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World after the rain Ⅰ   作者: 神代 夏望
9/11

雲の追憶

 バイト先に行くと、先に入っていた先輩が暇をしていた。カウンターによりかかり、指先に単語カードのリングを引っかけクルクル回している。

 この時間帯は、仕事終わりのサラリーマンか、誰かと待ち合わせをしている大学生等がいるだけで、殆ど人が来ないので暇なのである。今日は珍しく、白いワンピースを着た若い女性が窓辺の席にポツンと座っていた。

 「塁さん、お疲れ様です。」

 指定のカフェエプロンを腰に巻きながら、いかにも暇そうな先輩に声をかける。

 「お、樹くん、来てたんだー。今日もひまだよぉ…。」

 「ですねー。かと言って忙しいのも嫌なんですけどね。」

 「確かにね。(笑)」

 適当な会話をしながらぼーっと店内を眺める。するとやっぱり、さっきの白いワンピースの女性が気になった。女性はただぼんやりとテーブルに置かれたコーヒーカップを俯きかげんに見つめていた。

 一体、なんの目的でカフェに来ているんだろう……。目的なんかないのかもしれないけど、その女性は何故か僕の目を引きつける。その理由が気になった。トイレから戻ってきた先輩に少し聞いてみた。

 「塁さん。」

 「うん?」

 「あの窓辺の席の女性、何時からいるんですか?」

 「ん、あの人?うーん……18時半ぐらいからかな?確か1回も席を立ってないんだよね、あの人。」

 今の時刻は20:42。約2時間も何をするでもなくただずっと座っているんだろうか。

 「あの人、コーヒー1杯頼んで、全然飲まないままずっと見つめているんだよ……。俺、あのひとに何かしたかなぁー……?」

 先輩もあの女性を見つめる。

 「僕、あの人何処かで見た気がするんです。」

 「マジ…?実は俺もなんだけど。」

 「有名人……ですかね?」

 「うーん…どちらにしろ、もうすぐ閉店時刻だし、ちゃんと時間守ってくれれば良いんだけどね。」

 「……。」

 2人して女性を見つめるも、女性は微動だにせず。ただじっと、カップの中のコーヒーを見ている様だった。

 50分を過ぎると、大学生やサラリーマン達は席を立ち、会計を済ませるとそそくさと帰って行った。女性も俯いたままレジ前に来て、きっちり250円払って行った。

 会計の際に顔を覗き見たものの、誰かはおもいだせず。先輩と共通の友人も居るわけも無いので、全く見当もつかなかった。僕はどうしても彼女が気になってしまい、片付けを先輩にお願いし、追ってみることにした。犯罪…という意識は当然あったが、欲望が抑えきれなくなっていた。

 女性の30m後ろを歩き、着いた先は廃ビルだった。時刻は21:00を回り、ビルはおどろおどろしい気配を放っている。女性は戸惑う事無く入っていった。しかし、僕はどうしても入る気にはなれず、そのまま家に帰ってしまった。


 ー翌朝ー

 今日も夕方からバイトで、僕は塁先輩と、『Lamp』のカウンターと暇していた。ボーッと店内を眺めると、昨日の女性がまた同じ席でコーヒーカップを見つめていた。

 僕は他に見るものもないので、女性を見続ける。

 (あの人……、昨日あそこで何をしていたんだろう……。)

 ただじっと、僕が女性を見詰めていると、塁先輩が楽しそうに話しかけてきた。

 「あ、そうだ。樹ー。」

 「えっ、あ、はい??」

 「樹んとこは学祭で何やんのー?」

 「えっと……例年通り、サークルでは調べたのものを掲示するだけの展覧会みたいな感じですかね?学校自体では、『イケコン』(イケメンコンテスト)とか、『ミスコン』とか、色々やるらしいですけど、僕には関係無いので……。」

 「へー。流石、海雲(みくも)だね。(海雲大学)」

 「亜紗芭(あさは)大学は何をするんですか?」

 「んー…『ものコン』(モノマネコンテスト)とか?あ、あと『大食い大会』とか……。去年とあんまり変わんないかなー。」

 先輩が言い終わる前に、「コーヒー1つ!」と、お客様の声が入ったので、先輩は言い終わるや否や、「はーい」と言って、厨房に入ってしまった。

 確かに、学祭まであと一ヶ月ぐらいだ。でも、”サインズモールの霊”の調査は一向に進んでいない。多分、次に3人で集まれるのは明日の昼だ。夜は佐伯くんも”シゴト”が有るだろうし、誠もバイトがある筈。もうすぐ営業終了時刻なので、僕は外に出してた置型看板やらなんやらを片付けていると、道の先から誠が走ってきた。

 「え……!?誠!?どうしたの??」

 「なんとなく。樹に会いたくなっちゃって……。」

 「あぁ……そうなんだ……。」

 「あ、それと…」

 そう言って誠は自分が持っていた傘を差し出してきた。

 「??」

 「この後雨降るってさ。俺は、今日兄貴が来てるから一緒に帰れないんだわ。マジごめん。だからこれ使って。」

 「いや……!!でも、マコはどうす……」

 「俺の事は別にいいから!!後で電話するわ。それじゃ!!」

 誠はいつも通り言いたいことだけ言うと、走り去ってしまった…。

 「えー……。」

 僕は1本の傘を握り、走り去る幼なじみの背中を見送った。

 

 店の戸締りの確認を済ませると、明かりが全て消えた『Lamp』の前で僕と塁先輩は別れた。

 バイトが終わったあと、僕は一人暗い夜道を歩いていた。

 ジメジメとした空気と、どんよりとした雲が周囲を覆い始めていた。

 こんな日は何となく、消えたくなってしまう…。ふと、このままどこか知らない場所へ行ってしまおうか、なんて幼い頃から僕は思うことがあった。それは、大人になった今でも変わらない。

  ぼんやり少年期の頃の自分を思い出しながら歩いていると、スマホが鳴っていることに気が付いた。 ポケットから取り出すと、発信主は誠だった。僕は躊躇わず電話に出る。

正直有難かった。ホントのことを言うと少しばかり怖かったのだ。

 「もしもし…?」

 少し声を忍ばせながら、声を発する。

 「…ァ゛……ゥ゛ゥ゛ゥ゛…」

 しかし、予想していた返事は無く、むしろ真反対の返事が返ってきた。いや、返事というより音と言った方が正しいかもしれない。不気味な呻き声が、聞こえ続けるスマホを耳から離したが、いつまでも耳に残り消えない。

  全身に悪寒が走り、鳥肌が立つ。

 僕は、自分でも気付かないうちに立ち止まっていた。状況が理解出来ず、固まる事数十秒。

 しばらくして、降ろしていたスマホから、誠の声が聞こえるのに気が付いた。

 「もしもし?おーい、もしもーし!…あれ、これ繋がってるよな?おーい、樹ー?」

 「も…もしもし…」

  唖然としたまま、僕は再び耳にスマホを近づける。

 「ったく…聞こえてんなら返事しろよなー?」

 「あ…うん。…ごめん」

 少し怒られて、僕は謝る事しか出来なかった。

 僕の反応を不審に感じてか、彼は不思議そうに、

「どうした?」と、聞いてきた。

 「ちょっと…状況の理解が追いつかなくて…」

 「?よくわかんねぇけど、大丈夫か?今どこ?こっちは雷鳴って雨降ってきたけど、そっちは大丈夫か?」

 「あぁ、うん、大丈夫。今外。」

 そういうと僕の上の空がピカッと光った。そうしてまもなく、瞬きできるほどの時間が経ってゴロゴロと音がした。

  その後も誠が何か言っていた気がするが、何を言っていたのかは覚えてはいなかった。

ただ、なぜだか少しばかり懐かし気持ちになっていたに違いない。

きっと、昔の事を思い出していたような気がする。ちょうど、こんな天気で大好きだった人に出会った日の事を……。

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