3-7 お姉ちゃんとウサギを乱獲
「それで、そのことはグルーさんは知ってるの?」
「あ...」
私が訊くと、ベルは固まった。
「え、言ってなかったの!?」
アズアズが驚く。
「言ってないです...」
「反対されてる?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど、なんか恥ずかしいじゃないですか!」
「うーん...」
「え、恥ずかしくないんですか!?」
「私は孤児院暮らしだったからかもだけど、シスターに自分の将来の夢を話すのはいくらでもやってたな。
言いすぎてしつこいって言われたけど。」
「...」
ベルはなんとも言えない表情で見ていた。
「ステラさんらしいわね...私はわかるわ。
自分のことを話すのって、なんだか気恥ずかしいもの。
まあ、パパもママも応援してくれたから、今の私があるんだけど。」
「パパ!?ママ!?」
「な、何よ!?何もおかしくないでしょう!?」
「...お2人とも、すごいですね。
よく考えてみたら、恥ずかしいと言うよりは、反対されるのが怖いのかもしれません。」
少し沈黙が走った。
するとアズカット・デレクタは言った。
「そうね。否定されたら傷ついてしまう。誰だって傷つくのは怖い。
でも、傷つくのを怖がったら余計に自分を追い詰めて、何もできなくなってしまう。
それはもっと嫌でしょう?
だから...反対されたりうまくいかなかったりするかもしれない。でも、"その時はその時"よ。
—そう考えたら、少しは楽になるわ。」
「...ありがとうございます!なんかいける気がしてきました...!」
私が「いいこと言うじゃん」と言うと、彼女は「人生の先輩だもの、私が知ってることは若者に伝えていきたいのよ」と言った。
「アズおばあちゃん流石だね」
「からかわないで!私がおばあちゃんならあなたもおばあちゃんでしょう!?」
「あの!」
ベルが言った。
「なあに?」
「よく考えたら、お父さんが反対するはずないです。
いつだって私のことを否定しなかった。
私が危険なことをしようとしても、お父さんが身を呈して守ってくれた。
私が山に勝手に入っていって迷子になっても、必ず探し出してくれた—」
「「...」」
「でも、それで私がアイドルをやったら、今度はお父さんをこの牧場にひとりぼっちで置いていくことになる...
どっちも譲れない、私どうすればいいんだろう...」
ベルは唇をきゅっと窄めた。
「ベル...」
私は俯くベルのそばに行った。
「どっちもやろう!」
「へ?」
「アイドルも、お父さんも、牧場も、全部続けさせよう!」
「...本当に?」
ベルはそう言ったが、すぐにまた俯いた。
「いや、そんなの、無謀だよ。
何かを叶えるには、どれか一つは何かを捨てなきゃいけない。
二兎を追うものは一兎も得ず、だよ。」
ベルは不安そうな顔をした。見ているだけで自分まで不安になってしまいそうだった。
でも、そうはいかない。
さっきまであんなに自信たっぷりな笑顔を見せてくれていた彼女が、なんでいきなりこんな弱気な顔にならなきゃいけないんだろう。
そんな心配、私が吹き飛ばさなきゃと思った。
私はベルの頬をぐにゅっとさせた。
「!?」
「ベル!!」
「ぼべーばん?」
「確かに、何かを得るためには何かを捨てなきゃいけないこともある。
どちらか片方しか選べない時は、私も片方を選ぶよ。」
「でも、今回は全部取れる。だから全部取ろう。」
ベルを安心させるために、これ以上ないくらい堂々と言った。
「ぷはあっ!」
ベルは私の腕を頬から離した。
「そんな都合いいこと、ないよ」
「ううん、ベルが大事なものをどっちか捨てなきゃって悩まなきゃいけない時点で、もう都合は悪くなってる。
でも、都合が悪かったら、自分の手で良くするだけ。」
「したいけど...」
彼女にもうこんな顔をさせたくない。私はそう思った。
「ベル...悲しいことがあったら、次は笑えるようにしよう?
...もちろん、楽しくないのに無理に笑うようにしようってことじゃなくて!
嬉しいことを見つけたり作ったりして、気付いたら笑ってる。
そんな状況を作ろう、お姉ちゃんと一緒に!」
私はしゃがんで、座っていたベルに手を伸ばした。
「本当に、そんなことできるの?追った兎を二羽とも捕らえられるの?」
ベルはつい手を伸ばしかけたけど、まだ心配が取りきれないようだった。
「うん!私もベルと一緒なら、それができるって気がしてる。
会ったばっかりなのに不思議だよ、ね...?」
できる"気がする"というのは違うなと思った。
「いや、できる気がするんじゃなくって...
絶対にできる。そう約束できる。
どんなに無謀に見えることだって、確実にやるって決めて、あとはその方法を考えてやれば、
不可能なことなんて、そもそもやりたくないこと以外にはこの世に存在しないんだよ。
ベルはお父さんのことも、アイドルのことも、どっちもしたいって思ってるんだよね?」
「...うん」
ベルはこくりと頷いた。
「なら、絶対にできるって、私は言い切るよ。
もちろん、ちょっと転んじゃったりして鼻血が垂れちゃったり、そういう小さなミスはある。
でも、それは当たり前というか、折込済みというか...
道中に何があっても、本当にしたいことは最終的に必ず成し遂げられる。続けさえすればね。」
「お姉ちゃん」
ベルはまっすぐ私を見ていた。
「もしかして信じてないな〜?
例えばね...王宮騎士のとてつもなくかたーい鎧を素手でパンチして壊しちゃう人だっているんだよ!」
「え、それは流石に嘘でしょ」
そう言いながら、私は握っていたベルの手を少しだけ引っ張る。
私が引っ張り上げる力を入れきる前に、ベルはほぼ自らの力で椅子から立ち上がっていた。
立ち上がったベルは、私に笑顔を見せた。
「...」
さすが私の妹。用心深く、私を信じ切っているわけではない。
でも、彼女の顔を不必要に陰らせていた余計な不安は、もうどこかに吹き飛ばしていた。
それを見て、私も少し安心した気になる。
握っていた手は自然と離れた。
「牧場も、ベルのお父さんも、アイドルも、全部取ろう。」
約束だと、私は離したばかりの手の小指をまたベルに差し出した。
「...うん!」
ベルは満点の笑顔で小指を私の小指に絡めた。
「よし、それじゃあお姉ちゃんと一緒にウサギを乱獲だ!」
「「おおー!」」
「ステラさんこそいいこと言ってるじゃ...え、ウサギ?乱獲?何の話...?」




