間話 カイルとリュート
カイル視点
長め(他のお話の2話分)です
俺は牧場を出て、麓の門のところまで来ていた。
「よお、また会ったな」
門番のリュートに言うと、「どこに行くんだい?」と返事が返ってきた。
「エルツの町だ
アイドルの衣装を作りにとある服屋のところまで。」
「へえ、そうなんだ」
「ああ、アイドルって言うのは—」
意味のわからない言葉を言ってしまったと思って、俺は付け足そうとした。
だけどリュートはすぐ「知ってるよ」と言った。
「そうか...そうだよな。
お前はいつだって何でも知ってた。初めて会った時から何でも知ってた。すごいよ」
「そんなことないよ」
「あるさ。
俺だって故郷では村長の家の本棚にあった古い本は、それこそローネ小説から、解読する時間の方が長かった小難しい古文書まで、全部読み尽くした。
兵士をやめて旅を始めてからも、いろんなことを知った。
でも、俺が今日の昨日で知ったばかりのことすらお前はもう知ってた。
これがすごくないって言うんならなんなんだ」
そう言いながら肉の干物を入れた袋を取りだす。
一つリュートに渡し、もう一つは自身の手に乗せた。
「いや、俺が無知なだけか...」
そう呟いてから、干物を噛みちぎる。
「カイル」
「何だ?」
リュートは手に持った干物を齧らないままの口で言った。
「もしもいきなり人に裏切られて、貶められたらどうする?」
「...急にどうした?
ああ、ちょっと待って、当てていいか?」
何故リュートがこんなことを聞いたのか、俺には見当がついた。
「職務中にサボって賭けをしてる兵士を発見、注意したら挑発され、賭けに乗ってしまう
その場面を別の誰かに見つかって、責任を押し付けられた...そんなところかな?」
「...君は預言者か何かなのかな?」
「そういう君は記憶喪失か何かなのかな、リュート君。」
俺は彼の真似をして言った。
「というか、本当にまたやったのか...」
俺は干物を歯で挟んだ。
それから頭の後ろに手を組んで寝っ転がった。
俺が兵士をやっていた頃も、リュートは同じことを何度もしていた。
リュートが嵌められるたび誤解を解いていた俺やゴーシュは今はもうおらず、
それで今回ここに左遷された、ということか。
「でも...」
リュートはそう言うが、「でも...」の後に、言葉は続かなかった。
背中の草とそよ風が心地いい。
「職務も鍛錬も、サボったツケはどうせそいつらに来るんだ、放っておけばいい」
それから少し時間が経った。
あまりにも静かで、俺は目を瞑るとつい眠ってしまいそうになる。
「...いや、大した話じゃないんだけど」
「?」
一瞬眠ってしまっていた俺は、目を開けた。
「...ゴーシュがさ、水びたしで城にやってきてさ。
君とステラさんを取り逃したって言って。
そしたら王は彼を崖から突き落とした。」
「...」
「俺は平気で人を見殺しにした王のことを許せなかった。
別にお前は悪くないし、ゴーシュだって何にも悪くない。王が、あいつが悪いんだ。」
リュートの手は震えていた。
いつもは"僕"と言っている一人称が"俺"に変わっていた。
それがリュートなりの怒りなのか。
彼は憎しみに満ちた目つきをしていた。
だけどすぐに振り返って、無理に笑顔を見せた。
「...そしたら、僕はここに飛ばされたってわけ。
いやあ、殺されなくて良かったよ。ははは」
「...大した話じゃないって言ったじゃねーか」
リュートは「ごめん」と言ってから話を続けた。
「カイル...君は、こんな世界壊れてしまえって思っちゃうくらい辛い目にあった時、どうする?
信じていた人に裏切られたり、いくら頑張っても理不尽に踏みにじられて、それでも報われなかったらどうする?」
「...世界を壊したいって思うんなら、実際に壊せばいい。」
悪いけど...俺はゴーシュが殺されたことを悲しんだり怒ったり憎んだりする気はさらさらない。
そんなことをするくらいだったら、俺は人を生き返らせる薬を作ったり、時間を巻き戻す呪文を探すために時間を使う。
でも、そのことを無神経にもリュートに言って、彼を不必要に傷つけるつもりもない。
むしろ俺はお前を元気付けなきゃ、そう思った。
「何かを作ったり壊したりするのは簡単だったり、難しかったりいろいろだけどさ。
どんな武器なら壊せるだろうとか、その武器を作るにはどんな方法で、どんな材料で作ればいいんだろうとか
じゃあその材料はどこにあるんだろうとか、武器を作ったらどんな角度で殴ればいいんだろうとか、
むしろ武器を投げちゃっていいんじゃないかとか、でもやっぱり結局投げない方が良かったりして—」
俺はちょっとお喋りがすぎたなと気づいて、反省した。
「その、俺が言いたいのはさ、やろうと思えばなんでもできるってこと。
報われないことなんかこの世にない。考えて、やりさえすれば。
俺も前から世界を壊したいなって思ったっていうか...だから、俺壊すよ、世界。
俺が世界をぶち壊せるんだから...
裏切るとか踏みにじるとか、そういうのもリュートにはあってないようなもんだよ!
さっきも言ったけどお前、俺よりも世界の色んなこと知ってるからさ
お前は俺の何百倍もすごいやつだよ、だから—」
「...ぷっ、ははは」
それまで俯いていたリュートは、いきなり手を叩いて笑った。
「な、なんだよ!」
「はは、もしそうやってなんでも壊すことができたら、きっと楽しいんだろうね...!」
リュートは笑いながら言った。
「そうか」
さっきの無理した笑顔とは違って、本当に笑ってしまっている様子だった。
それを見て俺は安心して、寝転んでいた体を起こした。
「それじゃあ出発するよ」
背中についた砂や草を払う。
門に手をかける。
「カイル」
また呼び止められた。
「何だ?」
「...例えばさ、僕が君がいない間にこの山に火を放って、君の知り合いをみんな殺しちゃったら。
そしたら、君は生きていくのが辛いって思ったり傷ついたりする?」
俺がゴーシュのことを全然悲しんでいないと、そう感じたのだろうか。
リュートは俺に、辛いって言って欲しい、同情が欲しいのかもしれない。
でも俺は—
「...悪い冗談だな。
生きていくのが辛いって俺が思うことはもうないよ、一生。」
今は、少し暗い言い方をしてしまった。
俺は笑顔で言った。
「もしそんな奴が来ても、お前が門番をやってる限り追い払ってくれるだろ?」
「......ああ、もちろん。
はは、君は本当にポジティブだね」
ポジティブという言葉の意味はわからないけれど、
きっと良い意味だろうと思った。
「じゃあ、またな」
「ああ、また」
その返事を聞いて俺は安心し、笑顔で門を潜った。
そして足早に、エルツの町へ向かった。
「バリトノさん、まだいるかな...」
ー
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「カイル...君は本当に、まるで辛い目になんか一度も会ったことがないって態度をするよね...」




