プロローグ
――――きっかけはなんだっただろうか。
今となっては分からないけど、僕は〝悪の組織〟に憧れた。
彼らは一枚岩だ。
ヒーローは時に様々なしがらみや悩みを抱えながらハッピーエンドを目指すが、悪の組織にそんなものは存在しない。
敵として登場したその段階で既に完成しているのだ。
彼らの目的はいつだって単純明快。
力づくで正義を挫き、偽善を一蹴し、一世一代悪の大華を闇夜に咲かせる。
かっけえ。
最高にカッコいいじゃない。
だいたいヒーローってのはどいつもこいつも迷い過ぎる。見ていられないくらいイライラする。
大事な場面で仲違いを始めたり、過去の自分の行いを悔い始め回想を挟んだり、とにかく節操と言うものを知らない。
それに引き換え悪の組織はどうか。
彼らは迷わない。
どんな状況下でも当初の目的を一貫し、その行動や思想にはブレがない。
最後まで安心して見ていられる。
ヒーローのようにくよくよウジウジする情けない悪などいないのだ。
きっかけは分からない。
僕はいつの間にか、そんな〝悪の組織〟が大好きになった。
だけど長じるにつれ、悪の組織なんてないと知る。
いや、もしかしたら僕が知らないだけで世界のどこかにあるのかもしれないが、誰に聞いてもそんなものはないと断言するし、子供だった時はともかく、僕だって薄々分かってた。
悪の組織なんてない。
あれは空想の存在だ。
だから僕は思った。
なければ作ればいいじゃない。
その日を境に僕の夢は悪の組織に入る事から、悪の組織を作る事に変わった。
多くの悪に傅かれ、皮張りの椅子に座り、高級な葉巻を意味もなく吸い、昼間からウイスキーをロックで嗜む。
そんな自分の姿を想像する。
たびたび愉悦を噛み殺す僕を見る周囲の目は、ひどく冷たいものだったが気にした事はない。
僕が思う理想の悪は平民にどう思われようが自らの行いを恥じないのだ。
そんな幼少期を過ごした僕は、ある一冊の本と出会う。
本にはこう書いてあった。
『何かを成したいなら、何事もスタートダッシュが肝心だ』
たしかにそうだと思った。
僕には悪の組織を作るという夢があるが、じゃあその夢を叶えるために何をしてきたかというと、せいぜい悪の首領になった自分を妄想してニヤニヤしていただけ。
なんていう事だ。
未来の悪の首領たる僕が、夢を夢のままで終わらせてしまう所だった。
その日。
僕は本当の意味で生まれ変わった。
生まれ変わった僕はまず、僕が考える理想の悪の首領とは何かを考えた。
最終的な目標としては支配した世界を永遠に牛耳る事なので無限の寿命を得たいところだが、物事とは段階を経て形にしていくものだろう。
そうなるとやはりあれか。
そう――――理想を共にする屈強な男たちを揃える事だ。
肉体的に脆弱な女はいらない。
木端のような三下ならともかく一流の悪ともなれば、偽善を振りかざし正義を騙る愚か者との戦いは免れないためだ。
そればかりではなく屈強な男とは精神もまた屈強である。
理想のため血反吐を吐いて邁進する事も厭わない最強の兵士となるに違いない。
そうして当時の僕が目を付けたのが、一年生にして野球部のエースをはる国丸くんと柔道部の主将鬼瓦先輩だった。
僕は彼らを配下にするため手紙を送った。
放課後クラスメイトが全員教室からいなくなったタイミングを見計らい二人の机に忍ばせたのだ。
翌日、どうやら国丸くんは僕を無視する体制に入ったようで目も合わせてくれなかったけど、幸いにも鬼瓦先輩はリアクションをくれた。
廊下ですれ違った時『放課後校舎裏へ来い』と囁いてくれたのだ。
そうして意気揚々と向かった僕は鬼瓦先輩を含む数名に囲まれ、『舐めんじゃねえ』と暴言を吐かれた上でボコボコにされた。
なんて卑怯な奴だと思った。
悪の首領たる僕の誘いを断るどころか、返答の一つもなく複数人で殴りかかるとは。
悪としてはふさわしい行いであるし称賛に値するが、さすがに相手を選べと言いたい。
亀のように丸まって防御に徹する僕に対し、殴る蹴るの暴行は小一時間もの間続いた。
最後に『今度また〝我の配下となれ〟なんて怪文書送ってみろ。次は殺すぞ』と吐き捨てて去っていく鬼瓦先輩の後ろ姿を見届けた僕は思った。
なんで怒ってるの?
不思議に思うも答えてくれる人はいない。
当然鬼瓦先輩も教えてくれないだろう。あんなにも怒ってるんだから望みは薄い。
僕は訳が分からないまま傷付いた体を引きずって帰宅し、以降中学での三年間を鬼瓦先輩とその取り巻きのパシリとして過ごす羽目になる。
内容は休み時間にパンや牛乳を買ってきたり、四つん這いになって即席の椅子になったり様々だ。
悪の首領として情けない日々が続くもひたすら耐えてようやくパシリから解放された高校入学の初日。
僕は通学路で車に跳ねられて死んだ。