3-36 次にドカーンとブチ上げて...
ちょっと長め(他のお話の2話分)です。
未知の塊といった衣装に身を包んだベルに、観客は戸惑い驚き慌てふためく。
どよめく会場で、ベルがたんと足を踏み出す。
同時に跳ねるような音。
「朝日が昇るその前にー」
伸びやかな歌声。
「いつものベルの歌声だ」と思う人。
だからこそ、いつもと比べて格好という唯一の違いに戸惑う人。
その時、様々な人がいた。
「聴いて、くださあああああい!!!」
叫び声で、歌声で。
優しくて無理がないけど、必死で力強く。
そんな矛盾を孕んだ声が、興奮とやすらぎを同時に与えた。
すべての観客は、ベルの放つ熱波に襲われた。
「夜空を造る
重サの烏合
この星のことさ
キットナイト>カット<アンドライト」
まるで階段を跳びながら駆け上がるような旋律が、聴衆の耳の中に雪崩れ込む。
間奏。
軽快だけど重さのある音ともにベルが軽く、しかしのびのびと踊る。
それとともに爆発が起きる。
「目まぐるぐるしく回る町
歩いて走って積み上げて
君のエナジーを信じてる
きっとできるさ ナニカがきっと」
ベルは歌いながら歩いていく。
「走り続けた道は
まだ続いている」
ただでさえ雨が視界を邪魔する中で、爆発の煙が舞台を烟らせる。
「ああ
このままの歩幅じゃ
前も後ろも遠すぎて」
それでも観客から、ベルの姿は見えていた。
「空の
色を
視ても
夜が空けてるのかは理・解・不・能!」
歩いていたベルがビシっと止まり、再び舞台の真ん中で観客たちと真正面に対峙した。
「どこか、どこかで鐘が鳴って 煙色の空を消して
キミの流す涙を砂漠の雨にする
そして幾千年が経って水の楽園ができて
キミは空を仰ぐ
瞳には星の色が着火た」
揺れているのに芯が通った声が、会場の隅から、真ん中にも届き、隅まで届く。
隅を通り越し、森の木々をも包みながら駆け抜けていく。
「青く澄み切ったり 赤く染め上げたり
白く煙らせたり 黒く染め上げたり
どこかどこかどこかじゃなくて
どこにでも旅に出るよ
ここ以外にも空を作りたい
キミは楽園を去る」
少し湿っぽさのある歌詞に、ベルの燦々と照らすようなからっとした歌声が合わさって、
力強くもなめらかで優しい"みずみずしさ"が生まれていた。
みんなが、ベルを見ていた。
単純に"観ている"を通り越して、全てが一体に見えた。
人間も、魔物も、お互いに驚いていなかった。恐れていなかった。
どちらも、観客だった。
「ボクの造る鐘が鳴って
金色の音色を響かせて
ボクは水を撒いて
光で無際限に照らして
ボクがキミの笑顔作るから
ああ
きっとキミがいなかったら
この空は照らせない
そんなマボロシは
噛み切って味わって胃の中へ没原稿!」
ベルの歌声と共にぽんぽんと発せられる魔法の拍子に誘われて、
観客たちは自然と手拍子をしていた
「キ・ミ・が!
ボ・ク・が!!!」
ずんずんと鼓動が湧き上がるような空気ができていた。
「世界を照らすんだ
キミのいないこの世界を
今ならなんでもできる、多分
そんな気にさせて!!
ここで、ここで鐘鳴らして
反射で眩しくて
朝焼けの光も
夜空の星の光も
誰かが作ってる
それは一体誰なんだい
キミかもしれない
ならばキミにありがとう!!!!
軽くて重い音符
空で響き逢う
どこまでも遠くに
どこまでも近くに
楽園はすぐそこに
あそこに!?
どこにでも!?」
観客たちが奇妙なアイドルソングの歌詞に慣れてすっかり乗ってきたところで、ベルは突然語り出した。
「突然ですが、私好きな言葉があるんです!
『うおあたま』って叫んでくれませんか!!??
『うおあたま』...『う』と『お』と『あ』と『た』と『ま』、です。五文字です!!
それじゃあ指でカウントします、さあご一緒に!せーのっ!」
ベルは手のひらを観客に見せ、五本の指を一つずつ折っていく。
「うううううううううううううううううううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああたあああああああああああああああああああああああああああああまあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
小さな声、大きな声、かすれた声、真っ直ぐな声、綺麗な声、不思議な声...全てが集い、それはどこまでも響いていきそうな爆声になった。
五つを数え終えた握り拳は空に掲げられる。
「夜空を作る
重サの烏合
空けた星の
箱の話さ
キットナイト>カット<アンドライト
今この時を
黒いインクで ボクが刻むよ
朝日が昇るー」
視線が、空気が、熱風となって、まるでベルに吸い込まれていくような感覚にさせる。
「キットナイト>カット<アンドライト」
歌が終わる。
ほんのわずかな静寂。
「...」
それはすぐに破られた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
大歓声。
柱の上の魔法担当が辺りを見渡す。
あるところには魔物と人が抱き合ったり肩を組んで盛り上がる姿が見えた。
ベルのいる舞台のその裏、音響担当の耳には、「最高〜」という声、「私は前の方が好きだったけど...まあ、別にいいんじゃない」と素直になれない声...様々な声が聞こえていた。
音響はふとある人を連想し、横にいた演出家をちらりと見る。
演出家が気がつくと、音響は「...なんでもありませんよ」と手元のキューブに目を戻した。
「うまくいったみたいですね、ベルの作戦」
演出家は言った。
〜
『初めにザ・アイドルな曲を出したとして、それまでの私を見てくれていた人たちみんなに受け入れてもらえるとは思っていません。
みんなどころか、ほとんどの人はびっくりして去っていってしまうんじゃないかって思うんです。それが現実...」
ベルは言った。
「...だけど、本当は一人残らずみんなに、アイドルとしての私の歌を聴いて欲しい!
現実を見て立ち尽くすのが大人だなんて...上手くいかない現実なんて、本当は見たくないんです!
だから...最初に、先に、限りなくびっくりさせておいちゃおうと思うんです』
ベルは木板に書いた"ライブの段取り"を見せた。
『まずは穏やかに...次にドカーンとブチ上げて...最後は、既知と未知のミックスオーレです!』
その言葉が、強く残っていた。
〜
「...今のところは、ですが。」
演出家は言った。
「...」
ほんの数秒もない短い沈黙。
「でも、きっと最後まで上手くいくと思います」
演出家はさらりと付け足した。
^ivi^[ネコニス'sTips]
『うおあたま』は首から上が魚になってしまった男が登場するローネ小説です。
主にパローナツ西部に広まっている伝承ですが、東部にもほぼ同じ内容のお話があります。
執筆者が同じ?それとも片方はパクリ!?
あるいは...西部でも東部でも元となるような同じ出来事が起こったとか...
いやいや!!いくらなんでもそんな偶然、あるわけないだろ、トム!!.........なんて。