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母だって愛されたいし充たされたい、後悔だってする

 図書館で見掛けた『イオカステの揺籃(ゆりかご)』(中央公論新社刊 遠田潤子)を借りて読んだ。妊娠した女性の姑がやたらと干渉してきて暴走する怖い話らしい、という前評判は聞いていた。祖父母の孫フィーバーの厄介さは実体験しているので、確かにホラー風味で描けるかも、と思っていたらとんでもない。母から娘へ、女から女へと綿々と引き継がれてきた呪いみたいなものの話だ。

 ここに出てくる男性たちは昭和バブル期を過した夫、現代的で協力を惜しまない夫、トラウマを抱えながら懸命に生き、愛する相手を支えようとする恋人と書き分けられているが、やっぱり母とか永遠の恋人とかいった幻想から醒めることはない。

 女性側は、生活にも男性にも絶望して我が子に依存する母、お利巧さんの枠から逸脱できない女性、型にはめられまいと反発する女性、対等な関係を欲する女性と、もがき苦しんでいる。

 青川英樹は建築家、妻の美沙は住宅関係の会社に勤務、二人でマンション暮らしをしている。英樹は長男だ。英樹の両親は健在で、妹の玲子は家を出て撮影小物をレンタルする会社で働いている。美沙の父は亡くなっており、母は再婚、妹は結婚して遠方に暮らす。母の再婚相手は甘え上手で、美沙は実母を頼っても断られてしまう設定になっている。

 英樹の父は建築会社で働き、単身赴任や出張などこなし、家庭を顧みてこなかった。長年の愛人から別れを告げられ、自らの老いを突き付けられる。妻の恭子は専業主婦で、結婚当初は夫の両親と同居し、一人で家事と育児をこなしてきた。その傍ら、趣味の薔薇の栽培から薔薇を加工してのポブリや料理で教室を開いている。表面的には成功したエリートサラリーマンと良妻賢母を体現したような妻だ。

 美沙の妊娠の報告に恭子は喜び、胎児の性別が男と判明するとじっとしていられない様子を見せ始める。日常生活では体にいいものを、早速ベビー用品を揃えなくては、美沙さんは仕事があって体も辛いでしょうと、差し入れを持ち込み息子夫婦の台所を使う。しかし美沙は姑からの頻繁な連絡に苛立ち、遂には浴槽にスマートフォンを投げ入れてしまう。英樹は母の初孫フィーバーと悪くはとらえられないが、流石に妻の精神によくない影響を与えているくらいは気付いて母を止めようとする。

 ところが美沙が切迫流産となり、自宅で絶対安静の身となる。英樹は個人事業主で案件を抱えているし、美沙の実母は再婚相手の側から離れようとしないしで、英樹の実家で恭子が面倒を見ることとなる。

 恭子は美沙を自宅の部屋で寝ていればいい、着替えも食事も心配ない。大人用のおむつも用意するから何もしなくていい、赤ちゃんに何かあったらどうするの? と優しいのだがその善意が恐ろしい。

 仕事にかかりきりで実家に顔を出していない英樹は女性事務員に尻を叩かれてやっと実家に向かい、英樹は美沙が実家の一室に監禁されているのを知る。

「美沙さんたら少し元気が戻ったら安静を守れないみたいなの。赤ちゃんのために大事にしなくてはいけないでしょ。

 赤ちゃんが生まれたら美沙さんは思い切り仕事をしてもらっていいのよ。赤ちゃんは私と英樹で育てるわ。

 赤ちゃんは美沙さんから生まれてくるだけで、英樹と私の子」

 英樹の受けた衝撃はいかばかりか。

 英樹は妻とまだ生まれぬ我が子を奪還する為に、モンスターに変化(へんげ)した母と対決していく展開になるのかと思いきや、さにあらず。

 母恭子の娘時代とその親の話に遡っていく。

 一つの身で、女、妻、母の役割を負い、充たされずに歪んでしまった人間が繰り返していく、濁流のような恐ろしい呪い。恭子の母、恭子、と受け継がれ、玲子もまた充たされない思いを受け継いでいくだろう。

 生まれてきた子どもは男女関わりなく母の無償の愛情を求める。しかしそれが社会の価値観や親との相性によって偏って向けられる場合がある。親の愛情に充たされなかった子は寂しさに耐えなければならない。充たされなかった子が成長したら、出会った人に愛を求めるだろう。男に母の慈愛を求められた女は苦悶するしかない。やがて妻となり母となれば、女は我が子に無償の愛を捧げなければならない。自らは無償の愛を受けて生きてきたと実感したことがないのに。

 この作品を読む者は、フィクションだから大袈裟に書かれていると感じるかも知れないし、心理描写がリアルで息苦しいと感じるかも知れない。


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