3-14 それぞれの出立
長め(他のお話の2話分)です
「会えなくなったお姉ちゃんのことを考えたら、
ステラ先輩とベルちゃんが出会えたのってすごくいいなって...」
「「そっ、か...」
ベルの話を聞いて、あることを思い出した。
「そういえば、ルカも消えたお姉さんを探しに王都に行ったんだった。」
「ボルカニアさん、王都に行ったの...?
卒業式の日に彼女『ヒシカグラに温泉旅行に行ってきます〜』って言っていたけれど、
やっぱり嘘だったのね...って—」
「どうしたんですか?」
メルネが訊いた。
「あれ、お姉ちゃん持ち多くない!?」
アズアズは大声で言った。
「ベルさん、ボルカニアさん、それにメルネさん...
血縁はともかく、三人とも、お姉ちゃんとよべる相手がいるなんて...まさか、ひとりっ子なのは私だけ!?
...ポルテナさんはどうかしら!?ポルテナさんはお姉さんいないわよね!?」
「一応、年の離れた兄がいます」
「何ですって...!?
じゃ、じゃあ、カイルは!?」
「俺は...兄も姉もいないが」
「な、仲間だ!!
ノーザラン出身なのも同じだし、やっぱりカイルが私のベストフレンドね...!」
笑顔のアズカットはカイルの手を掴んでぶんぶん振った。
しかし彼女は非力なので、腕は小刻みにしか動かなかった。
「...!」
それ見ていて私は、何だかモヤモヤした気持ちになった。
「ベルさん、"ベストフレンド"って言葉の使い方、これであってるかしら!?」
「......ああ、はい!」
耐えきれなくなって、私はカイルとアズカットの間に入って制止した。
「もう、その話はいいから!
とにかく!カイルは早くコマチさんのところに行かなきゃ!
モタモタしてるとコマチさんもうどこか行っちゃうよ!?ほらほら早く!」
カイルを押していく。
「あの!ベアさんは残ってもらっていいですか?」
メルネが言った。
「大丈夫か?」
カイルがベアに確認を取ると、ベアは少し考えてから「...ガウ。」と唸って頷いた。
「それじゃあ、行ってきます!」
そうして私たちはカイルを見送った。
ー
ー
ー
「...」
エルツの町で大蜘蛛と戦ってから私にまとわりついていた『カイルが死んでしまうのではないか』という不安。
私はそれを思い出していた。
「一ヶ月...」
そう私が呟くと、思いもよらない言葉が聞こえてきた。
「カイルさん、一ヶ月の間に素手パンチで何個鎧壊すのかな...」
「えっ!?」
横を見る。
「...えっ!?」
同じ返事をしたのはベルだった。
「そうだなー、コマチさんの弟子のエー坊って人が武器鍛冶をしてるから
耐久性を確かめるために、鎧じゃないけど武器をいくつか壊すのかもね」
「そっかあ」とベルは無邪気に言った。
そんなベルの顔を見ていると、つい笑みが溢れた。
「ふふ、お姉ちゃんが笑った」
「え」
「なんか不安そうな顔してたからさ、カイルさんと一緒じゃないのが寂しいのかな〜って」
「べ、別に寂しいとかじゃないよ!
ただ...彼が死んじゃうんじゃないかって心配なだけ。」
ベルは少しにやっとした。
「何その表情は。お姉ちゃん怒るよ」
「ご、ごめんなさい」
私はまたカイルのことを考えて遠くを眺めていると、ベルが肩を叩いた。
「何か...カイルさんが死んじゃうんじゃないかって思うような、不安なことがあったの?
あの人明るくて、かと言って無理して明るく振る舞ってるって訳でもないように見えるけど」
「...この町に来る前に、2人で大きな蜘蛛と戦ったんだけどね」
「すごい、ローネ小説みたい」
「からかってるのか知らないけど、本当なんだからね?」
私は苦笑いで聞くと、
「からかってないよ、褒めてる」
と、ベルはニコニコ顔で聞いていた。
"ローネ小説みたい"っていうのは"お前嘘ついてるだろ!"って意味の常套句だけれど、
ベルはそのままの意味で言っているみたいだった。
なんて純粋な子なんだと思った。
「そこで彼、蜘蛛に殺されてもいいって態度でさ—」
「ええ、ひどい!お姉ちゃんがいるのに!
それでお姉ちゃんは同意したの?
「まさか、するわけないじゃない」
「そんな、ひどい!巻き込んでおいて無責任な...」
「うん、そうなの。俺は終わりだ、私には逃げろって言ってさ。」
「え?」
「え?」
ベルは首を傾げた。
少し沈黙が流れた。変な空気になってしまったので、オチを話した。
「ま、私が蜘蛛に炎魔法を放って大蜘蛛は大炎上!それでことなきを得たんだけどね」
「すごい!お姉ちゃんローネ小説の勇者みたい!」
「バカにしてる?」
「褒めてるんだよ!」
「ふふ、くるしゅうない!
...まあそんなわけで、カイルは私がいなきゃダメなんだよね」
「うーん...お姉ちゃん、
もしかしたらカイルさん、お姉ちゃんにカッコつけたかっただけなんじゃないかな?
ここは俺に任せて先に行け!的な...」
「ベル、カイルはカッコつけなくたってかっこいいよ」
私は笑顔で言った。
「...ばか?」
ベルが小声で何か言ったけど聞き取れなかった。
「どうかした?」と聞き返すと、「なんでもない」と素っ気なく返された。
「お姉ちゃん、カイルさんのこと好きでしょ」
「好き?まあ、別に嫌いじゃないけど...」
「好きなんだ」
ベルににやつかれた。
体が一気に熱くなる。
何これ...どこかから悪い魔法使いに攻撃でも受けたのだろうか?
「え、と...彼は私に最初にあったとき、一目惚れしたって...でもそれは恋人的なのじゃなくて、
冒険家としてのだから私も同じで!!
彼は私のことそういう目で見てるのかもしれないけど、私は別にそんなんじゃなくて!!」
「うんうん、純粋だね!
アイドルは恋愛禁止って古文書に書いてあったから、ベルはお姉ちゃんの恋を応援するね!」
ベルは手で心臓の形を作った。
「私が恋を...?カイルに...?」
「そうだよ!
お姉ちゃんはカイルさんのこと好きで好きで頭がいっぱいになっちゃったんだよね!」
「......」
そう聞くと私は頭の中にいろんなものが駆け巡って、わけがわからなくて、
くらくらしてそのまま倒れ込んでしまった。
地面に頭がぶつかって、気を失った。
「お姉ちゃん!?」
...
「テラ...ステラ...」
誰かの声がする。
なんだか懐かしくて、安心する。
だけど誰の声なのか、名前を思い出せない。
「誰...?」
「お姉ちゃん!」
「は!」
目を開けると、ベルがいた。
聞き覚えのある声で、見覚えのある顔だった。
「...私を呼んでたのはベルだったんだね」
「えっ...うん。ずっと呼んでました。」
今、私の頭はベルの膝の上にあった。
「ずっとこうしてくれてたの?」
「急に膝枕されてたら嫌だよね、ごめんなさい」
やめようとするベルを、私は「嫌じゃないよ」と言って止めた。
「いつからこうしてたの?ずっと?」
私は改めて聞いた。
「ずっとってわけじゃないけど、お姉ちゃんが倒れてからすぐに。」
「じゃあ、ずっとか。」
周りはもう夜だった。
星空が見える。
気を失う前にあったことをじわじわと思い出していた。
「...ごめんなさい、さっきお姉ちゃんのことからかいすぎました」
ベルは申し訳なさそうに言った。
「ううん、気にしないで」
しばらくそのままでいた。
私は思い出していた。
「そっか、私カイルのこと好きだったんだ...」
「...」
悪いことをしたという顔で、ベルは私を真上から見つめていた。
「ごめんね、ベル。」
ベルは少しだけ驚いた顔をした。
「私、カイルのことばっか気にして、
ベルのライブのこと頭から放りだしちゃってた。ごめんね」
ベルはこくりとうなずく。
「約束したばっかりなのに、ばかだって思ったでしょ」
「思った。
この人は何のろけてるんだばか、私のこと見てよって思った」
ベルは素直に私に言った。
「ご、ごめん...」
「まあ、いいけど...」
「そっか、ありがと...でももうそれも終わりっ!」
そう言って私は勢いよく起き上がった—それでベルと頭をぶつけた。
「いって...ごめんベル!」
「もう、お姉ちゃんのばか...」
ベルは頭を押さえながら笑った。
「わけもわからず心配してた理由がわかって、今、すごく心が晴れてる。
カイルだって私と会う前は1人で冒険してたんだから、簡単に死んだりしない。大丈夫!
ベルもきっと私がいなくても大丈夫なんだろうけど、でも...」
「お姉ちゃんがいた方がもっといいライブができる、お姉ちゃんもそう思ってるんでしょ?この自信家!」
「もちろん!」
それから私は一息入れた。
「ベルさん」
私が"さん"付けしたのでベルは一瞬だけ面食らったけれど、すぐに「...はい!」と芯のあるを返事をした。
「このステラ、アイドル・ベルが最高のライブをするために、全力でサポートさせていただきます。」
私は毅然と言った。
するとベルは少し微笑んで、確かな声で私に言った。
「はい、約束です。私も必ず、最高のライブを見せますからねっ!」
ベルは私に手を差し出した。
私は彼女の手を取って、握手をした。
真っ暗な空の中でも、その時目の前のベルの笑顔は輝いて見えた。




