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英雄を描くのに敵をどのようの描くか

 大分昔に目にした文章だったので正確に記憶していないのだが、小説家の陳舜臣が韓国でその名前を一度聞いたら忘れないでしょうと言われた。何故ならば、陳舜臣の名前は朝鮮王朝時代の救国の英雄イ・スンシン、漢字で表記すると李舜臣と「舜臣」が重なるから。

 わたしはこれで李舜臣の名前を覚えた。李舜臣は豊臣秀吉の朝鮮出兵で、水軍を率いて戦った将軍。しかしそれ以上のことを知ろうとはしなかった。

 わたし自身の理由がある。わたしの歴史への興味が古代史に偏っているし、そもそも豊臣秀吉が好きでない。郷里山形の戦国武将最上義光が豊臣秀吉のお陰でかなりの苦境に立たされた。豊臣秀吉の業績にはかなりの偏見が入ってしまう。朝鮮出兵に関しては中学・高校の教科書以上の知識がない。(加藤清正の虎退治どまり)

 で、去年、映画館に行った時、本編上映前の予告映像に『ハンサン—龍の出現―』が出てきた。李舜臣、イ・スンシンが海戦で日本の武将脇坂安治と対決する内容らしい。タイミングが合えば観に行きたいなあ、と思った。でも観に行けなかった。

 今年、また別の映画を観に映画館に行ったら、予告映像で『ノリャン—死の海―』が流れた。チラシを見ると、『バトル・オーシャン 海上決戦』、『ハンサン—龍の出現―』に続くシリーズ完結編とある。『ノリャン—死の海―』には「巨星墜つ」ともあり、イ・スンシンは霧梁(ノリャン)の海戦で戦死するのだと読み取れる。映画館での上映期間が一週間のみで、また観に行くタイミングを計りそびれた。『ノリャン—死の海―』の予告映像では日本側の武将には丸に十文字の家紋の島津氏が出てくる。妖怪首おいてけ、じゃなくて「鬼石曼子(グイシーマンズ)」と、朝鮮と明から恐れられた島津義弘とそのご一行。島津氏というと陸戦の雄のイメージで、水軍でも強かったのか、くらいの印象。韓国の俳優さんが日本語を話すのか、吹き替えを使うのか解らなかったが、島津の殿様は薩摩弁ではなかった。猫がいるかも解らなかった。

 諦めて自宅で配信チャンネルの検索してみたら『バトル・オーシャン 海上決戦』、『ハンサン—龍の出現―』が入っていた。ただし『ハンサン—龍の出現―』は上乗せの料金が必要。ま、日本では劇場未公開だった第一作目の『バトル・オーシャン 海上決戦』を観てみましょ。

 のっけから豊臣秀吉による侵攻を受けて朝鮮王国は苦戦中。水軍で活躍したイ・スンシンは王命に反する行動をしたとして戦線から離されて拷問を受けた末、一兵卒に落とされた。戦いが続き、イ・スンシンはまた水軍の将に任じられた。でも戦いに使用できる船がほとんどない。動かせる船が十二隻、亀甲船を建造中。亀甲船というのがよく解らないが、装甲が分厚くて防御も攻撃力もある軍船らしい。

 日本軍に攻められて、庶民たちは逃げまどい、子どもたちが的のように鉄砲で撃たれと描かれる。朝鮮軍は苦境にある。イ・スンシンの戦友の将軍が陸戦で戦死し、首が見せしめに掲げられた。

 日本軍には朝鮮軍に通じているジュンサ(俊沙)がいる。この役のみ日本人が演じる。大谷亮平が出演したとは知らなかった。イ・スンシンの放つ間諜の青年が日本軍が占領する地域に入り込み、またジュンサや戦死した将軍の息子がイ・スンシンの許に駆け込んでくる。

 一方日本側の武将は、蔦や輪違いの家紋って誰? ええと藤堂高虎と脇坂安治ですか。そして黒い鎧に面頬をした重厚感溢れる人物が現れ、来島通総(くるしまみちふさ)と名乗る。藤堂や脇坂には「愛媛の海賊」(伊予水軍か村上水軍ってことでしょ)と言われ、ちょっと下に見られているというか、お手並み拝見、といったふう。来島は潮の流れは読んだと、どんと構えている。

 イ・スンシンは戦いの場所になるであろう鳴梁海峡の地勢や海流の変化を観察し、あれこれと作戦を立てる。恐怖を如何に勇気に変えるか、とイ・スンシンは息子に語る。イ・スンシンは夢を見る。戦死した戦友たちが現れるが無言である。イ・スンシンは酒を注いだ盃を持って後を追って呼び止めようとするが戦友たちは去っていく。はっと気付くと刺客が襲い掛かってくる。これは夢ではない。騒ぎに駆けつけた息子も加勢して切り伏せる。倒した相手の顔を確かめて驚かざるを得ない。味方ではないか。臆病風に吹かれた朝鮮軍高官が亀甲船に放火して小舟を漕ぎ出して逃げていくところだ。遠矢ですぐに制裁を受ける。ほかにも逃亡を図る兵士がおり、ぎりぎりの精神状態であるのがひしひしと伝わってくる。

 イ・スンシンは兵士たちを集めると兵舎に火を点けた。イ・スンシンなりの背水の陣の覚悟を示す。イ・スンシンは母の位牌に祈り、死を覚悟していることを告げ、戦いに臨んだ。鳴梁海峡、日本側の先陣は来島通総の船団、後方に藤堂と脇坂の船団が漕ぎ出す。イ・スンシンたち十二隻の船はイ・スンシンの船のみが前進し、ほかの船は進まない。

 たった一隻の船が来島率いる伊予水軍の船の猛攻に晒される。イ・スンシンは錨を下ろし、退かない。

 ぎりぎりまで引き付けての火力の集中や潮の流れに助けられ、逆に来島たちの船は近付いた所為で爆風で衝突を繰り返し、戦うに戦えない。火薬を積んだ自爆船や水軍の狙撃手の執拗な攻撃など、危機は何度も訪れる。岸壁から応援の声を上げる住民の声、渦巻く潮流に飲まれそうになる司令官船に熊手を掛けて引っぱってくれる住民の小舟の数々に、後ろに下がっていた軍船も前に出てきた。

 遂に甲板での白兵戦が始まり、来島通総がイ・スンシンの船に乗り込んでくる。ジュンサとも斬り合い、「貴様は日本人か朝鮮人か」と声を荒らげる。そして来島はイ・スンシンの姿を見付けた。後方の藤堂と脇坂は傍観を決め込んでいた。

 映画ではイ・スンシンが聖人君子として描かれない。一兵卒に落とされた話まで出てくるのだから、政治的なアレコレもあり朝鮮の政府や軍の中に敵がいるのだろう、また軍人は作戦遂行の為に冷酷に振る舞わなければならない面も描かれる。

 韓国の映画で、韓国で救国の英雄とされる人物を主人公にしているのだから、日本は悪役である。だが、日本の武将たちを野蛮人扱いにしていない。英雄と戦う相手をそれに相応しく作り上げている印象を抱いた。来島をはじめ、藤堂と脇坂を演じる俳優が韓国でどのような人気・実力のある人たちか知らないが、観ていて醸し出す雰囲気など凄みのある、実に渋いオジサマたちだった。決して惨めなやられ役ではなかった。戦闘シーンも大迫力。鉄砲や大砲の撃ち合いでの衝撃、白兵戦での剣劇、戦いの合間に現れる涙絞る悲しみの場面。戦争物でのエンタメ作品として見ごたえがあった。司馬遼太郎が『坂の上の雲』の映像化に反対したのと同じ理由での危険性は秘めているけれど。(これはどこの国の戦争を題材にしたフィクションに共通するけれど、争い合う歴史を知るのにニュートラルな気持ちを保つのは難しい)

 検索してみると、『バトル・オーシャン 海上決戦』は慶長二年(1597年)の鳴梁海戦、二作目の『ハンサン—龍の出現―』は文禄元年(1592年)の閑山島海戦、三作目の『ノリャン—死の海―』は慶長三年(1598年)の霧梁海戦を題材にしている。


 島津義弘は朝鮮出兵に猫を七匹連れて行ったと伝わっている。

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