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歌姫

 我が家で購買している新聞に四コマ漫画の『ののちゃん』が連載されている。大分前のことになるが、ののちゃんのご近所のキクチ食堂でアルバイトの女子高生がいた。定休日に食堂を会場に借りてミニコンサートを開かせてもらうことにした歌手志望のロカという名前の少女だった。ガラの悪い同級生がロカの面倒を見てやったり、とぼけているのか通なのか判らないキクチ家のお婆さんがマニアックな評論をしてみたり、いしいひさいちのギャグの世界。

 いつの間にかロカは「ののちゃん」に出なくなった。ののちゃんとお母さんが外出時にロカちゃんは今頃何をしているだろうとお喋りしている。ののちゃんたち二人が気付かないだけで、二人の後ろにはロカの大きなポスターが掲げられている。朝日新聞ではこれがロカの最後の絵だったかも知れない。なんとなくロカの歌う絵が記憶に残っていた。

 で、『ROCA 吉川ロカストーリーライブ』という本が(ネットの書評などで)話題になっているのを今年になって知った。

 え~、どこから出版されているの? 本屋にあるかな? と思ったら、いしいひさいちが個人で出している。今は自費出版の本でも注文は難しくなくなったのが有難い。(それなのに表紙にお茶をこぼしてしまって、わたしのバカ!)

『ROCA 吉川ロカストーリーライブ』(いしいひさいち (笑)いしい商店)は主人公吉川ロカが歌手を目指し、デビューを遂げ、という物語になっている。ロカの歌う歌、新聞連載当時から外国語の歌だというのは覚えていたが、どんなジャンルかまで知らなかった。ロックでもブルースでもシャンソンでも、ましてやオペラでもない。ファドと本の冒頭にある。

 ポルトガルの3Fの一つと言われる国民歌謡のファド。名前だけしか知らないジャンル。日本で愛好する人がどれくらいいるのかも知らない。きっといしいひさいちが好きなのだろう。

 のほほんとギャグでつないでいくが、主人公の吉川露花(ロカ)とその友人の柴島美乃の生い立ちはなかなか過酷だ。海難事故で両親を亡くし、どうやらロカはアルバイトをしながらの高校生活だし、二回落第してロカと同級生の美乃はどうやら反社な家業の祖父の跡目を継がなければならない。路上ライヴでのヤンチャな方々の遣り取りは笑えるが。

 ロカの歌の才能に高校の先生も叔父さんも歌手になるのは賛成しているし、歌以外はサッパリのロカに美乃は親身に世話してやる。ロカは芸能関係者の目に留まり、歌手としての階段を上りはじめる。港町のキクチ食堂で歌うとリスボンの酒場が見えるというのも大袈裟でないように思えてくるのが不思議だ。漫画ならでは展開と言ってしまえばそれまでだが、天然ボケのロカを応援する気になってくる。とんとん拍子にデビューし、熱心なファンも付き、大きな賞のノミネートもあり、さあこれからだ!

 最終ページまで進み、ギャグの四コマ漫画にしんみりと本を閉じる。 ロカちゃんはきっと歌を歌い続けているだろうし、美乃は陰ながら応援しているのだろう。長くない本なのに、長いドラマが横たわっていると感じさせる。読んでよかったなあとしみじみ思う。

 ついつい家にある『(わたし)には向かない職業』(いしいひさいち 東京創元社)にも手を伸ばして読んじゃった。こちらはののちゃんの担任の藤原瞳センセの話。でもしか(これって死語よね)で教員になり、ミステリ作家になる。こちらは破天荒さで笑い飛ばす。

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