3-39 躍動する泥水
ちょっと長め(他のお話の2話分)です。
『『こんにちは〜』』
※ポルテナの手鏡を通して聴こえてくる声は"『『』』"が付いています。
数分前、ロスヒハト牧場。
門をカイルが物凄い勢いで通りすぎようとする。
カムラ・リュートはそれを引き留めた。
「...ま!?まって、どこに行くんだい」
カイルはリュートに鏡を手渡した。
ライブ会場と中継がつながっているポルテナの手鏡。
『「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「うぎゃががぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐががががががが!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」』
そこから、とてつもない音が聞こえてきた。
「うわあっ!」
リュートがカイルの方を向くと、もう何も言わずに走って山を降っていってしまっていた。
「...これはまずいな」
リュートが呟く。
手鏡の向こうは、とんでもない混乱状態になっていた。
「...ま、待って!僕も行くよ!」
さっさと行ってしまったカイルの姿は見失ってしまったが、リュートも慌てて山を降って行った。
ーーー
ポルテナから受け取った手鏡を持って、ステラは兵士のそばに迫る魔物の方へ向かっていく。
『『雨合羽を貸してもらえますかー?』』
兵士に保護され少し離れた場所に避難していた観客たち。そこに合流したポルテナの声が手鏡から聞こえてくる。
『『ステラ先輩、雨合羽3つ確保しました』』
「1つお願い!」
ステラは雨で泥気味になりつつある地面を駆け抜け、魔物の背後で飛び上がった。
手鏡の向こうから雨合羽が投げられ、飛び出してくる。
ステラは雨合羽を素早く広げ、魔物を捕まえて結んだ。
着地すると、土色の雨粒が跳ね上がる。
魔物が入った雨合羽の袋を兵士に手渡した。
「これで大人しくなったから、いい子だから殺しちゃダメだよ」
「えっ」
返事も聞かず、言うだけ言ってベアの方へ走っていく。
『『雨合羽10個確保...ええと、ただいま12個確保、あっ13、14、15、16、171920-』』
「よし!12345678~...っと9まで数えるから一つずつ渡して!」
『『はい』』
無詠唱の魔法使いステラは、呪文を頭の中だけで組み立てる。
通常の魔法使いと違って"魔法の構築の際に声に出して詠唱しない"ということは"魔法を構築しながら魔法とは関係ない言葉を発声することが可能である"ということだ。
もちろん物理的に可能というだけで、ただでさえ複数の魔法を同時展開し続けているステラにとっては、とてつもない集中力と明確な脳の使い分けが必要になってくる。
つい先ほどまでの、突然の危機に戸惑い不安な気持ちに囚われたステラではできなかった。
でも今は違った。後輩から頼もしい言葉をもらった今、その思考回路は清涼に流れ流れ、澄み切っていた。
「ベア!その場で踏ん張って!」
「ガウッ!」
ベアが返事をする。
「1、2...3!」
道中で先と同様に、観客を庇う兵士に飛びかかろうとしている魔物を捕まえて結ぶ。
「っと4!」
風魔法で補助しつつ飛び上がって、鳥魔物を捕まえて雨合羽を結ぶ。
「これで大人しくなったから殺さないでねー」
「は、はいっ...えっ!?」
正義感が強そうな若い女兵士にさっと一言添えて、ステラはベアへ直進していく。
「ふーっ...」
自分の歩幅を、鼓動を、息遣いを、拍を取るように安定させる。把握する。
そうやって息を整えて、魔法を組み立てる。
風魔法を局地的に強く起こして、螺旋状に動かす...
ベアを中心にして竜巻が巻き起こり、魔物たちがベアから引き剥がれ跳ね飛ばされる。
陸生の魔物が地面に追突する前に、ステラは雨合羽で受け止めにいく。
「5、6」
二匹小型の魔物をキャッチしたが、反対側のもう一匹は中型の"猿魔物"だ。
「...ん7っ!」
間に合った。
小型の魔物と違って、雨合羽を袋状にして完全に入れることはできないが、
縛って暴れられないようにすることはできた。
すぐに空を見上げる。
「8、9...」
ステラはただふらふらと落下する2羽の鳥を数えた。
間に合わない...!
そう思ったが、ベアがそのうちの一羽を両手で優しく受け止めた。
しかしもう一方は...!
少しでも緩衝にしようと、ステラは雨合羽を風魔法で飛ばした。
その時どこかから飛び出した人影が、鳥をキャッチして雨合羽で結んだ。
「...」
「...」
「...カイル、怪我は大丈夫なの?」
「こっちが大丈夫じゃなさそうだから来た」
「...別に来てくれなくて大丈夫だったんだよ」
ステラがなんとなく横目で見ると、サル魔物は手足を縛られたのを嫌がる感じでごろごろゴロゴロと転がっていた。
係員上着の中に入れたリス魔物は暗いのが好きだったせいか大人しくなったが、猿はそうはいかない様子だ。
「食べるとか言って殺さないでね。魔物たちもみんなベルの大事なファンだから」
「大丈夫だ。だいたい事情はわかってる」
そう言いながらカイルは猿を抱っこして移動し、近くの木の幹に雨合羽の袖をくくりつける。
しかし幹の太さに対して袖が足りなかった。
「その雨合羽1つ貸して」
「ん」
ステラは雨合羽をカイルに渡した。
カイルは袖を木に結び終えると、周囲を見渡した。
「これで観客の避難は済んだみたい。」
既に周囲を見ていたステラが言った。
でも、まだ呻き苦しんでいる魔物たちはその場にたくさん残っていた。
「手伝ってくれる?雨合羽でお昼寝してもらうの」
「これは骨が折れそうだな」
カイルはそう言いながら、包帯を巻いた後頭部を一瞬さすろうとした。
しかしそれをステラに見られているかもと思い出し、心配させまいとすぐに手を下ろした。
「なんて冗談冗談、大丈夫大丈夫」
彼は誤魔化すように手を振って、親指を立てた。
しかしステラは、その様子を見逃していなかった。
「...」
「あなたが...ステラベイカーか」
思案しているところに、少し老けた騎士がたった一人で話しかけてきた。
このぬかるんだ足元を音もなく歩き近づいてきた相手に、私は警戒した。
「おれたちにも手伝わせてくれないだろうか
魔物を傷つけずに雨合羽で包む、だったな......盗み聞きして悪いが。」
注視するほど、その男はリラックスしているように見えながら一切の隙もなく、ただ一人私の中でだけ異様に空気が張り詰めていた。
するとカイルがその辺りに設置されていた手鏡を取り外して、その男に手渡した。
「!?」
「この手鏡に欲しい雨合羽の数を要求、向こうの人から雨合羽が手渡される」
「...承知した」
すぐに騎士は走って行った。
...
「なんで渡したの?」
「ポルテナのだし、流石に又貸しはまずかったか」
「そりゃまずいよ!あれ王国騎士団の人だし...ゴースト・ガバーンの手先だったら悪用されるかも!」
ステラは流石に怒って言った。
「あの人は必ず自分で返しに来る」
「「返しに」」
声が被った。
「...返しに来なかったら?」
ステラが訊いた。
「返しに来なかったら自分の手で取り返す、それだけだろ?」
カイルは言った。