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後編


 人見知りっていうハイアディと仲良くなってきた。ハイアディは初めの頃はおねえさんのフィスノと一緒だったけど、この頃は一人でも街に出たりする。


「一人でもお買い物できるようになったの」


 と、自慢そうに言うハイアディは可愛い。あたしより歳上の筈なのに可愛いってどういうこと?

 一人でお買い物の練習を頑張っていて、どうやら今までしたことの無いことに挑戦するのが楽しいらしい。うん、間違いなく世間知らずな箱入りのお嬢さまだ。


◇◇◇◇◇


 ある日の夕暮れのこと。聖堂からの帰り道。友達と、またねー、と手を振って。

 このあたりの子は教会で読み書きとか計算を神官さんに教えてもらっている。今日は教会で学習の日。そのあとは皆と遊んで聖堂の中の展示品を眺めて。


 楽しい時間は過ぎるのが速い。友達と遊んでたらもう夕暮れに。小走りで家に帰る途中、今日の晩ごはんはなんだろな? と考えていると、


「ひゃあああああ」


 いきなり女の人の悲鳴。声のした方を見るとハイアディ?


「助けてええええ」


 と、泣きながら右から左へとパタパタと走っていく、何事? そのハイアディの背後を、ふにゃあああ! みゃー! んなあああ! と鳴きながらたくさんの猫がぞろぞろ追いかけていく。何事!?

 あたしは慌ててハイアディを追いかける。何があったの? 猫を怒らせるようなことした?


 街じゅうの猫が集まったみたいな、二十匹は越えてる猫の集団がハイアディを追いかけてる。ハイアディは泣きながら逃げてる。


「いやあああ、猫、こわいいいい、あああああん」


 猫がこわい? ビックリだ。この街には野良猫、野良犬が多い。というのも魔獣の森に近いこの街は、魔獣が入りこんだときに犬と猫が騒いで教えてくれる。なので野良と言いつついろんな人がご飯あげたりしてて、半分野良で半分飼い猫、飼い犬みたいな感じ。

 でも、ヨロイイノシシとかブルーベアとか首切り(ピンヘッド)カマキリ(マンティス)とか怖いっていうなら分かるけど、猫みたいに小さいのを怖がるような人はこの街で暮らしていけないんだけど。

 猫がこわい? そんなことを言う人に会ったのはハイアディが初めてだ。


「ぴいいいいい、助けてえ、れえええええん」


 泣きながら走ってて、息があがって苦しいのか声が小さい。ハイアディはいつも声が小さい人だけど、そんな悲鳴じゃ誰にも聞こえない。追いかける猫の方が騒がしいくらい。

 猫の集団はまるでハイアディを狩ろうとしてるように。というか、追い掛け回して遊んでるようにも見える。みゃー! みゃあ! と鳴き声あげて。荒ぶってる? というか楽しそう?


 ハイアディはパタパタ走る。だけど遅い。走るのが下手っぴだ。走るのに慣れてなさそうというか、今にも転びそうな危なっかしい走り方。助けてえ、と言いながらなぜか人気の無い方に走っていく。この先ってたしか、墓場の裏側。なんでそんなとこに走ってくの?


「ふええええん、ここどこお?」

 

 あ、道に迷ってただけみたい。

 パタパタと走るハイアディ、足がもつれてぺしゃっと転んじゃった。追いかける猫の集団がグルリとハイアディを囲む。助けてあげなきゃ、と近寄ろうとしたその時。


「もう、やあああああ!」


 ハイアディが叫んで、うつ伏せに倒れたままのスカートがぶわっと膨らんだ。ビリッ、バリッと何かが破れる音がして、ハイアディのスカートの中から何か出てくる。青黒いモノがビュルビュルッと伸びてきた。え? 青黒いヘビ? 違う頭が無い。頭の無いヘビみたいのが何十匹もスカートの中から出てくる! 何あれ? 先は細いけれどだんだん太くなって、根本の方はあたしの胴回りよりも太い?


 猫たちは、ふぎゃあああ!と鳴き声上げて、ビックリして蜘蛛の子散らすみたいに逃げていった。あたしは突然のことに足が固まって動けない。声も出ない。頭の奥の冷静なとこで、あのビュルビュル動く触手、スカートの中に全部入らないよね、どうやって隠れてたの、とか変なこと考えてた。

 青黒い触手が二十本近くウネウネグネグネと動いていて、蛇の群れの中にいるみたい。その真ん中からハイアディの声が聞こえる。


「ふええ、猫、こわいいい、えぐ、もう、やあ……」


 シクシクと泣いていた。えぇと、ハイアディのスカートの中から出てきてウネウネ蠢くものの方が、猫よりこわいんだけど。

 何十本もの青黒い触手がウネウネワキワキする中で、うつ伏せに倒れてたハイアディがゆっくりと身を起こす。あたしに背中を向けてるハイアディの髪が茶色から青色に変わってた。肩に届くくらいの茶色の髪だったのに、今は青空よりも濃い青色。ウネウネと波打つクセの強い髪がぐんと伸びてて腰よりも長い。なんだか淡く光っているような青い髪。


「ふぅう、猫、もういない?」


 キョロキョロと辺りを見るハイアディと目が合った。ハイアディは、あ、と言ってピシリと固まった。

 あたしは逃げなきゃと思いつつも、膝から力が抜けて尻餅つかないように立ってるのがやっと。ハイアディが普通の人じゃないとは思ってたけど、まさかそもそも人じゃなかったなんて。

 あたしもハイアディもビックリキョトンと見つめあって、周りの青黒い触手もピタリと動きを止めてて、ハイアディが、


「ふ、えう、見られちゃった?」


 とボソリと呟くとたれ目から涙がポロポロ溢れる。あれ? なんで、あたしがイジメてるみたいに? シクシクと泣くハイアディが可愛い。追いかけまわしていた猫の気持ちがちょっと分かったような。


「バレたら連れ戻されちゃう、やだよう、まだ帰りたくないよう、えぐ、レーン……」


 ハイアディの泣き声の合間に聞こえる声を聞いて、ひとつピンと繋がった。あたしは思わず大声で、


「もしかして、ハイアディは、恩返しに来た魔獣のお姫さまなの?」


 あたしが訊ねると、ハイアディは、ふえ? と驚いて顔を上げてあたしを見る。


 あたしの街には聖獣がいる。

 この街の領主様の息子が子供のときに蜘蛛を助けた。その蜘蛛が恩返ししようと半分人になってやってきた。それが蜘蛛の姫さま。

 絵本『蜘蛛の姫の恩返し』はこの話をもとにしてて、街の人で知らない人はいない。演芸場でミュージカルにもなってるし、ぬいぐるみも売られてる。

 蜘蛛の姫さまの話を聞いてからは、あたしと近所の子たちは競って小さい生き物を助けるようになった。そのうち半分人になって、蜘蛛の姫さまみたいに恩返しに来てくれないかな、と。あたしも家の中に迷い込んだバッタとかヤモリとか、潰されないようにそっと捕まえて外に逃がしたりしてた。

 だから、もしかして、


「ハイアディは、レーンさんに恩返しに来たの?」


 重ねて聞くとハイアディは、えと、とか、あの、とかボソボソ言う。声が小さくて聞こえない。呟きながらジリジリとあたしから離れようとする。

 逃がさないっ、あたしはハイアディ目掛けて走る。青黒い触手はビックリして逃げるようにあたしの前に道を開く。あたしは蠢く触手の真ん中にいるハイアディに飛び付いて、その肩をがっしと捕まえる。


「おしえて! ハイアディってなに? 帰りたくないって何?」

 

 ハイアディは、あうあうとあたしに怯えるみたいに、しどろもどろに。


「わ、私はお姫さまじゃなくて、お、恩返し? えと、レーンにはいろいろ助けてもらって、その、恩返ししなきゃとはいつも感謝してて、でも、人に正体がバレたら、帰らなきゃいけなくて、えぐ」


 あたしはハイアディの肩を掴んだまま尋問する。ハイアディはレーンさんに助けてもらった? レーンさんのこと好き? あ、赤くなった。恩返しは? お掃除とお料理とお洗濯頑張ってる? けどしたこと無くて迷惑かけてばかりで。でもレーンさんは優しくてお料理とか教えてくれる。レーンさんが出かけるときに、行ってらっしゃいと言うのが奥さんみたいでウキウキする? この前はハイアディの作ったシチューを美味しいって食べて、とっても恥ずかしかった? なんでシチュー食べたら恥ずかしいの?

 あたしが聞きたいことを根掘り葉掘りと聞き出して、ちょっと分かってきた。


「それで、ハイアディは人に正体がバレたら帰らないといけないの?」


 と、聞いてみると、ちょっと落ちついたハイアディは頬に残る涙を拭きながら、


「だって、こんなタコのバケモノは人の街に居られないもの」


 と、しょぼんとして言う。それなら、


「分かった、あたしハイアディのこと秘密にする。誰にも喋らない」


 あたりをババッと見回して、誰も見てないよね? 遠くで猫が一匹こっちを恐る恐る見てるけど、猫なら大丈夫。誰にも喋らない。ハイアディの触手を見たのはあたしだけ、となれば、


「あたしが黙っていたらハイアディの正体がバレたことにはならない? 帰らなくてすむ?」


 あたしが言うとハイアディは、え? え? と戸惑いながらも考えて、うんと小さく頷いた。


「それならあたしはハイアディの正体のこと秘密にする」


 そうしたらハイアディはこの街にいられる。蜘蛛の姫さまと領主様の息子みたいに、ハイアディとレーンさんが結婚式するかもしれない。街中がお祭りになったあの日みたいに。それはとっても素敵なことだと思う。


「ほんとに? ほんとに秘密にしてくれるの?」


 ハイアディの青いたれ目があたしを不安そうに見てる。あたしはハイアディの肩から手を離して、左手を自分の胸に、右手を上げて。


「ハイアディの触手のことは誰にも喋りません。聖獣、蜘蛛の姫さまに誓います」


 これでいい? と聞いてみると、ハイアディは感心したみたいに、はあ、と息を吐く。


「ゼラって慕われてるのね」


 え?


「ハイアディ、蜘蛛の姫さまのこと呼び捨て? なんで?」


 あたしが聞くとハイアディは、あ、しまった、と両手で口を抑えるけどもう遅い。教えてハイアディ、秘密にするから。

 ハイアディはあたしの耳に顔を近づけて、声を潜めて、


「あの、誰にも喋らない、のよね?」


 はい、喋りません。父さんにも母さんにも友だちにも秘密にする。だから教えて。


「私はスキュラのハイアンディプス。ゼラは、私の妹なの」


 スキュラ、お話で聞いたことある。遠い南の海にいるっていう、下半身が海ヘビとかいう半人半獣の魔獣。ハイアディがそのスキュラで、蜘蛛の姫さまのお姉さん? スゴイ、聖獣のお姉さんだったんだ。


「えと、あの、人の姉妹とはちょっと違うの。家族みたいなものだけど、あの、同族というかなんて言えばいいのか」


 スゴイ秘密を知ってしまった。蜘蛛の姫さまの他に恩返しに来たお姫さまがいて、それがうちのお客さんだったなんて。しかも聖獣のお姉さん? 連れ戻されるって何処に? 聖獣の故郷ってどこ? いろいろ聞きたい。ハイアディのこと。

 だけど、先ずはこの触手を隠さなきゃ。夕暮れどきの墓場の裏で、お墓参りする人もいないみたい。でも他の人に見つかる前に隠さないと。


「ハイアディ、この触手、またスカートの中にしまえる?」


 あたしが言うとハイアディは、ちょっと離れて、と言って両手を組んで目をつぶる。なんだかお祈りしてるみたい。

 するとハイアディの髪が短くなっていく。青く淡く光る髪が茶色になって、見慣れた肩に届く長さになる。青黒い触手もニュルニュルニュルとスカートの中へと引っ込んでいく。

 ハイアディが目を開けると触手は全部スカートの中に消えて、地面にペタンと座るハイアディがいる。このスカートの中、どうなってるの?


 ふう、と息を吐くハイアディに、スカートの中見せて、と一応断ってハイアディのスカートをめくって見る。


「ひゃうう!?」


 なんか叫んでるけど、スカートの中は白い二本の足。ちゃんと人の足だ。何処にもさっきの青黒い触手は無い。でも触手の粘液? なのかヌルッとしたものがスカートの裏についてる。うぅん、あのいっぱいの触手がさっきまでウネウネしてたのが夢みたい。

 スカートを下ろすと真っ赤になったハイアディの顔が見える。もぞもぞしながら困ったようにボソボソと。


「また、パンツと靴下、破れちゃった……」


 ハイアディのスカートの中は、何も穿いてなかったっけ。青黒い触手が現れるときに、何か破れる音が聞こえたのは、ハイアディのパンツと靴下と靴が破れる音だったみたい。

 あたしは裸足のハイアディの手を引いて、レーンさんの家の近くまで送っていった。ハイアディは何度も、ほんとに秘密にしてくれるの? と聞いて、あたしは何度も喋らないって応えて。

 ハイアディはあたしが秘密を守ってくれたら、蜘蛛の姫さまのことも教えてあげるって約束してくれた。


◇◇◇◇◇


 それからハイアディと前より仲良くなった。あたしはこの秘密を誰かに話したくなるけど、我慢してる。父さんにも母さんにも話して無い。

 そしてあたしは外に出かけるときは小さなリュックを背負って出るようにしてる。中身はパンツと靴下と靴。またハイアディが外でズバンしたときの為に、ハイアディの着替えを持ち歩くことにしてる。ハイアディが困ったときに助けられるのは、秘密を知ってるあたしの役目だから。


 ある日のこと、ハイアディがうちのお店に来た。この頃は金物に用が無くても、買い物のついでにうちのお店に来てくれる。

 いらっしゃーい、と出迎えるとハイアディの隣にもう一人いる。女の人で初めて見る顔だ。ズボンを穿いてて格好から見ると、魔獣狩りのハンターかな? カッコいい女の人。


 ハイアディはその人に、フライパンとフォークとスプーンはこの店で買ったの、と教えてる。人見知りのハイアディが親しげに甘えるみたいに。そのカッコいい女の人は棚の鍋とか見てるけど、鍋にも食器にもあんまり興味は無いみたい。あたしはその人に、ハイアディの友だち? と聞いてみると、


「まぁ、友だちみたいなもんか」


 と、ぶっきらぼうに言う。なんだか男前だ。友だちみたいなものって何? どんな関係?

 ハイアディに聞いてみると、ハイアディはたれ目を細めてあたしにそっと耳打ちする。


(秘密、守ってくれてる?)


 あたしはうんうんと頷く。話したいし自慢したいのをぐっと堪えて我慢してる。


(これも、秘密にしてね。クインは、私の妹なの)


 ハイアディの妹さん? クインって言うの? あのカッコいいハンターみたいな人。

 果物ナイフを片手に見てるハイアディの妹って人をまじまじと見てしまう。ハイアディの妹ってことは、あの人も魔法で人に化けてるの? ハイアディは蜘蛛の姫さまのお姉さんだから、あの人も蜘蛛の姫さまのお姉さん? 聖獣なの? 


(秘密、秘密だからね)


 こそこそと話すハイアディにうんうんと頷く。少しずつ誰にも言えない秘密が増えていく。あたしとハイアディが内緒話してるのに気がついたクインは、あたしたちを不思議そうに見てた。


 あたしの街には聖獣がいる。

 教会にも認定された聖獣、蜘蛛の姫さまだ。

 そしてあたしの街には、他にも聖獣のお姉さんたちがいる。魔法で人に化けて、人のふりをして、こっそりと暮らしている。

 だけどこれは秘密、誰にも言えない秘密。

 あたしとハイアディ、二人の秘密。

 


読了感謝


ハイアディ

キャラクターデザイン

加瀬優妃 様


猫に追われるハイアディ

ストーリー原案

K John・Smith 様


m(_ _)m

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