3-42 会場の後方で危機迫る
ステージからそこそこ遠い位置。ここはまだ空を雨雲が覆っていた。
しかし、歌声は確かに聞こえていた。
「なんでっ...なんでみんな解いてるんです...!?」
周囲の様子に若い女新兵は困惑し呟いた。
その目の前で、彼女が監視していた魔物の雨合羽をある少年が解いた。
「ちょっと、何故解いてるんです!?危険ですからやめてください!」
肩を掴むが、びくともしなかった。
(私とそんなに体格が変わらないように見えるのに、日々鍛錬に励んでいる私の力で動かせない!?
おかしい...!)
「こっちは終わった、その子で最後みたい」
向こうからやってきた金色の髪の少女が、その少年に話しかけた。
「金髪...ステラ・ベイカー!?じゃあ...こっちはカイル・リギモル...!?」
新兵は安全確保のため一歩下がり、素早く手錠を取り出す。
新兵が手錠をかけに一歩踏み込んだと同時に、カイルが立ち上がって振り返った。
「逮捕すキャあっ!?」
小型の魔物...ノーザランセナガホットドックの脇腹を掴んでいた。
カイルが地面に下ろすと、ノーザランセナガホットドックは走っていき、人混みに混じっていった。
「...カイル・リギモル逮捕!」
新兵はカイルの手首を掴み、手錠をかけた。
「ステラ・ベイカーも-」
そう言いかけた時、カイルの手首を掴んでいた新兵の手をステラの手が弾いた。
(い、痛い...!)
手には血、目には涙が滲みそうなくらい痛かった。
「ステラ・ベイカーです、はじめまして。王国騎士団員さん。」
「は、はじめまして............じゃない!」
「こんな時に何か、御用ですか?」
ステラ・ベイカーは微笑んだ。
(こ...こわい...おしっこ漏れそう...
でも......ダメだ!怖がっちゃダメだ...!
私は王国騎士団所属...この制服と鎧、そして剣に誓ったんだ。悪に屈しちゃいけないんだ!)
「S級指名手配犯ステラ・ベイカー、カイル・リギモル、貴様らを逮捕しにきた!」
ステラは王国騎士団員をみつめた。
「ひっ...!ダメだ、悪に屈しちゃ...私は王国騎士団所属...!その責任と覚悟がある...
この手錠をかけた限り、カイル・リギモルだけでも連行するんだ!!!」
そう言って手錠ごと思いっきり引っ張る。
しかしカイルの体は動かなかった。
「ステラ、服で縛ってた魔物はさっきの子で最後なんだよね?」
「ああ、うん」
「じゃあちょっと行ってくる」
「はっ...!?」
「そろそろ手首痛いんだよね」
「...わかった」
するとカイルは歩き出した。
「や、やっと観念したか」
森の中へ入っていく、その時だった。
カイルは立ち止まった。
「おい、歩け.........?」
新兵は一瞬怒ったように言ったが、流石にその違和感に気がついた。
「...」
まず、血の煙る匂いがした。
そしてそれとはもっと別の...苦痛、そのものとも呼べるような、風が何かをこちらに訴えかけてきているかのような異質なる意志の感触が吹き込んできた。
異様なる風が、木々の向こうから押し寄せてきた。
そして暗い木々の隙間から、人影が現れた。
「...リュート!」
カイルは駆け寄ろうとした。
「カイル...」
あまりの痛みに苦しそうな顔をしていたリュートは、安心したように頬を緩めた。
それでもまだ少し口元は歪だった。
「すぐに衛生兵を呼んでき-」
新兵は腹部の負傷に気づき、そう言いかけた。
その瞬間。
特大の異様な気配が、とてつもない速さでその場を襲った。
^ivi^[ネコニス'sTips]
ノーザランセナガホットドックは、小型...というには少し大きめの、中型...というには少し小さめの魔物です。
パローナツ北部ノーザランの森や丘に生息しており、体温調節を行うために体長を自在に変化させます。
脇腹を持つと、重力に引っ張られ、地面に向かって伸びます。そしてあったかいです。
だから"ノーザランセナガホットドック"なんですね。
ノーザランセナガホットドックの脇腹は何度も持ち過ぎると、主にする側が癖になってしまい、取り憑かれたように他のことができなくなってしまいます。程々にしましょう。