3-46 後夜祭①
夕暮れ時。
弦楽器の郷愁的で優しい音色と、ぐつぐつと煮立つホワイトシチューの匂いが漂っていた。
数時間前、東洋角雌牛馬人コチジーヴァルの肉体は黒い灰となって崩れ落ちてしまった。
その結果、綺麗な氷の彫刻だけが残った。
カイルはコチジーヴァルの肉を食べてみたかったと残念がっていた。
今彼が作っているホワイトシチューには、グルーさんが気を利かせて用意してくれていた牛乳と、カイルが元々持ち運んでいる干し肉、ロスヒハト牧場までの山道に生えている山菜が使われている。
これら全て、ポルテナが手鏡を駆使したり自力で採集したりした。
それは以前からベルに金を握らされていたから...働きに見合った給料を支払われていたからだ。
「実はポスタ郵便から給料全く支払われてません」
「ええっ!?」
「だから普段は客から受け取ったお金をそのまま横領してます。」
「ええ...」
ポスタ郵便、とんでもないブラックだなと思ったけれど、それはそれとして横領は犯罪だ。
こういう時はしかるべき場所に通報すべきなのだろうけど、よく考えたら私はS級指名手配されていたので、通報できなかった。
シチューをかき混ぜるカイルに、1人の男が言った。
「あの、僕たち婚約することになりました!それで僕と、彼女と、こいつの三人で暮らすんです。」
「あぎゃあぎゃ」
男性と女性と魔物の家族ができていた。
「おお、良かったじゃないか、おめでとう」
「ところでその肉って...」
「森で狩った魔物を干し肉にしてる」
「魔物たちがそれ食べるのって、大丈夫なんですか?共食いなんじゃ...」
「ぐるううううう」
ベアが言った。
「うぎゃあぎゃあぎゃぎゃ」
一緒にいた魔物もそれに同意した。
「魔物からすれば、他の魔物はみんな別種類で、人間もそのうちの一種。
人間と魔物って雑な分け方をしてるのは人間だけ。
そうだそうだ。だから気にするな!」
「...と、言っていますよ!」
瓶底眼鏡をかけたメルネがそれを伝えた。
「そ、そうか...勘違いしちゃって悪かったな」
男性は魔物に言った。
「あぎゃぎゃんぎゃ」
魔物は返事した。
「一緒に温かい家庭を作っていきましょうね」
女性はふたりに柔らかな声をかけた。
「カラゲッタ...」
「レモーニオ...」
「あぎゃぎゃぎゃぎゃ...」
「シチューが焦げる、他所でやれ」
それから...
「シチューができましたー!」
夕暮れの色、弦楽器の音色、美味しそうな匂い。
視覚、嗅覚、聴覚が全てが満ち足りた気分を味わっている。
完成したシチューを受け取ると、分厚い木の器越しでも手に暖かさが伝わってくるような気がした。
それを口に運ぼうとすると、声をかけられた。
「ステラ・ベイカー!」
あの女兵士だった。
「人々を救って正義を騙ったところで、私は騙されないぞ。」
彼女の手を見ると、湯気が立つ木の器を持っていた。
「...シチューを食べ終わるまでは待ってやる」
そう言って自身の手に持ったスプーンを口に入れた。
「あちっ!」
涙目の彼女を一瞥すると、私は無言で器に口をつけてシチューを飲んだ。
寒空の中で熱々出来立てのシチューが喉に染み渡る。
「魔法使い...ということは"あのベイカー家"出身だと思ったが、
調査したところ貴女はベイカー家の血縁関係者ではないようだな。
ということはステラ・ベイカーは偽名ということだな。
高名な家の名を騙るとは、何と極悪なのだ」
そう言って彼女はシチューを頬張った。
すごく、美味しそうに。
「...私さ、昔孤児院にいたんだよね。」
「...」
「それでさ-」
「ええっ!?」
「それでね-」
...
「うちの騎士団でも-」
「ふふっ、なんだそれ」
「うん、ほんとにあれは傑作だった!」
...
2人で談笑した。
しがらみを忘れて。
だけど突然、スプーンが器の底についた。
その音が響いた。シチューを食べ終えていた。
「あ...」
静寂。
そして彼女は口を開いた。
「...でも、いくら悲しい過去を語ったところで私は絆されないぞ。
S級指名手配犯ステラ・ベイカー...逮捕する!」
手錠を取り出し、私にかけようとする。
その時、子供の声がした。