2-13 糸は炎を恐れずとも②
私は火の玉を飛ばす。
蜘蛛はそれを避け、後ろに下がった。
「一旦戻って態勢を立て直そう!」
私は疲労が見えているカイルにそう言った。
「わかった!」
私は洞窟の出口へと向かう道の穴に入りかけていた。
カイルもそこに向かう。
しかし蜘蛛は天井を這い、回り込んだ。
そして糸をカイルに向かって吐いた。
糸はカイルの足を絡め取り、完全に地面とくっつけた。
蜘蛛はカイルに襲いかかる。
私は火の玉を飛ばすが、またそれは吹き飛ばされた。
それに加えて、私がすでに入ってしまっていた穴の入り口が蜘蛛糸で塞がれ、
分断されてしまった。
私は刃物で蜘蛛糸を切る。
糸は何重にも絡まっていて、さっきのようにさっとは切れなかった。
粘りけのある糸が、武器の刃に絡まって切れ味を落とさせていた。
小さな隙間から、あっちの様子が辛うじて見えた。
大蜘蛛は枝分かれした腕で、器用にカイルの首を挟んでいた。
そして別の脚で、カイルの腕を真ん中から突き刺した。
生々しい音が洞窟の中で響く。
「カイル!!」
蜘蛛はたくさん並んだ目の内の一つをちらりとこちらに向けた。
他の目は全てカイルの方を、まるで憎悪が篭っているかの如く睨みつけていた。
「...おい、お前、やっぱりあの時の大蜘蛛じゃないか」
カイルは自身の首を絞めている蜘蛛の脚を掴んだ。
「火を恐れて、そのまま後ろに下がって奈落に転げ落ちたあの時の。
生きてたんだな。良かったじゃないか」
蜘蛛が突き刺していた脚が、さらにカイルの腕にのめり込む。
「カイル!!今助けるから!」
私は叫ぶように言った後、死に物狂いで糸を引きちぎった。
まだ切れない。まだ届かない。
私はパニックになりかけていた。
「ステラ!!!」
「何!?」
「逃げろ!俺はもう終わりだ」
「嫌だ!なんでそんな...
...いや」
私はそう言われて冷静になった。
終わりだ、嫌だ、ただそう思って、熱くなってた。
思うだけで、止まってた。
そうじゃない。
彼の人生を終わらせたくないなら、ここから抜け出す方法を考えろ。そして実行する。それだけだ。
私はまた糸を武器で引き裂いた。
さっきみたいに死に物狂いじゃなく、少しずつ、確実に。
そうしたらさっきよりも素早く、糸を引き裂いていけた。
「俺を執拗に狙うってことは、俺のことをずっと恨んでたってことだよな」
糸を一つ引き裂くたびに考える。
一つ。
前にカイルが洞窟に訪れた時、蜘蛛は彼が持っていた灯りの火を避けて奈落に落ちた。
「それで脚は切られても再生するようになって、恐れてたはずの火も効かなくなって...すごいじゃないか」
二つ。
今回私が火の玉を投げても、蜘蛛はそれを糸でかき消した。
「いいぞ、そんなに殺したければ、俺を殺せ。
それで満足できるのなら、お前の勝ちだ。」
三つ。
糸を吐かなかった時、蜘蛛は火の玉を避けた。
火が効かなくなったはずなのに、わざわざそれを避けた。
「決まった...」
私は糸を引きちぎり切り、カイルと蜘蛛がいる場所へたどり着いたと同時に呟いた。
その小さな一人言さえ、洞窟の中では大きく響いた。
「ステラ!来るな!早く逃げろ!
こいつに火は効かない!俺が死んだ後で敵討ちでもしようとか思ったって、そんなの無駄だぞ!
早く逃げろ!」
それを聞いた蜘蛛は、がてんがいったかのようにカイルから離れた。
「何を...?おい、まさか...逃げろ!!」
すると蜘蛛は私の方へとてつもない勢いで向かってきた。
蜘蛛は明らかに、引きつった笑顔を浮かべていた。
「こいつに火は効かない—」
蜘蛛は私をその尖った脚先で貫こうとする。
「いや、効くよ」
私はそのまま炎の幕を、何重にも重ねて前方の蜘蛛に放った。
洞窟の中に熱い空気が漂い、蜘蛛を焼き尽くした。
蜘蛛は呻き声をあげ、煤となった。
炎が消え去った時、その場には煤以外に、大量の蜘蛛糸だけが残った。
「ステラ...」
岩陰に隠れて炎を凌いでいたカイルが、顔を出して言った。
私はそこに近づいて言った。
「私は冒険家ギルドのギルドマスターで、あなたはそこに所属するいち冒険者。
あなたの『逃げろ!!』なんて乱暴な命令、効くわけがないでしょう!」
「...ごめん」
「いや!その...。
大蜘蛛を倒して、その糸を手に入れる。
そう決めていたでしょう?
『目的を決めたら後はやるだけだ』って、私が言った事だから。」
私は歩き回りながら言った。
「あなたが終わりだって言った時、終わりにさせないって決めた。
だからその、私自身が言ったことを思い出せたんだ。」
「そうか...ありがとう」
彼の言葉を聞いた途端安心した反面、
なぜか照れてしまって、慌てて言った。
「い、いやこんな事当然だよ!
ギルドマスターとして所属する冒険者を守る事はね!」
すると彼は手を差し出した。
「...はい、
これからもよろしくお願いします、ギルドマスター!」
私はそれを手にとった。
「ええ、もちろん!」
私たちは握手した。
...
なんか...
「なんか...気持ち悪い」
カイルの手のひらはべちょべちょしていた。
彼は握手を解き、自身の手のひらを見た。
「これ蜘蛛の血だ...ごめん」
私も覗き込むと、青っぽい半透明の液体が付着していた。
「毒だったら...。
いや、毒じゃなくても早く洗った方がいい、早く洞窟を出よう!」
私たちは洞窟の入り口へ向かった。




