3-34 決定【謎の少女+王国騎士団員視点】
少女が後ろを振り向くと、そこには壮年の兵士がいた。
鎧を着込んでいて、騎士と呼ぶ方がふさわしい出立をしている。
「おじょうちゃん、こんなところにきちゃダメだよ、あぶないからね」
隣にいた、いかにも下っ端っぽい装備の若い兵士が、ニコニコしてそう言った。
「迷子いたんで誰か案内してくださいー」
新兵は後ろを向いて、大きな声で読んだ。
騎士は兵士の肩を小突いた後、手の動きで何かを伝えた。
『バカヤローお前、静かにしろ』
「え、あっ、わたしはっ、迷子じゃなくてその、ちがくて....!」
少女があたふたしているうちに、騎士は別の兵士を後ろから手招きして呼んでいた。
線の細い冷たそうな顔の青年が、こちらに小走りでやってきた。
『麓に町がある。お前がこのお嬢様を安全にお家までお返ししろ。
もし見つからなければ作戦には参加しなくて構わない。
なんならむしろ参加しない方がいい』
そう言われて青年は一瞬驚いた顔をしたが、老騎士が目を合わせて頷くと、こころえたと言わんばかりに頷き返した。
すると青年は少女を米俵のように左脇に抱えた。
『ちょ、ちょっと、離しなさい!』
そう主張するように少女は手足をぶんぶん揺らして暴れた。
『わたしが誰だかわかって—』
少女は青年の顔を見た。
すると、冷え切ったような目線が少女を見下ろしていた。
青年は右手の人差し指を自身の唇にあてて、静かにするよう少女に言った。
「しーっ」
『ひっ...』
それを見て、少女は青ざめた。
〜〜〜
騎士はあたりを見渡した。
そして隣にいる新兵と同じように、草陰に伏せた。
「小さな声でなら喋っていいぞ」
「...なんでっ!!」
兵士は大きな声を出しかけた。
「静かにしろって言っただろ」
「っ...!申し訳ありません」
息を整えて、言い直す。
「え、ええと...何故、タッカーを作戦から外したんですか!?」
今度は荒げながらも小声で話した。
「相手は...あのゴーシュ・イスクさんを殺した、Sランク指名手配犯なんですよ?」
人手が多いだけじゃ星眼の魔女に一掃される...
倒すにはあいつの剣の実力が必要なはずなのに!」
拳を強く握り締めながら訴えた。
「いや、いらん」
「っ...何故!?」
兵士は苦しく息を飲むように言った。
「確かにあいつの...ジンジャー・タッカーの剣は素晴らしい。
元来の鋭い感覚と、実直な修練で裏打ちされた確かで力強い剣技。
剣にとことん素直なあいつだからこそ、カイル・リギモルとだけは会わせちゃいけない。
リギモル...あいつと一戦交えたら最後、真面目なタッカーは勝っても負けてもきっと『修行の旅に出る』って言って騎士団をやめちまう。俺より強いヤツに会いに行くってやつだ。そしたら困る。」
「えっ、勝っても...ですか?」
「ああ、勝っても負けても、だ。タッカーの性格は大体わかるだろう。剣術を極めるという不変の、あいつ自身の揺るがない絶対の信念を持ってる。
だからこそ、自分以外の珍しい何かが現れた時、とことん惹かれやすい。
「うーん、タッカーが自分以外の何かに惹かれやすい...そうですかね?ずっと剣のことしか考えていないですし。
きっとカイル・リギモルと戦ってたら勝ってた...と、思いますよ。
それに、信念なら私にもあります!」
兵士は得意げに言った。
「それはどうだか」
「そ、そんなあ」
「タッカーみたいな奴らが他者に惹かれるのは、いくら味の濃い他者に触れても、自分自身は変わらないという自信...いやむしろ、自分の方が濃口になったり、若しくはあっさりの方が美味しいだろと言い切ったりできる気概があるからだ。
自分自身の信念がはっきりし切っていなければ、他者を知る勇気もなくなる。
何かに触れた時、自分のまださなぎの中身みたいな構成途中の信念が、よくわからんもんに侵されたらと思うとそんなの誰だって嫌だからな。
でも結局は、混ざり物のさなぎになって、自分の信念が何なのか考え続けるしかないと思うよ。」
「...」
と話を聞きつつ、実はずっと兵士は困惑していた。
この騎士団長は、ゴーシュ・イスク先輩が殉職した先日の作戦には参加していない。
だからカイル・リギモルとかいうヤカラがどんな雰囲気の犯罪者なのかは知らないはずだ。私もだけど...と、兵士は思った。
それ以前も、目に穴が開くほど熟読した指名手配者一覧と前科者一覧にも<カイル・リギモル>なんて名前は見た事がなかった。リギモルという姓自体、この一連の事件で初めて聞いた。
にも関わらず団長はやけにカイル・リギモルについて知ったふうに話したので、新兵は戸惑った様子で訊いた。
「団長は、過去にカイル・リギモルと対峙したことがあ—?」
しかし老いた騎士はまるで耳が遠くて聴こえなかったかのように被せて続けた。
「タッカーのおかげで団内の緊張感が戻ったってのに、いなくなったらまた平和ボケ怠け者高給取り集団に戻っちまう...」
「.........それは、団長が皆に稽古を付ければいいのでは?」
わずかに沈黙が流れる。
そしてその人は言った。
「やだ」
「ええっ!?」
突然、団長は素早く小声で伝えた。
「静かにしろ、正面遠方で声がする」
その変わり身の速さにつっこむ間も無く、新兵も前方に集中し警戒した。
雨が降り頻る中でも、確かに音が耳に届いてくる。
「...」
それは、透き通るように神聖な歌声だった。
決定:あることが決まって動かないこと。また、信じて疑わないこと。