3-38 観客席からステージへ②
怪しく空中を彷徨いていたのは、自らを真の王と名乗ったあの煙だった。
ステラは右手に溜めていた二発の炎球を、すぐさま既知の煙に向けた。
一発目をゴースト・ガバーンに向けて飛ばす。わずかな時間差で、二発目をわざと少しずれた場所に飛ばした。
一発目を避けた煙の躰が二発目の火の玉に貫かれ、丸い風穴を空ける。
すると煙は霧散し、すーっとどこかへ消えていった。
(この事態はゴースト・ガバーンの仕業...?
なら、それが消えたってことは-)
そう期待して周りを見渡すが、魔物たちの様子はそのままだった。
さっきより暴れる魔物が増えてる気がする。
うずくまっていた魔物たちまで暴れ出し始めたみたい...)
周りは混乱状態のまま。
兵士たちが観客を守りつつ魔物に刃を向けようとしているが、まるで歯が立たない。
それどころか、槍や鎧は壊されていた。
(これは単なる兵装の質や兵士の実力不足?
...いや、今この場にいる魔物たちが異常な状態になっている...?
...!ベアの方ももう限界に近い、加勢しないと-)
「くっ、来るな!」
後ろに観客を庇っている兵士は、折れた槍を振り回している。
幸か不幸か魔物は近くで不規則に暴れているだけで、兵士に攻撃が当たったりはしていない。
(...兵士も危ない、ベアも危ない、どっちにも守られてない観客が逃げた先で魔物に遭遇するのが一番危ない。
じゃあ3人で分担して守る?
いや、それぞれ分担したとして、鏡を向けて避け続けるしかないポルテナはどこを担当しても、いずれ確実に怪我を負う。それだけは避けたい。
かといって3人しかいないから1つの分担に2人つけることはできない、でもつけるしかない。メルネとポルテナを同じ場所につけて、遠距離に魔法を飛ばせる私が1人でなんとかするしかない、でもそれじゃ私は魔物を燃やし殺して無理やり止めるのが限界、でも、それは...そうするしか、ない、この人数じゃ許容量が足りない、そうしたとして...私が手一杯でサポートできないんじゃ、2人を一緒につけたところでメルネがポルテナを庇って代わりに怪我するだけ、それじゃだめだ、じゃあ3人で分担すれば...そうじゃない、それじゃ最初と同じ、だめだ、じゃあ、どうする、それは、そうじゃなくて、それ以前に私が心配なのは......!)
思考がぐちゃぐちゃに混ざり合って、がたがたに崩れ落ちて、訳が分からなくなっていく。
魔法使いは堪えきれずに舞台の方を向いて、つい駆け出しそうになる。
「...ベル-」
「先輩!」
それをメルネが呼び止めた。
「先輩、私、策があります。
ここからまたライブを行う策が。全部ハッピーにする策が。」
それは慰めなどではなく本気で言っていることは、強気な声色が示していた。
「だから、ベルちゃんのところに私を行かせて欲しいんです!」
「どんな策なの?」
「お祈りですよ」
メルネは不敵な顔で言った。
ステラが怪訝な顔をすると、メルネはそれを吹き飛ばすかのようにさらに強く伝えた。
「その場だけで考えたような!しみったれた諦めの...架空の"苦しい現実"なんかじゃない、歴史が証明してる確実なお祈りです!」
それはステラにとって、目を覚ませ、思い出せ、そう言っているように見えた。
思考の底無し沼に嵌りかけ、瞳を濁らせていたステラを、メルネの言葉が朝の洗顔の水しぶきのように起こした。
瓶底眼鏡の奥に見えるメルネの瞳は真剣で、澄み切っていた。
「...本当に......確実なんだね?」
「はい。」
「本当の本当に、全部ハッピーエンドにできるんだね?」
「...はい。」
メルネは真剣な面持ちで答えた。
「じゃあ、お願い。こっちは任せて!!!」
ステラはいつも通りの笑みを浮かべ、親指を立てた。
「......はい!!!」
メルネは笑顔で返し、リスを持ったまま舞台の方へ駆けていった。
「確実なお祈りってつまり...声に出すこと、だよね。」
ステラはそう呟きながら微かに微笑んだ。
「...?」
「ポルテナ、超特急でやってほしいことがあるんだけど、頼めるかな」
「はい、どうすればいいんです?」
ポルテナは疑問を浮かべる間も無く聞き返した。