年齢によって変わる見方
岩崎都麻絵はわたしのもう一つの筆名です。別人格として時々遊びに来てくれます。
岩崎都麻絵「本が雪崩を起こしているけど、どうしたの?」
惠美子「前に読んだ本を思い出して、どこにあったっけと気になってつい……」
都「見付けたらすぐに片付けなさいよ。で、何を懐かしく思い出したのかしら?」
惠「図書館で大デュマの小説を借りまして、それが『メアリー・スチュワート』(アレクサンドル・デュマ著 田房直子訳 作品社)だったのですが、今一つな感じだったんですねよね。分類が海外の文学だったので、悲劇の女王の紅涙絞る物語かと期待して読みましたら、評伝っぽい印象でした。デュマの初期作品と解説されていました。多作だったデュマが、歴史上の人物の列伝や評伝ものを手掛けていたのか、若書きだったのか、わたしにはさっぱり解りませんが、わくわくするようなエンタメではなかったです。
まあ、そこからいろいろと連想するように思い出したんですね。昔はメアリ・ステュワートが好きじゃなかったのですが、今はそうでもない」
都「荒木飛呂彦のジョジョの第一部で「美貌の二十三歳」と言われていた女性だっけ? ところで、人物名の表記が揺れてますが、いいんですか?」
惠「ここらへんは許容範囲でお願いします。“Mary”にしても、日本語で「メアリ」、「メアリー」、「メリー」と表されます。“Stuart”も「ステュワート」と「スチュワート」の両方の表記があり、参考にする本によって違ってきます。「スチュアート」とも書かれています。元々はスコットランド王家に仕える役職の“High Steward of Scotland”に由来します。ハイ・ステュワードの職にあった家臣が王の娘と結婚し、その息子が王家の血筋から王位を継いでステュワート王家が始まりました」
都「客室乗務員の昔の呼び方みたいなのはその所為なのね」
惠「そうそう。それで学生の小娘時代の頃は、妙に自意識ばかり高かったからか、メアリ・ステュワートは男関係での躓きばかりの女性に見えて、批判せずにはいられなかったんです。情に溺れて、「これだから女には責任ある仕事は任せられない」って言われるのよ、なんて歴史上の人物に、勝手に抗議して、一生独身で、それなりに愛人がいたようですが立派に仕事をこなしたエリザベス1世を恰好いいなあと思っていました。
この頃読んでいたのは永井路子の『歴史を騒がせた女たち』(文春文庫)、澁澤龍彦の『世界悪女物語』(河出書房新社)、小西章子の『華麗なる二人の女王の闘い』(朝日文庫)です」
都「考えが変わったのは最近の海外ドラマでも観たからなの?」
惠「『クイーン・メアリー』は観てません。メアリーが金髪じゃなかったんだもの。
考えが変わったのはまあ、結婚、子育てして、仕事しての中で、ロールモデルの有無や、どういう生き方をするかは若い時受けた教育に左右される部分があると感じたからです。生後間もなく父王を亡くして女王となり、母親が政争からくる誘拐や謀殺を恐れて実家のギーズ家のあるフランスに幼いうちに送られて、フランス王太子と婚約させられ、スコットランド女王よりもフランス王妃に相応しいようにメアリは教育されました。エリザベス1世だって将来女王になるとは誰も予想していなかったから王族として恥ずかしくない程度の教育だったのだろうけど、期待と注目は全く違っていたはずです。フランス宮廷側もメアリ自身も夫となったフランソワ2世が即位後間もなく崩御するとは誰も考えていなかったのは当然です。子どもがおらず、フランス宮廷に居づらくなって、メアリはスコットランドに帰国します。
メアリの不在の間母親のマリー母太后、異母兄マレー伯(庶子の身分で王位に就けなかった)が政治を執り行っていました。帰国したところで、メアリの親政を期待されていません。変わらず異母兄たち群臣が政治を行います。メアリは結婚して跡継ぎを儲けてくれればいいという感じです。
当時は王権神授説が信じられていましたが、カトリックとプロテスタントの宗教対立が激しい頃です。スコットランド宮廷は既にプロテスタントが優勢で、カトリックの女王は浮いた存在でした。
そこから先のメアリの人生、悪い男に引っ掛かってばかりね、と声を掛けたくなります」
都「若くて美人で、高貴、芸事も得意。そんな女をモノにすれば、なんて逆玉目当てばかり寄ってくるみたいね」
惠「フランス帰りのうら若い未亡人でおまけに女王サマって、色眼鏡の看板が男性に見えたんじゃないの? 男性の為政者だって成功者、名君と呼ばれる人たちばかりではないけれど、女性が上に立つってだけで珍しさが先に立つ時代です。トップになれば揶揄の対象にされるのが王様であり、政治家です。一挙手一投足、粗探しされます。
フランス宮廷にいた頃のように振る舞っちゃいけないのです。でも優雅なお姫様のままというか、実に女らしいままかなあって。それでのぼせ上った家臣が夜這いを仕掛けて、大騒ぎ。間違いが起こる前にさっさと結婚させろとなったり、恋愛で結婚したら相手はイケメンだけどダメンズで、といった具合です。メアリは男性に対して無防備で、男性の方も自分に気があると自惚れるのか。メアリに関わった男性は破滅に向かい、メアリ自身もとんでもない運命を辿ります。妊娠したけどダメンズ夫との仲が冷めて、お気に入りの秘書の男性に嫉妬した夫がメアリの目の前で秘書を殺した事件が起こります。ごたごたの後に男の子が生まれ、イケメンのダメンズ夫が他殺体で発見されます。しかし犯人が不明のまんま家臣の一人とメアリは再婚しちゃいます。国中から疑惑の目で見られて総スカン、叛乱勢力に閉じ込められて王位を息子に譲らざるを得なくなり、その後イングランドでも幽閉生活が続き、遂に四十四歳の時エリザベスの暗殺計画を企てた罪があるとされて死刑」
都「しかしまあ、あんだけイングランドの正当な王位継承者はわたしとエリザベスを認めない発言をしておいて、スコットランドで叛乱が起きて王位を剝奪されたからって、よくイングランドに逃げてこられたわね」
惠「海を越えてフランスやスペインに逃げられなかったんだろうし、まあ色々あるんでしょう。
様々な面でエリザベス1世と対照的なメアリ・ステュワートです。
恋は思案のほかと、言いますが、エリザベス1世はメアリと違って恵まれた環境で育っていない分、噂された家臣との仲も自制心が勝り、メアリ・ステュワートは恋愛のフィルターで男性に惑わされ続けたというか、恵まれた生まれ育ちで保身とか考えないのかしらと、不思議なくらいです。
お姫様に生まれるのも苦労が多いと言いましょうか。
上杉鷹山もそうですが、人の上に立つ身分の方の自制心の強さはとても真似できないと感じます。人から常にかしずかれる方は身の処し方の自覚が違うのでしょうか」
都「エリザベス1世は女王になるのを期待されて教育された訳じゃないけれど、異母弟エドワード6世が少年のうちに崩御して、ジェーン・グレイの処刑や異母姉のメアリ1世の即位と結婚、父親のヘンリー8世の治世を思って、為政者のあるべき姿を模索したんでしょうね。
メアリ・ステュワートはそういうこと考えたかどうか、そこまでスコットランドの歴史を知らないからなんとも言えなけれど、優れた統治者はエリザベス1世の方ね」
惠「ある程度の年齢になれば自分で自分を育てるとか言いますが、そういった工夫ができるかどうかも人間の資質や受けた教育で差が出てくるのかしらと、メアリ・ステュワートを見ていると思います」
都「ただフランス王妃のままで生きられたら仕合せだったかしらね。お姑がマリー・ド・メディシスですよ」
惠「さあああ?」
ほかに『英国王室史話』(森護 大修館書店)を参考にしています。