1-11 怪人ウサギ男と呼ぶことにした
「ハアっハアっ...」
ムリダナ=ステラシュキは、処刑台の刃を下ろす、レバーの元にたどり着いていた。
レバーまでの距離は大して長くはなかったが、興奮で息を切らしている。
彼女は私の方を見て、歪な悦びの笑みを浮かべた。
「これでっ...これでええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ムリダナがレバーを掴もうとする—まさにその瞬間だった。
「ブォン」という不審な風切り音が聞こえ、
木製のレバーはばきばきと音を立てて折れた。
しかしレバーに何かがぶつかった衝撃で、レバー自体は元意図されていた方へ倒れ、作動してしまった。
不気味な音を発して、私の頭上の刃はこっちへ降りてくる。
しかしそれと同時に、さっきレバーを折ったのと同じ風切り音がまた、こちらに近づいてきていた。
これは...
「ふうーーーーっ...」
私は刃の斜めの部分を補うように、木の板の上に斜めの氷を作る。
意識を集中させて、できるだけ厚く。
氷を作っているのに体が熱く、一瞬がすごく長い時間に感じる。
目からどろっとした血が垂れてくる。
それから2つの風切り音が近づいて、これ以上ないくらい大きくなって—「ジャリっ」という巨大な音を発した。
その音にびっくりして一瞬だけ目をつぶってしまった。
すぐにまぶたを開けると、その場は不思議なくらいしんと静かになっていた。
「...」
私はほんの少しの間、しんと静かに黙ってしまった。
しかしすぐに、ざわざわと騒ぐ観客の声が聞こえてきた。
私は頭上を見ると、刃はピタリと止まっていた。
それに加えてよく見ると、氷を作りきれなかった場所を見慣れない刃物が食い止めていた。
「な、な...」
ムリダナ=ステラシュキが狼狽えている。
「なんで...なんでなんでなんで...うあっ、あっ、あっ、あっ、ああアああああアアあああアあああああアあ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ムリダナはいきなり叫んだ。
すると、ムリダナの首からネックレスのようにかけられている彼女のキューブから、赤黒い粘液のようなものが出てきて蠢いていた。
すると突然観客席の方から叫び声が聞こえてきた。
私は急いでそちらを見ると、次々と観客席の床が崩れ始めた。
叫び声は次第に多くなっていく。
そして崩れた床や壁の中から、謎の粘液の塊がたくさん飛び出してきた。
私はムリダナ=ステラシュキの方を見ると、彼女にも異変が起きていた。
彼女の顔は膨れ上がり、どろどろに溶け始めた。
「どういうこと—
そう言いかけた時に、甲高い子供の叫び声が聞こえた。
ついそっちを向くと、小さい女の子が高い観客席の場所から私とムリダナがいる低い階層の床まで落ちかけていた。
すると何か人影のようなものが同じく観客席から飛んできた。
その人影のようなものは床に落ちる前に、子供をキャッチして着地した。
人影のように見えたそれは、後頭部から二束の耳を靡かせていた。
「なんだあれ...」
そいつは抱きかかえていた女の子を下ろし、しゃがんで何か言った。
子供は出口の方へ走っていくのを見届け、こちらへ向かってくる。
空色の装束に身を包み、帽子の後ろから茶色と白の長い髪を二束垂らしたそいつ。
私は彼を「怪人ウサギ男」と呼ぶことにした。
そんなことを考えていたら、
怪人ウサギ男は私の方へ駆け寄ってきて、私の手を厚い革の手袋で掴んできた。
そして彼はいきなり私に言った。
「君に一目惚れした!冒険者ギルドの冒険者になってくれないか!?」
冒険者ギルド...ローネ小説で何度も見た言葉。
パーティを組んで、遺跡を探索したり魔物を倒したり—そうやってクエストと呼ばれる依頼をこなした後は酒場で祝う。
ワクワクする。
300年以上前には本当にあったって話だけど...
...はっ!
私はワクワクしたと同時に、でも、この誘い自体はフツーに、すごく怪しい勧誘だなと思った。
ただし、これが怪しかろうが怪しくなかろうが、私はこの誘いを断るつもりだ。
だって私がなりたいのは"冒険者"じゃなくて———なんだから。




