1-18 イドラ先生の心配
もう日が暮れるという時間。
生徒は皆寮に帰り、学舎と寮を繋ぐ門はとっくに閉まっている時間だ。
門を見ると、イドラ先生がちょうど門を閉めようとしていた。
私が歩いていくと、イドラ先生はそれに気づいてこちらを向いた。
「先生...」
それを聞くとイドラ先生はいきなり私を抱きしめた。
「今まで一体どこに行っていたのです」
彼女が抱きしめるのをやめると、私を見て聞く。
「その格好は...?どこか怪我はありませんか!?何かされていませんよね?」
「大丈夫です。傷ひとつありませんし、なんならいつも以上に元気なくらい!」
先生は私を少し見つめたあと「そうですか...」と言って私の肩を掴んでいた両手を下ろした。
「では、一体何が...」
私は事情を話した。
イドラ先生は最初は驚き戸惑うような顔をしたが、途中から何か考えるような様子で聞いていた。
「...そうだったんですか。」
「ローネ小説を読まされたような気分、ですよね。」
「いえ、あなたは嘘をつくのがとても下手ですから。それが本当のことかどうかは全部顔に出ていますよ。」
話を聞いている最中硬い顔をしていたイドラ先生の口元が、少し緩んだ。
「...そうですか。あと、それで—」
ここまで連れてきてくれた怪人ウサギ男のことを言いかけ、つい後ろを見た。
しかし、彼の姿はどこにもなかった。
「どうかされましたか?」
「いえ、ここまで連れてきてくれた人がいたんですけど...」
ふと気がつく。
「そうだ!ルカは!?ボルカニアは今どこにいますか!?」
「彼女なら、あなたが戻ったら一旦寮の部屋に行けと伝えてと言っていました。
...もう遅い時間ですし、部屋に戻るついでに1日休んで行きなさい。」
もう夜だ、ということを改めて認識した。
円形闘技場からここに来るまで、そんなに時間が経っていないというのは気のせいだったと理解した。
「...わかりました。今日はお言葉に甘えさせていただきます。」
「そうしてください。...明日からどうするか。
今日はまずよく寝て、それは明日決めればいいんです。」
「明日の早朝、ここを出ます。」
私がそう言うと、ほんの一瞬だけその場が静かになった。
「あなたを特別講師としてここに招き入れることだって、できなくはありません。」
「正式な講師にはしてくれないんですか?」
「国に届出を出す必要があります。」
「なら出します!」
「...でも、それでは国からあなたが狙われてしまうかもしれない。
お願いだから、安全な場所で匿わせて」
おかしな空気になった。
「西司教はここの卒業生や自分の孤児院の子供をさらって、罪人として大勢の前で殺してたんです。
しかもその後は死んだ子を—」
私はそう言いかけたが、
イドラ先生にあまり衝撃的なことを言って心配事を増やすまいと、言いとどまった。
「だから、西司教がやっていたことを正直に届け出れば良いのでは」
「いえ、それでは...」
そう言って彼女は唇を噛み、目を瞑った。
イドラ先生の辛そうな表情。
最初に話した内容だけで既に、不要な心配をかけてしまっていたのかもしれない。
「...」
それでももう、私は旅をするんだと決めている。
「それでも、私は明日の朝ここを出ます。」
イドラ先生はゆっくりと目を開き、困ったように笑いかけた。
「...そう、ですよね。
少し心配し過ぎて、おかしなことを言ってしまいました。
ごめんなさいね。」
それからわずかな時間だけ、沈黙が流れた。
「...それじゃあ、部屋に行ってみますね。
おやすみなさい、先生。」
「ええ、おやすみなさい。」




