幕間 空に手を伸ばすボルカニア
あの戦いを見た後にボルカニアが止血してくれて、
その上で俺の頼みで、山へ向かう怪人ウサギ男たちをつけて、ここまで運んできてくれたのだが、
それでもLifeSpanはずっと減り続けて、俺のLifeSpanは今、ついにゼロになった。
俺は聞き届けた。
怪人ウサギ男の言葉を。ステラの言葉を。彼らの覚悟を。
前回はいきなり殺してきてわからなかったが、
俺たちは知性を持った生き物なんだから、言葉を交わさなきゃいけないよな。
まだ思考が続いている。
ゼロはゼロでも小数点以下であるみたいな、そういうことなのか。
「ボルカニア、ここまで運んできてくれて、ありがとう」
俺はかすれた声で言った。
「ゴ、ゴブリさん...!?」
ボルカニアは俺を揺すった。
「ルカ!?」
ステラの声が聞こえた。
それに気づき驚くボルカニア。
俺にもう喋る気力も、音を聴く気力も残っていなかった。
だからテレパシーに集中し、ボルカニアを通じて情報を受け取ることに専念した。
そうしたらボルカニア自身の感情も、より鮮明に伝わってきた。
こちらに近づいてくるステラ。
ステラの声を聞いた彼女は逡巡し、立ち止まっていた。
苦しみと嬉しさと迷いと、
それらが混ざったきゅっとした気持ちが彼女の胸にたまる。
ステラに対して何か特別な感情があるのだろう。
怪人ウサギ男ではなく、自分がステラのそばにいたい。そんな気持ちが入ってくる。
ぐちゃぐちゃで真っ黒な嫉妬とも言える気持ちが、伝わってくる。
彼女の心の中に、黒い雨雲が漂っていた。
しかし、ボルカニアは決意した。
彼女にもやることがある。
そのやることの内容が何なのかは俺には理解できなかったが、
彼女はそれでも勇気を振り絞り、ここを去る決意をした。
ボルカニアは手を、空の方に伸ばした。
近づいてきていたステラの足音が止まる。
「また会おう!!」
ボルカニアは手を大きく振り、そして一目散で山を降りた。
ボルカニアは決意を固めつつも、自身の気持ちを消したわけではなかった。
涙をこぼしながら笑顔で森の中を走って行った。
それから、いつのタイミングだったか、俺の意識は途絶えていた。
ーーー
ステラちゃんが捕まるかもしれないのに、
危険が迫っていたのに、私はただ見ていただけだった。
それでも彼女は無事だった。
それはあの男の子がいたからだ。
「これでいいのかな。」
汗を拭う。
私はゴブリンの墓を立てていた。
そのゴブリンの名前は、ゴブリ・インパクトさん。
彼はあの男の子を怪人ウサギ男と呼び、復讐したいと言った。
それに賛成した時、私は私の中の彼に対する黒い気持ちを自覚した。
それと同時に改めて感じた。
私はステラちゃんのことが好きだ。
それは友人的な愛ではなく、恋のようなものなのだと、思わされた。
学院にいた頃、私自身それはわかっていたけど、だんだんと当たり前になっていた。
強く意識したことはなかった。
それは、今まで私が彼女の隣にいたから。
だから気づかなかった。
怪人ウサギ男、カイル・リギモル。
彼が現れて、私はそのことを今までにないくらい思わされた。
今も気持ちはそわそわしてる。
でもそれは、最初のモヤモヤとして苦しかった不快なだけの気持ちとは、また違う。
森の中、陽の光が当たる場所。
私は魔法で作った泥の棺にゴブリさんを寝かせ、棺の内側を燃やして骨にした。
そしてそのまま土に埋めた。
ゴブリさんが持っていた独特な文様が描かれた棍棒を、墓標にした。
手を組み祈りを捧げ、目を開ける。
悩みのモヤモヤは晴れた。
皮肉にも、彼の言葉を聞いて、決意したのだ。
ステラちゃんとこれからもまた会うために、実家で承った私の任務を遂行しなくてはと。
「ゴブリさん、あなたともまた会えたらいいですね。」
そよ風が吹き、葉が揺れた。
葉が揺れたら、木漏れ陽はちらついた。
「その時にはまた、私がステラちゃんの隣にいる人になってみせます」
そして私は出発した。
おまけ
【スター・ゲイザー】
星を眺める者の記憶が込められたキューブ。
使用者であるステラは、知っているもしくは頭の中で考えることができるすべての魔法を使うことができるが、本来キューブに一部の演算を委託して使うものである魔法をすべて自身の脳内で行う必要があるため、思考がオーバーヒートして流血することがある。
特にステラは氷魔法を使うと必ずと言っていいほど鼻血を流してしまう。
【ベイカーズ・ボンド】
大魔法使いルコニが血族のために残したと噂される、血の約束のキューブ。
所持者であるボルカニアの実家・ベイカー家は、ルコニの血縁に当たる魔法の名家で、このキューブはベイカー家で代々受け継がれている。
このキューブに祈りを捧げると、炎を纏った泥を生み出す<グマルマ>という魔法と、凍てついた泥を生み出す<ヒュマルマ>という魔法を使うことができると言われている。




