考えが浅いと、痛快さも何も感じない
前回からの続きです。映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』の結末に触れます。
レオナルド・ディカプリオが演じるアーネストが賢さに恵まれない描写は映画のそこかしこに現れた。モリーとの結婚前に弟たちとオセージ族を狙っての覆面強盗をするのだが、その晩のうちにカード賭博で盗品をスッてしまう。結婚後に赤いボディの自家用車を自宅に置くが、悪事に加担する人物に報酬の一つとして車をやると言う。こちらは盗難に遭ったと保険金をもらうから、と請け合うのだが、あっさり相手が捕まってパァ。ロバート・デ・ニーロ演じるおじヘイルから睨まれる。
ミニーの夫ヘンリーは妻を亡くすと、今度は姉妹のリタと結婚する。本当に愛情あってか打算があってか、傍目には解らない。アーネストのおじのウィリアム・ヘイルは大規模牧場の経営者で、オセージ族の人たちと交友を結び、街の発展に尽くしてきたオセージ郡の「キング」。紳士らしく振る舞うが、反社な人たちにも顔を効くよう。というか、開拓事業をしていると荒っぽくなるのか、力で物言わせようとする人たちがいる。身近に接してきた人たちでも人種が違えばためらわず、命を奪おうとする恐ろしいたくらみが行われる。人を殺すのは嫌だと断っても、相手がネイティヴ・アメリカンと聞かされると承諾する奴がいる。
妹のミニーや母のリジー・Qが病で亡くなり、アナが飲みに遊び歩いた晩に行方が知れなくなり、頭を銃で撃ち抜かれた死体となって発見される。モリーは度重なる悲しみに耐える。アーネストの間に長女エリザベスと、長男、通称カウボーイに恵まれ、次いで二女のリトル・アナが誕生する。モリーは糖尿病を患っているので、三人の子を持つのは大変な負担だったはず。モリーの病気が1型糖尿病なのか、白人の食生活を取り入れた為に体質的に負担が出たからなのか、わたしには解らない。
モリーの同族で、彼の女の最初の夫だった人物は自分の預金を好きに下ろせず、ヘイルに借金し、ヘイルはその相手に保険金を掛けている。時期を見計らい、自殺に見せかけて殺せ、誰それにやらせろとアーネストに命じる。アーネストは精一杯おじ貴の真似をして睨みを利かせたつもりで話をつける。しかし、多少なりとも情が湧いたかその誰それさんは正面から撃てず、後ろから銃で撃った。
「自殺に見せかける為に正面から撃てと言っただろう」
「俺はきちんと前から撃てと伝えたんだ」
手を汚したくないからってさあ、醜い言い争いだし、人の命を奪うのにやり方が雑だ。調査の結果保険金は払えませんとか、揉めるのである。
モリーの一族が亡くなり、石油の受益権がモリーとリタに相続された。もしリタが亡くなっても夫がいる。リタを始末するには夫に相続が生じないように同時に始末する必要があると、考える悪党がいる。その悪党のヘイルはタルサの人種虐殺があり、白人が黒人を殺害した手段などニュース映画で観て、真似しようと思い付く。家に爆弾を仕掛けて、その爆発で夫婦ともども殺害しろとまたまたアーネストを通じてやらせようとする。
オセージ郡で火薬を使う鉱山掘りとかしているのならともかく油田のある地域でそりゃないし、いきなり個人宅が爆発したら周囲の耳目を引くに決まっている。モリーと長男のカウボーイがリタの家に遊びに行ったが、カウボーイの体調がすぐれないので家に戻ってきた。その夜、リタとヘンリーの家が爆発し、家政婦の女の子も含めて三人が死んだ。
「自己主張が過ぎるぞ」
とヘイルに警告する街の白人有力者がいる。
オセージ族側もただ怯えている訳ではなく、オセージ族の多くの不審死が未解決になっているのはおかしい、きちんとした捜査をして欲しいと合衆国政府に願い出ているし、モリーは個人的に私立探偵を依頼した。だが一度請願に赴いた男性や探偵も殺された。
ようやく連邦捜査局 (FBI)の前身たる司法省捜査局が結成されて、その捜査官がオセージ郡にやってくる。ヘイルもアーネストも自分が喋らなきゃ済むと思っているし、ヘイルは実行犯を言いくるめて街から離れるように伝える。手土産にここで強盗なり、泥棒なりすればいい、警備が手薄な日があるとか、この日なら大丈夫だの口にする。でも銀行で銃撃戦になるし、お店の主人が猟銃構えて現れるしで、実行犯の口封じをしたつもり。いくら荒っぽい時代でも、強盗の現行犯が全員射殺されるとは限らず、生き残って捕まった者がいて、ヘイルの所為だ、あいつが悪いともう義理はないと隠さない。
一方のモリーは病気が悪化し、床から離れられない。ヘイルの尽力で糖尿病の新薬のインスリンが手に入ったと町医者の兄弟から処方されるも、モリーは医者が信じられなくなっている。インスリンのみ受け取り、アーネストや自分で注射する。アーネストはヘイルからインスリンのほかに受け取った薬物があり、それをインスリンに混ぜろと言われた。アーネストは言う通りにし、モリーの病状は改善しない。おじから渡された薬物を自分でも飲んでみるのだが……。
アーネストは捜査官のトム・ホワイトの取り調べを受け、裁判で証人になるから身柄を保証してくれと頼む。しかしどうもふらふらしている。裁判でヘイルの弁護士がしゃしゃり出ると、そちらに傾く。
「あなたは捜査官から殴られましたね。証言を強制された」
「いや、夜遅くまでの尋問はあったが、殴られなかった」
「殴られましたね!」
「ああ……、殴られた」
おじ貴の家族からも懇願されるともう弱い。こいつ大丈夫かよ、と心配になってくる。
二女のリトル・アナの病死があり、目が覚めたアーネストは正直に罪を告白し、ヘイルの罪も証言しようと決意する。
寝たきりのモリーは捜査官に担ぎ出され、病院に入院し、今度こそまともな治療を受け、回復した。
アーネストは捜査官の計らいでモリーと面会できた。
「何もかも話して、罪を洗い流した」
そう話すアーネストにモリーは穏やかに尋ねた。
「あなた、わたしに何を注射していたの?」
妻を心底愛し、子どもたちを大切に思い、犯した罪を後悔するなら、たとえ妻に罵られ、恨まれようとも正直に言わなければならない。
レオナルド・ディカプリオの顔こそが見ものだ。
「インスリンだよ」
これが夫婦の訣別となった。
「正義は勝った」
といきなりの場面転換。煙草会社がスポンサーで、FBIの活躍を宣伝するラジオドラマ、「ラッキー・ストライク・アワー」で事件の顛末が語られる。アーネストもヘイルも有罪になり、終身刑となるが、恩赦があり出所。
「アーネストが口を割らなければ捕まらず、金を手に入れられた」
とヘイルは反省を見せなかったと語られる。
エンドロールで音楽が終わると、虫の羽音や鳥の声など、自然の音が流れ続けた。人間の欲と傲慢を戒め、自然の呼び掛けに耳を傾けよと伝えようとするかのように。
ディカプリオの役は当初捜査官のトム・ホワイトの予定だったそうだ。基の本もトム・ホワイトの経歴や捜査に多く頁が割かれている。ディカプリオは捜査官よりもアーネスト・バークハートを演じたいと願い出て、脚本が変更された。賢くもなく、指示されるままに悪事に手を染め、時には(フリーメイソンのロッジに連れ込まれ、本当に)おじ貴から尻を棒で叩かれる情けない男性を、レオナルド・ディカプリオは額に皺を寄せ、口角を下げながら演じる。オセージ族の言葉を覚えてモリーと会話し、観ていて二人に愛情があると伝わるのに、妻と子が大事なのに、どうしてそこまでできるんだ、そんなにおじが怖いのか、やっぱ頭が悪いのか、と人間の愚かさ、流されやすさを思う。ハンナ・アーレントの著作は未読だけど、世の中に伝わる「悪の凡庸さ」の一例なのだろう。
ロバート・デ・ニーロもまた額に皺寄せ、への字口。上手く立ち回っているようで、それまでは白人優位の社会だったから罪科を見逃されていたに過ぎないと気付かず、政府から派遣された捜査官に地方の「キング」の睨みは利くはずがない。
この事件を受けて、オセージ族の人々の石油の受益権はオセージ族の血を引かない者には相続できないと法律が定められた。結婚していようが(非オセージ族の)白人の配偶者は受益権を相続できなくなった。
平日の昼間に三時間半ある映画を観に行ったと良人に話すと、「トイレは大丈夫だったか?」と尋ねられた。
「水分を控えて、席に着く前にトイレに行ったから大丈夫だった」
と答えた。
去年観に行った(二時間五十分くらいあった)東映七十周年記念映画に比べたらずっとテンポよくて、時間を感じさせなかった。(※個人の感想です)




