3-24 フェイダウェイ・アルバム
ベルに体を揺らされて目が覚めた。
今日は月曜日だ。
「おはよう、ベル」
「...」
ベルは一瞬だけ口を開いたが、何かに気づいたような様子で黙ってその場を去っていった。
「何?」
それからいつも通り牧場の手伝いをしていたが、その際もベルは何も言わなかった。
昼休憩の時間になった。
私とベルは森の広場に行き、アズカットと合流した。
「おはようアズアズ」
「おはよう」
ベルは黙ってぺこぺこ頭を下げた。
「ベル、朝から思ってたけど、なんで喋らないの?」
ベルは自分を指差したあと、拳を顔に置いて体を揺らし、また自分を指差してから、両手を合わせて右頬につけて目を瞑った。そしてまた申し訳なさそうに繰り返しお辞儀した。
「どういう意味?何かの暗号かしら...」
「そっか、それじゃあお大事にね」
「これでわかったの!?」
アズアズは驚いた。
「昨日歌いすぎて、朝起きたら喉が痛くなっちゃってたってことだよね?」
「ああ、それはそうよね。なら仕方ないわ、お大事に—」
するとベルは首を横に振った。
「「ええ、違うの!?」」
アズカットは表紙の真っ白な本とペンを渡した。
「言いたいこと、表紙に書いて」
アズカットの持つ、本型のキューブ<フェイダウェイ・アルバム>。
彼女の撮った写真を収納する帳面であると同時に、
その表紙は傷つけようが落書きをしようが、アズカット本人が拭けば新品のように綺麗になる不思議な性質がある。
これまでもライブ準備の進行メモをこのキューブの裏表紙に書き記していた。
『昨日たくさん歌ったので喉を休めています
でも痛くなってはいないので安心してください』
それを見せながら、ベルは頷いた。
それを見て私は安心した。
「そっか、痛くなってないなら良かった」
『ありがとう』
「そういえばアズアズ、昨日も本に何かメモしてたけど、何だった?」
進行メモを裏表紙に書いているので、昨日のそれは表紙に書いていたはずだ。
しかし今ベルに貸した時には消えていた。
ベルはそのことに気がついた様子で、慌てて書いた。
『ごめんなさい
私のためにメモしたことを消してしまって』
「大丈夫よ、書いた内容はちゃんと撮影しておいたから。
ちょっと渡してもらってもいいかしら」
アズアズは一旦ベルからキューブを返してもらい、紙を数枚取り出した。
紙を並べると、簡易的な会場の地図だった。
地図上に13個もの点が描かれており、その点の下にはそれぞれ"歌がどのくらい聴こえたか"のメモ書きがあった。
「昨日、会場のどの位置でどのくらいベルの歌が聞こえるか確認していたの。」
『ありがとうございます』
「それで、会場のどの場所からもベルの歌声がものすごくはっきりと聞こえた。」
「そうだね」
『良かったです』
「ただ—」
「ただ?」
「昨日は人がいなかったから声がちゃんと聞こえたけど、
実際のライブ本番では、声が人の体で遮られて聞こえづらくなる可能性がある」
『たしかに...でもがんばります』
「うん。ただ、できるだけ声が届くようにしておこうと思って。」
するとベルが何かを書いてこちらに見せた。
『なら、ポルテナさんの鏡を会場の後ろの方に配置するのはどうでしょうか』
「ああ、いい考えね」
「あの鏡、見た目が結構神秘で遺跡の石柱に雰囲気近いし、飾り付けもしやすそう!」
「そうね。でも、私が考えた案はまた別で—
ほら私もステラも、音を大きくできる人に心当たりがあるでしょう?」
一瞬考えたが、すぐに気がついた。
「...ああ!ある、大ありだね!」
「とはいえ、自分で言っておいてなんだけれど、
あの人が協力してくれるかどうか一抹の不安があるわね」
「大丈夫だよ、まっすぐ頼めば。
それにもし万が一断られても、ポルテナの手鏡があるし。」
『もしポルテナさんの体調が悪くて鏡の案もできなかったとしても
私がもっと大きな声で歌うので、問題ないです!』
「ふふ、そうね。
...それじゃあ早速ポルテナに連絡よ!」
それからすぐに、次の休息日にその人に面会できるよう、ポルテナに頼んだ。
もちろん授業が終わるであろう時間を見計らってから連絡した。
でも授業とか関係なくポルテナは居眠りをしていたので、連絡の声とともに椅子から転げ落ちた。




