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映画『ボレロ 永遠の旋律』

 フランスのモーリス・ラヴェルの『ボレロ』を初めて耳にしたのはいつだったのだろう? 

 高校生の頃のテレビでフランス映画の『愛と哀しみのボレロ』が放映された。その後のアニメ『銀河英雄伝説 わが征くは星の大海』の戦闘シーンでもラヴェルの『ボレロ』が使われた。

 勿論、ラヴェルの作曲は「ボレロ」だけではない。「水の戯れ」や『死せる王女のためのパヴァーヌ』、『道化師の朝の歌』も有名な曲であり、またムソルグスキーの「展覧会の絵」はラヴェルの手による編曲でオーケストラの演奏がされる。二十世紀を代表する音楽家の一人。

 モーリス・ラヴェルご本人については小柄で痩せていて、着道楽というかお洒落、そして生涯独身だったと伝え聞いている。先日、フランスでラヴェルの伝記映画が制作され、公開されたので、観に行った。

 朝靄の中、ぬかるみを歩く女性の足、その女性は工場へ着く。そこで働く工員さんではない。女性はロシア出身のバレリーナ、イダ・ルビンシュタイン。工場で作曲家のモーリス・ラヴェルと落ち合う。ガッチャンガッチャンと耳を聾する機械音が響く中、規則正しいリズムを感じてくれとラヴェルは伝えた。

 時は遡り、ラヴェルは二十代後半、若手の作曲家の為のローマ賞に落選し、がっかりして会場の窓際で煙草を吸う。次の場面で吸い掛けの煙草と楽譜が開いた窓の側に置きっぱなしでラヴェルがいない。頭に包帯を巻いたラヴェルがベッドに横たわり、母からどうして窓から飛び降りたのか尋ねられる。

「飛び降りたんじゃない。外から東洋的な音楽が聞こえてきて、二階にいることを忘れていた」

「ローマ賞の審査員たちは後悔するでしょうね」

 パーティ会場でラヴェルは友人のシパと会う。作曲家、ピアニストと名を馳せているものの、ラヴェルは評論家から酷評を受けていて、その点を慰められる。

「君は姉を仕合せできただろうに、君は音楽と結婚した」

「浮気すべきかな?」

 フランスっぽい冗談。シパの姉のミシアは既婚者で社交界や芸術サロンで華の存在で、なにかとラヴェルを気に掛けてくれる。いい雰囲気でもあるのだが、発展しない。ラヴェルは宴の後に娼館に行って、相方と個室に籠るもののことに及ばない。ある時はミシアの忘れていった手袋を渡して着けてみてと頼む。

 時系列があっち行ったりこっち行ったりしてややこしいのだが、アメリカ合衆国にピアノの演奏旅行に行ってジャズの音色に触れたり、第一次世界大戦に従軍して軍病院で働いたり、そのさなか最愛の母親が亡くなったりと、様々な出来事があった。

 芸術の興隆と狂騒が語り伝えられる1920年代のパリ、ロシアから来たイダ・ルビンシュタインにラヴェルはバレエの曲を依頼される。これが思いのほか苦戦する。ほかの作曲家の曲を編曲して仕上げようとするが、著作権を他所が買ったと知らされて、一から自分で作ることに。ラヴェルの家の家政婦のルヴロや良き友人でピアニストのマルグリットが励ましてくれるし、ミシアもまた温かく見守ってくれる。

 ラヴェルは「機械のようなリズムの曲だ。工場の絵を背景にしてもらいたいくらいだ」と苦吟の末に生まれた曲の楽譜を、冒頭の工場でイダ・ルビンシュタインに渡す。ところがイダはこの曲をエロティックな振り付けで踊る。リハーサルで見せられて憤るが、どうすることもできない。

 公演当日、勿論ラヴェルも招待されて席にいる。しかし耐えきれなくて席を立ってしまう。劇場から出ていこうとするのをミシアが止めた。

「わたしのために戻って」

 こうしてラヴェルは再び席に。深い想いが脳裏をよぎる。『ボレロ』の演奏とイダの踊りは大成功し、喝采を受ける。普段は辛口の批評家はべた褒めし、聴衆も称賛の声。

「この曲は官能的な面もある。君の解釈もありだ」

 とラヴェルはイダに告げた。

 成功は嬉しいが、『ボレロ』の存在がだんだんと重くのしかかってくる。それがラヴェルを蝕んだのかどうか、『ボレロ』以前に指揮をしていて、ふっと手が止まったことがあった。そしてこの頃ネクタイを結び方が解らなくなって混乱した日があった。マルグリットと話していたつもりが、相手がイダで驚いたことがあった。

 すっかり年を取ってラヴェルがミシアに「少しは愛している?」と尋ねると、彼の女は「もっと、ずっと」と答えた。切ない時間の流れ。

 記憶障害から脳腫瘍を疑われて手術となったが、ラヴェルは術後の経過が悪く、そのまま亡くなった。享年六十二。

 自動車事故で頭をぶつけて記憶障害が起きたように聞いたことがあったけど、その話は出なかった。

『ボレロ』がバレエ音楽なのは知っていたけれど、それを初めに踊ったのがイダ・ルビンシュタインだったとは知らなかった。当然のことながらモーリス・ベジャールの振り付けとは全く違う。エンドロールでラヴェルがオーケストラを指揮して『ボレロ』を奏でる。途中から男性ダンサーが加わり踊る。これまたベジャールの振り付けとは違った力強さを感じた。「十五分ごと世界のどこかでラヴェルの『ボレロ』が演奏される」のテロップが流れるのに、誰もが肯くだろう。

 サロンの女主人で芸術家の後援を行っていたらしいミシアという女性は全く知らなかった。ただヨーロッパの芸術家の生活を調べると、サロンの主催者や後援をしてくれる女性の名前がよく出てくる。ミシアがフランス革命期のロラン夫人のごとく女傑なのかどうか知らない。女性の表立った活動が非難を受けやすい時代、ミューズと称えられて充足した有閑夫人なのかも知らない。ただ映画では何度か結婚しているものの、ラヴェルとの変わらぬ交友が続いていると描かれた。宴の帰りに二人きりになって送っていくのに、ラヴェルはミシアの家に入らないし、ミシアも誘わない。

 ラヴェルも不思議な人で、娼館に行ってもピアノを弾いてお喋りするだけで帰るし、アメリカで女性のジャズシンガーから意味ありげに見詰められても流すし、女性ファンからサインを求められてもちっとも浮かれない。ミシアとの交流があるし、家政婦のルヴロさんやピアニストのマルグリットたちの接し方からして頑固な女嫌いではない。色香に全く興味がないのかな、現代の用語でいうロマンティックアセクシャルなのかもと思う。実際のラヴェルは生涯結婚しなかったし、特定の相手もいなかったようで、本当のところは解らない。

 ラヴェルの役の俳優さんはラファエル・ペルソナ、知らない俳優さんだと思ったけど、プロフィールを見て、ああ、と思い出した。『彼は秘密の女ともだち』で主人公の夫役をした人だ。十年くらい前の作品だし、ラヴェル役の為に十キロ減量したとあったから解らない訳だわ。昔来日した時にアラン・ドロンの再来と紹介されたのね、ふうん。どっちかというとアラン・ドロンというよりジェラール・フィリップっぽい美男だと思うけど、あくまで主観。

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