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3-41 ここから全ての観客へ

ちょっと長め(他のお話の2話分)です。

「この子たち...ノーザランフォレストチャコリスは暗いところが好きなんです。

だから上着や雨合羽で包むと落ち着きました。

記憶に刻まれていた落ち着くという経験が、暴走状態でも思い出されたってことです。」

メルネは早口気味に説明した。


「それで、ええと...」

両脇にリスを抱え、メルネは手が動かせず一瞬困った様子だった。

その隙にベルはメルネの掛けていた瓶底眼鏡を手に取り、自身の衣装の襟に引っ掛けた。


「こういうこと、だよね?」


「うん、そういうこと!」

メルネは悔い気味に言った。


「...どういうことかしら?」

アズカットは、わかっているくせに悪戯っぽく訊いた。


「歌うんです。私が、みんなに歌を聴かせて、癒します。」


「だけど暴走し錯乱しているみんな(魔物たち)に、普通に歌が届くかどうかはわからない、だから-」


「だからあなた(メルネさん)の動植物と会話する魔法...それを生かして届ける...そういうことね?」

イドラは訊いた。


「はい、ベルちゃんの歌を、脳の髄に意思を直接叩き込むんです!」


「...でも、ベルさん。もしここにメルネさんが来なかったらどうするつもりだったの?」

イドラが訊いた。


「...もしも誰も来なかったとしたら...その時は私がただ歌ってました。


だけど...みんなと会えてなかったら、そもそもこんな大掛かりなライブをするのはずっと先だったと思います。

だからこのライブを開いた時点で、メルネちゃんがここに来てくれることはきっと...いえ、」


ベルは言った。


「必然でした」


「今頃ステラが人と魔物が傷つけ合わないように...観客みんなが落ち着いてベルの歌を聴けるように対処してくれてるところでしょう?きっとカイルもすぐに飛び起きて来るんだろうし」

アズカットは自分のことのように自信満々で言った。


「はい!だから今こうやって悠長にお喋りしていられるわけで!!」

メルネは嬉しそうに言った。


「そうやって人を信じすぎるのはよくないですよ...


...早く準備してください。」

音響担当(イドラ)は既に後ろ姿で、舞台裏に向かっていた。


演出家もすぐに舞台裏に戻る。


眼鏡をつけていないメルネは地べたに座り、舞台の下の壁に背中を預けて目を瞑った。

「どうせ見えないんだし、特等席で音だけに集中しちゃうもんね〜」


先の老いた騎士団長は他の兵士たちに伝えていた。

「耳だけ合羽の外に出して差し上げろ、歌をよく聴くためにな!」


「ごめんね、ちょっときついけど。すぐ解くからね」

そう言うとまたステラは他の観客たちの元へ駆け出した。


ベルは弦楽器を取り出すとキスをして、そして身に付けた。


「すうーーーーー、はあーーーーーー」


ステージ上で、アイドルは深く息を吸って、吐いた。


足踏みをして、床を鳴らす。その合図とともに、音楽は流れ始める。


そして、歌い出す。


「窓から”今日”がおはようって言ってる


マブタトオフトン天井に突き飛ばして返事をしよう」


明るくて、かわいくて、軽やかに弾むような歌声。


「支度して進んでく 扉を優しくノックして

開けていいですか?って小さな声で私が言って

いいですよ!ってちょっとおかしな声色で私が返事するんだ」


明るすぎるくらいかもしれない。

それでも最も近くにいた二匹のリス魔物はもう、無造作に暴れていたのが音に乗った暴れ方に変わっていた。


「それから扉開いて

食卓に向かって進んでく」


それまでとは打って変わって、のびのびとした歌声になる。


「部屋の中なのに

風を感じるままに


隙間から光差し込んできて」


その神聖な歌声は、今までの吟遊詩人としてのベルを彷彿とさせた。


「タマゴを割って焼いて

香ばしく香りたつ」


そう思った途端、階段を駆け上るかのように段々とペースが上がっていく。


「そのお日様に惹かれてく

それが1日のはじまり」


...


「くっ...!くそっ...!もうだめなのか...!」

ステージから離れた場所で、魔物に押されている観客の男性がいた。

頑丈な木の棒で耐えていたが、もうダメそうだった。


ステージから歌が徐々に聴こえてくる。

「これが...レクイエムってやつか...死ぬ前にベルの歌聴けてよかった...ッ!」

木の棒は折られ、魔物に突進される。


「うがっ...!」


男は跳ね飛ばされるかと思った、が。


「痛...くないっ、いやちょっと痛いけど...俺死んでない...!」

魔物はその男性を心配そうに見つめて何か言っていた。


「お前、戻ったのか...!」


歌声は近くへ伝わり、少し向こうへ、さらに地平を通り抜けて遥か遠くへとどんどん広がっていく。

魔物の観客たちは暴走から脱し、歌声に耳を傾けていた。


「窓から”今日”が挨拶してる

それは私の心高鳴らす鐘の音


ビリビリ痺れる一直線のヒカリ」


避難していた人間の観客たちもステージの方へ少しずつ戻りつつあった。


「キミの歩幅で紡ぐ

その日々の靴紐


新しい足跡

彼方照らすヒカリへ

歩んでいくんだよ今この瞬間から


まだ印無き

ヒカレ!マイペースメイカー」


ステラとカイルが魔物を捕まえていた雨合羽を解く。

それに続いて王国騎士団員たち、さらには人間の観客たちも徐々に察して合羽を解いていった。


もちろん魔物を警戒し睨んでいる者もいた。

その一方で、さっきは襲われそうになったのにも関わらず、魔物が暴れていないことを理解して解いていった者もいた。


「さああの”場所”へ行ってきますって言って

ワタシハツチヲネ

踏み締めていくんだ


自然に弾む足取りで

踊るみたいに飛んでいっちゃう」


歌は2番に入った。


「まるで白い雲突き抜けてくみたいに

野を越え山を越え

坂を降ってあの階段に辿り着くんだ」


ステージで歌うベルにとって、遠くの観客まで、全ての観客まで目視することはできない。

それでも、この歌声が会場に満ちていることがわかり、その先の空のずっと向こうまでも響いているように感じた。


もちろん完全に元通りとはいかない。

それでも観客たちはみんな間違いなく、アイドル・ベルの歌を聴いていた。

ひとりひとりがどんなに違っても、それだけは同じだった。それだけは間違いなかった。


体の内側から外側へ、心地よくはじけ続ける花火がそれを証明していた。

そんなベルや観客たちの気持ちに呼応したのか、歌っているうちに雨雲はずんずんと去り、天気は燦燦と晴れになっていった。

「はあ...はあっ...はあっ...」


血が漏れる腹を抑え、リュートは逃げる様に必死に走っていた。

息が苦しくて、涙すら溢れそうになる。


なんで...なんでこうなったんだ。

なんで僕はいつもこんな.......僕だけがこんなにも不幸なんだ...。


背後で、巨大な角が木を薙ぎ暴れ狂っていた。

鬼神のごとき巨体の異形が、すぐそこに迫っていた。

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