昔魔女にかけられた呪いのせいで好きな人に冷たくしてしまう私に求婚してきたのは、物好きで知られる変わり者侯爵でした
“アスタージア魔法大戦”からもう15年経とうとしている。
西の森に住み着いていた魔女アスタージアは国を乗っ取ろうと攻め込んできたが、国家の総力を挙げてこれを撃退した。
しかし、アスタージアは消えゆく最中、複数の人間に呪いをかけていた。
それは誰の目から見ても明らかなものから自分だけしか気づかないものまで大小様々なものであり、そしてその中の一人に私もいた。
「貴方のその醜悪な顔なんて見たくないから。まだ良心が残っているならさっさと私の視界から消えてくれない?」
(私はあなたのことが大好きなの!私のことをずっと見ていて!私のことを愛して!)
「な、なんでそんな酷いこと言うんだよ・・・!!」
あぁ、まただ。
愛の告白をして、そして男に泣かれながら逃げられるのはもう何度目だろう。
私に課せられた呪いは“好きな人に冷たくしてしまう”というものだった。
それだけ聞くと、「なんだ、それだけ?」と感じてしまう人もいるだろう。
しかし、そう考えるのは少し待ってほしい。
私は好きが募れば募るほど、より強烈な冷たさになってしまうのだ。
本心で思っていることと全く逆のことが自然と口から出てしまうのだ。
自分が言おうとした言葉が反転してしまう、いや、もっとそれ以上に毒を持った言葉になってしまうのだ。
私は先の魔法大戦の時からずっとこうだ。
幼い頃は、村でも大きな商家の娘として可愛がられ、「村一番の娘」と言われていたし、今だって容姿だけを見れば満点だとよく言われる。
しかし、私と話した男たちは皆一様に怒り、または泣き、私を遠ざけていくのだ。
私だって年頃の娘だ。
一丁前に恋をしたいし、愛されたいと願っている。
それを阻むこの呪いに私は苦しんでいたのだ。
そんなある日のことだった。
父アドラスが私のところに走り寄ってきた。
「リザ!た、大変だ!ダラグラシア様がリザに会いたいとお見えになったぞ!!」
「ダラグラシア様って・・・あの変わり者で有名な侯爵様!?」
私はその訪問に驚きを隠せなかった。
ダラグラシア様は趣味が魔女の爪集め、アンティークのものを売り捌き、値打ちのないようなガラクタを買い集め、乗っている馬は白地に黒の斑模様という、変わり者の烙印を捺されている方だった。
村の人間は気味悪がり、またダラグラシア様もそれを察してか、全く外に出ている様子もなかったために、一部では吸血鬼なのではないかという噂まで流れたほどだった。
そんな人が私になんの用があるのだろうか?
「お待たせいたしました、リザでございます。わざわざ足をお運びいただき誠に恐縮でございます。」
「そなたがリザか。そんなに堅苦しくなる必要無はない。よくと顔を見せてはくれないか。」
「は、はい・・・。」
私は、頭を上げてダラグラシア様の顔を見た。
ダラグラシア様は透き通ったキレイな瞳をしていた。
顔立ちも端正であり、一部で吸血鬼と揶揄されているのが分かるほど、肌は白く透き通っていた。
「美しい娘だ。アドラス、この娘を私の妃として迎えたいのだがどうだ?」
「は、ま、誠に光栄なことで!」
「そうか。リザ、そなたはどう思う?」
ダラグラシア様が私に問うてきた。
こうした求婚の機会など今の呪いがかけられている状況ではあまり無かったの私はついつい舞い上がってしまった。
こういう時に呪いはやってくるのに。
「気持ち悪い。不釣り合いにもほどがあるとお思いではなくて?」
(喜んで!私のような人間でよろしければ!)
私の言葉に周囲は凍りついた。
まただ・・・。
この呪いのせいで私は不敬とも取れる言葉を吐いてしまった。
この場で首を切られたっておかしくはない。
しかし、その私の心配とは裏腹に、ダラグラシア様はお腹を抱えて笑った。
「ハッハッハ!これは面白い娘だ!ますます気に入った!!アドラス、すぐに嫁入りの支度をさせてくれ!」
「は、は、はあ!」
父は完全に頭がこんがらがっているようだった。
それもそうだろう。
なぜダラグラシア様がこんな喜々としているのか、それを理解できるのはダラグラシア様本人だけだ。
父は最低限の荷物を渡し、私も自分に必要なものだけを持ってその日のうちにダラグラシア様のお館に向かうことになった。
「失礼いたします・・・。」
「そんなに緊張するな。リザ、そなたは私の妃なのだから。」
そんなことを言われても緊張しない方がおかしい。
急ピッチで物事が進んでいるわけだし、第一に村で変わり者と言われているダラグラシア様がお相手なのだ。
警戒心がない、と言えばそれは全くの嘘になってしまう。
ダラグラシア様のお館は周囲の建物と比べても少し蔦が家に絡まっているなど、異様な雰囲気があった。
従者の方々の服装も決して見栄えのするものではなく、かと言って劣悪かといえばそうでもない。
全体的に華美ではないと評するのが適切であろう。
「リザ、私のことをどう思っている?」
「鼻くそみたいな存在です。」
(私には取ってあまりあるお方です!)
「リザ、私のことは好きか?」
「ドブネズミほどには。」
(とても好いております!)
「リザ、私の妃になる事は嫌か?」
「ゴミ溜めに放り込まれることを好む人間がおりますか?」
(私は妃になることができて大変光栄に思います!)
ダラグラシア様は、私の返答を楽しんでいるようだった。
口から言葉を出している私が言うのもあれだが、こんな醜悪な言葉を引き出そうとしているダラグラシア様はやはり変わっている。
私は正直、どこかで顔を叩かれたりしないか、と心配になってきた。
しかし、そんな心配をよそにダラグラシア様は私の返答一つ一つにお腹を抱えて笑っていた。
「リザ、これ以上笑わせないでくれっ!笑い死んでしまいそうだよっ!」
目に涙を浮かべながら笑うダラグラシア様を見ていると、段々と本当に楽しんでおられるのだという確信に変わっていった。
ダラグラシア様は呼吸を整えると、私にこう伝えた。
「なあ、リザ。私はな、思うんだ。人々は見栄えを気にしすぎている。人間は自分を美しく見せようと着飾り、気品高く見せようとかしこまって言葉を紡ぐ。馬だってそうだ。どれだけ早く走る馬だって、その毛並みが粗悪であれば皆敬遠する。私はね、リザ。人々が敬遠するするものにこそ価値があると思っているんだ。着飾らない本当の価値がね。そなたもそうだ。その冷たい言葉に人々は敬遠してきた。でも、そなたは美しい。私は本当に美しいものを美しいと言いたい。有用なものを有用であると言いたい。ただそれだけなんだ。」
私には返す言葉がなかった。
ダラグラシア様は本質を見ようとしているのだと思ったからだ。
それは私を含めた、全ての本質をだ。
変わり者扱いされていたのは、ただそれを突き詰めようという純粋さ故のことだ。
私は、その純粋な言葉に胸を掴まれた。
「なあ、リザ。こんな私についてきてくれるか?」
そんなもの、答えは1つだ。
「誰がついてくか、クソが。」
(一生添い遂げさせてください!)
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