただ単に、髪を緑色に染めてたとかかもだけど。」
「これがどの時代に書かれたものかは定かではないけれど、緑色とか紫とか、架空の髪色の人物を出すのが流行のだったのかもしれないわね。」
「それかもしかすると、今は珍しくなっちゃっただけで昔は本当にそういう髪色の人がいた、とかだったら—」
「夢があるよね」「夢あるわよね」
私とアズアズは揃って言った。
「...自分で話しておいてなんだけど、なんだか興奮しちゃって眠れなくなっちゃったかも」
アズアズは困った顔で笑った。
「そうですね...じゃあお姉ちゃん、何か話せることある?例えばサウザリアレッドガラシをお—ああ、これはアズアズさんも知ってるんだよね?」
「何それ、知らないかも。えっ、聞きたい!」
「...えっ」
「私からも、お姉ちゃんの口からぜひ!」
二人に押され、私は観念した。
「わ、わかった、しょうがないな...」
私が話しているうちに二人は気絶したようにすやすやと眠ってしまっていた。
自分から聞いたくせに、なんてやつらだ。
私は密かに枕を濡らした。
それから色々考え事をしてしまって少しの間寝れなかった。
どうせ眠れないのならと私はカイルに作ってほしいサウザリアレッドガラシを使った料理を妄想しているうちに眠りについた。
「サウザリアレッドガラシ、サファイアレモネードと混ぜたらきっとおいしい...甘辛...」




