2-6 悪女の演技が上手すぎて
「あ、ちょっと待って—...」
さっき注意していた女の子が呼び止めたが、男の子は去っていってしまった。
そして女の子はそのまま俯いてしまった。
さっきの気の強い感じとは全く変わった感じで、落ち込んでいた。
「あの男の子が心配?気になる?」
「し、心配!?何の!?ですか!」
私が聞くと、何故か女の子は慌てた。
「だいいち、私があいつのことなんか心配するわけないじゃないですか!
なのに、気になる、なんて...ある、わけ...」
彼女は顔を赤くしてしまった。風邪が流行っているのだろうか。
「仲悪いの?」
「はい!あいつとなんか、悪いに決まってます!
子供の頃から隣の家だったんですけど、やんちゃで、失礼な事ばっかり言ってきて、それで...」
なるほど...
どうやら彼女が顔を赤くしたのは風邪ではないようだ。
これは...恋、かな。
「そうなんだ」
私は鞄から、きれいな布を二つ取り出した。
そして一つを彼女に渡した。
「はい」
「あの、これは...?」
学院を出発する時にイドラ先生に大量に渡された、予備の新品のハンカチだ。
上質な素材でできていて、鼻血がついても水洗いするだけで簡単にきれいになる。
そのせいで、私は予備を持て余していたのだが、ここで役に立つのか。
「出番が来たね」と、小さな声でハンカチに言った。
「冷たい水で濡らして絞れば、頭を冷やせるから。
さっきの彼、何だか熱っぽかったみたいだし、よかったら、あなたが持って行ってあげて」
「...いえ、こんなのいただけません」
女の子は遠慮した。
「いやいや遠慮せず...あ!」
もしかして、私がさっき鼻血を拭いたものだと思って、嫌がっているのだろうか。
「私がさっき鼻血を拭いたやつじゃなくて、これは新品だよ!
今初めて触ったくらいだよ!汚くないよ、きれいだよ!」
「いえ、そういうわけじゃありません!」
女の子は私にハンカチを返した。
...私もルカのお婆さまからヒシカグラ銘菓の饅頭を何度ももらいすぎて、ありがたみが薄れてしまった経験がある。彼女からすれば、私はおばあちゃんなのかもしれない。
「...」
私は迷った。
迷ったけど、結局彼女にハンカチを渡すことにした。
「そっか...じゃあ、さっきの男の子のところには私がこのハンカチを持って行こうかな!
あなたもさっき顔を赤くしてたし、風邪がうつっちゃったのかな...休んでた方がいいんじゃない?」
私はローネ小説に出てくる悪女みたいに、悪戯っぽく言った。
私は「はい、あなたの分」と言って、女の子にもう一つハンカチを手渡した。
「...」
女の子は黙ってしまった。
「あ...」
ちょっと悪女の演技が上手すぎて、必要以上に傷つけてしまったんじゃないかと心配になった。
だけど—
「...いえ、私が持っていきます!だからハンカチください!」
彼女はちょっとだけ泣きそうになりながらも、私をまっすぐ見て、そう言った。
私は黙って彼女の手にハンカチをぽんとのせた。そしてうなずいた。
「ありがとうございます!あとでお礼に何か持ってきます!」
彼女は笑顔になった。
「おーっほっほほ、そんなものいりませんわ!あなたが困っていたから助けただけのこと。
こんなの借りのうちに入りませんわ!
それにこのままじゃ彼が高熱で溶けてしまいますわよ、早くお行きなさい!」
「...よくわかりませんけど、ありがとうございます!」
彼女は深々とお辞儀をして、走っていった。




