3-43 会場の後方にて演出を
「一段一段登るたびに
私のキモチもアガってく
夜では凍えそうな寒さも
朝ではとっても心地よくて」
その時、会場の後方からノイズが飛び入ってきた。
その不快な音と共に、泥が巻き上がる。
巨大な角の生えた化物が、森の中から地面に一撃を見舞っていた。
その一撃を、リュートを庇ったカイルと新兵はそれぞれ左右別方向へ避けていた。
二人は一瞬顔を見合わせると、すぐにその場を離れた。
木々をなぎ倒し、暴れ狂う巨大な角の化け物。
多様な生き物が不完全に混じり合ったような、でたらめな異形の姿。
観客たちは突如乱入してきたそれについ気を取られる。
「時々ドキドキ帽子の中から
あわてんぼう怪獣に変身して歌を口ずさんじゃう
それが週に一度の楽しみ」
そんな状況でも、ベルは歌うのをやめていなかった。
それを確認し、ステラは怪物に近づいていく。
そしてステージの近くと繋がっている手鏡を怪物に向ける。
しかしそんなことはお構いなしに、怪物は剛腕を振り下ろした。
王国騎士団長が駆けつけ、それを大剣で受け止めた。
「行け!」
騎士団長がそう言うとステラは腕の上に乗って怪物の顔に向かって走った。
手鏡を向ける。無反応だった。
怪物は暴れ、ステラは落下する。
リュートを離れた場所に下ろしたカイルは、そこに向かう。
しかし怪物から触腕が飛び出し、彼を突き飛ばした。
ステラは風魔法で軽減を試みる。
それでも不安定な体勢で、大怪我は免れなさそうだった。
痛みを覚悟し歯を食いしばる。
しかし-
「いたっ!」
思ったより、痛くなかった。...いや、結構痛かったけど。
それでも地面に激突した痛みではなかった。
目を開ける。
するとそこには無骨な鎧がいた。
「ありがとう、王国騎士団の人...?」
鎧は首を横に振った。
「......、...............。」
「えっ...!」
鎧はステラを地面に下ろした。
直後、鎧の元へも3本の触腕が迫る。
しかしそれは、遠くから飛来してきた刃物がまとめて切り飛ばした。
それを見るなり鎧は、一人で怪物の剛腕を抑えていた騎士団長の助太刀に入った。
「おお、助かった!...どこの誰だが知らないが。あんたうちの騎士団員じゃないだろ?」
「.........。」
「鎧兜の騎士様に命令されるのは久しぶりだ。」
騎士団長は後ろに下がった。
鎧が力を込める。
すると鎧の隙間から砂埃のようなものが吹き出し、怪物の剛腕を切り飛ばした。
『ステラ!聞こえてる!?』
手鏡から声が聴こえてくる。
「アズアズ!」
『アレって...』
「うん、見たことない魔物、ベルの歌を聴いたことがないから暴走が解けないみたい」
そこにカイルがやってきた。
「カイル、止むを得ない状況だったのはわかるけど、観客の前で手を切断はちょっと-」
「あれは魔物じゃない」
カイルは食い気味に言った。
「...どういうこと?」
「あれはベルの歌を聴いたことがないだけじゃない、そもそも音自体が聴こえてないみたいだ」
「音が?」
「一応顔見たいな形してるのに、耳、口、目の位置が不自然に塞がれてる。
これっておかしくないか?」
怪物の顔を確認する。
王国騎士団長と鎧の人が、怪物を撹乱していた。
確かにあの無造作に暴れている様子は、何も見えていない聴こえていないと考えると腑に落ちた。
『はい、微塵子や水綿の類ならともかく、
あんな巨大な生き物が見ざる言わざる食わざるで生活できるとは思えません』
手鏡の向こうからメルネが言った。
『アレは生き物じゃない。』
「言い換えれば、人間でも魔物でもない存在...」
『そしてあの特徴的な姿、答えは一つ...』
「『伝承!』」
「『東洋角雌牛馬人コチジーヴァル!!!』」
カイルとメルネは同時に言った。
『嬉しそうにするんじゃないわよ。
...いや、むしろ楽しそうにすべきかもしれないわね。』
演出家は言った。
『ベルは私たちに言ったわ。観客の人たちにとって今日を悪い思い出にしたくないって。
今日のことを楽しかった、凄かったって思えるように、後から笑って語ってもらえるようにしたいって、そう言ったの。
だから...怪物を倒すのも、飛びっきりの演出として組み込んで!
全属性無詠唱魔法使いのステラ・ベイカー、武器の投擲が得意な狩人カイル・リギモル...よろしくね!』
「もちろん!」
「ああ!」
その返事をする頃には、もう二人は走っていた。
『東洋角雌牛馬人・東風示威齒留』
菱神楽内ノ聖ナル地や活気ヅク地ニテ邪ナル風トトモニソノ姿現ス。
菱神楽ノ地ガ静寂ニ満チテイル際ハ、血肉モタヌ魂ト成リ彷徨ウ。
其ノ際ハ土地ヤ人々ヲ見守リ、危害ヲ加エル事ハ有ラズ。
楽シイ雰囲気ヤ争ウ声等ノ様ナ騒ギ知レバ、其ノ地デ殺サレタ人ヤ獣ノ怒リヤ悲シミヲ取リ込ミ肉体トス。
受肉スルト瞳、口、耳ヲ失イ、恐怖デ暴レ回リ、周囲ニモ恐怖ヲ植エ付ケル。
訳モ解ラズ破壊ノ限リヲ尽クスモ、其ノ心ガ満タサレル日ハ永久ニ来ン。
東風示威齒留自体ヲ奥地ヘト封ジ祀ルコトデソノ心ヲ慰メ、死シタ人ヤ獣ヲ弔ウコトデ東風示威齒留ニ成ル事ヲ避ケヨ。
菱神楽万板記より引用
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^ivi^[ネコニス's翻訳]
『東洋角雌牛馬人・コチジーヴァル』
パローナツ東部ヒシカグラに伝わる伝承です。
ヒシカグラの神社仏閣や賑わう塔下町に、ヨコシマな風とともに現れるそうです。
ヒシカグラが静かな時は実体のない魂の姿で彷徨っており、土地や人を見守っているらしいです。
楽しげな雰囲気の場所や、揉め事をしている場所など、過度な騒ぎを見つけるやいなや、死んだ人や魔物の魂を取り込んで受肉するとのこと。
受肉中は目と口と耳がない姿になってしまった恐怖からか暴れ回って、周りにも恐怖を植え付けるそうです。
そうして訳もわからず破壊の限りを尽くすものの、その心は永遠に満たされない...。
コチジーヴァル自体を奥地で祀ることで慰めとし、死んだ人や動物をちゃんと弔うことでコチジーヴァルになることを避けてください、とあります...。
ここまで全て、ヒシカグラの文化や伝承をまとめた『菱神楽万板記』の中に書かれている内容です!