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3-32 雨雲

「そろそろかな」

門番をしているリュートは呟いた。


「ああ。」

後ろから牧場主、グルー・ロスヒハトが声をかけた。


「ちょうどいい、兵士さんも部屋(あっち)で見ませんかい?」


「いえ、僕は...」


「問題ない。少しくらい休んだっていいさ。

それに小雨だし、どっと降ってきたら大変だ。」


空はまさに雨模様。

大雨になるか、はたまた意外とすぐに止んでしまうか。そんな様子だった。


しかし門番は雨なんて気にしていない様子で、顔色一つ変えずに言った。


「いえ、お気遣いありがとうございます。

でも、雨が降ってきてもここにいます。僕の使命は()()、ですから。」

リュートは槍をかしゃりと鳴らした。


「...そうかい。」


グルー・ロスヒハトは牛舎の前に椅子を持ってきて、腰掛けた。

「ほら、もうすぐ始まるぞ。」

「ンモ〜」


ーーー


いつもベルが歌っている町の一角に、大勢の人々が集まっていた。


「いつもと違う時間だけど、本当にベルは来るのか?」


「雨降ってきてるし、延期なんじゃないか」


「前に雨降ってた時ってどんな感じだったっけ?」


「わかんないよ。雪ならともかく、凍ってない生暖かい雨なんて滅多に降らないしなあ」


「...絶対来る、ベルさんはどんな雨の日でも雪の日でも、毎週ずっとここで歌ってた。

最後に大きな...ライブ...をするって言った、それを嘘にしたりなんてしない。

延期するにしたって、それを伝えるために必ずここにやっては来るはず、きっと...!」


それからまもなくして、雨が少し強くなった。


「洗濯物大丈夫?うちは夜のうちに干しておいてもう取り入れてきたけど。

おかげで服が夜風で冷え冷え!」


「そりゃ大変だ。俺の家はもともと干してない」


「うわ」


雨に耐えかねて、人々はまばらに帰ろうとし始める。

その時、そこにいる人たちにとって聴き覚えのある弦楽器の音色が響いた。


それと共に、いつものあの歌詞、あの歌声が聴こえてくる。


「古き伝え聞かされる 使い呼びし魔法陣


空の彼方その向こう 異界の死者を呼び覚ます」


小さな声で「ベルだ」「来た!」と話す者。声は発さずとも肘を曲げて握り拳を作る者。ただその声に耳を傾ける者。

方法は人それぞれだが、皆同じく、喜びの空気で包まれていた。


「我らが王は困り果てる 魔なる王の調べが響き

黒き剣握り音を 切り裂いて(ひら)くみちに」


「みちゆけ

揺らぎゆく光 差し込むその方へ


ゆこう 焦ることなく 足早に駆けよ

光揺るぎきらぬうちに」


帽子を深く被った吟遊詩人は、どこからともなく矢印の書かれた看板を取り出した。

そしてそのまま、町の外へ歩き出した。


「どこへ行くの?」

「ついてこいってことか?」


その時、ちょうどまた雨が強くなってきた。


「うわ、どうしよう、帰ろうかな」


「私はこのまま行くよ、前に最後って言ってたし。見届けるんだ。」


「...じゃあ私も行こっかな」


ベルについていく人々。

そこに怪しげなフード付きローブの人が現れる。


見た人は初めはその姿に面食らうが、

彼女から手渡された不思議な手触りの布を見ると、合点がいったようにそれを上機嫌に着た。


雨合羽(レインコート)だ。

ベルの服装に似た装飾になっている。


「黒き君とゆく

勇者は呟いた


王は呼んだ それは勇しき者

勇者は歩き進みゆく 遥かなる道の彼方へ」


人々は歩いていく。

町を出て、木々生茂る雨の森の中へ足を踏み入れる。


もちろん躓かないように枝が退けられた、招待用に舗装した道だ。


「無数の獣したがえし

魔法の賢者そこにあり


王の御前で 城吹き飛ばし

王 怒り狂い踊り出す


賢者は走り去る

城の行方を目撃の 勇者とともに歩き出す」


一行は歩いていく。歌声のする方へ。

雨粒や樹木に遮られても尚、その歌声は心地よいまま最後尾まで届いていた。


「森に訪れし勇者たち

妖精の武者が立ち塞ぐ


通りたくば我を倒していけ

勇者と武者の決闘が始まる


剣も弓をも操りし武者

森の怒り畏れ 鬼神の如く舞う


勇者は森の怒り吸い込み

その雷剣に纏い解き放つ


勇者と黒き剣 武者に勝る

武者は決める 勇者と共にゆくことを」


森が開ける。

そこは崩れた柱の並ぶ遺跡。


前方中央には、大きな舞台が備え付けられていた。


「勇者たちは歩きゆく


黒き剣携えて

光とともに闇を裂き

みちゆく勇しき者たちここにあり


闇の調べの増す方へ

魔王を討ち 閉じられし空に光もたらしに


勇者は未知なる道をゆく

魂二度と さまよわぬために


獣よ姉よ弟よ 馬車よ剣よ幽霊よ

歌い弾みゆけ その足で


勇者たちの凱旋

今は知らぬその場所へ—」


歌が終わりそうになる、その時だった。


「えっ!?あれ...?」


一番前でついてきていた人は、戸惑いあたりを見渡した。

ベルの姿は、一瞬にして雲隠れした。

雨雲:雨を降らせる雲。乱層雲。

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