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World after the rain Ⅰ   作者: 神代 夏望
8/11

その時がきたら。

 帰り道。日が丁度真上に上がった頃、気温が1番高くなる。あまりの暑さに顔を顰め、汗を流しながら、買い物後のビニール袋を抱え歩いていた。

 都心から少し離れた場所に位置する僕のアパートの近くにはスーパーマーケットが数件ある。カフェの帰りに買い物したはいいものの、暑すぎて早速ものが腐りそうだ。

 僕はぼんやり佐伯くんの顔を思い出しながら、フラフラ歩いていた。思い出すって何をだろう……。大事な事ってなんだろう……。僕は何を忘れてるんだろう……。佐伯くんは何か知っているに違いない。自分が何か忘れてることにも気づけないし、何を忘れてるのかも気づけない。今でも、分かっているようで、自分の事すら全然分からない。無力さを痛感する。

 考え事をしながら歩いていた所為か、曲がり角から飛び出してきた少女に気付かず、ぶつかってしまった。僕は多少フラついただけだったが、少女は盛大にコケてしまう。

 「痛ぁっー……。」

 「ごめんなさい…!大丈夫ですか?」

 倒れた少女に手を差し伸べようと、膝を折る。そして少女はゆっくり顔を上げた。どうやら鼻を擦りむいたらしく、少し赤くなっていた。

 「大丈夫な訳ないでしょ!?こんにゃろー……!…っい…。」

 大激怒……していた筈の少女が僕の顔を見るなり、言葉を止める。

 「い……???」

 僕も分からず、ポカンとしてしまう。顔を見る限り、見覚えは無い。少女は僕の顔をジーッと見てから、ガシッと両手を握ってきた。

 「え……??」

 「お兄さん、イッケメン!!ねぇ、良かったらウチで働きません!?メイクとかのお店なんですけど。」 

 よく見ると、少女はエプロンをしていた。パッと見、メイク関係のお店の子には見えないが……。というか…握る力が強すぎて、手がものすごく痛い。

 「あ…あの、僕、男ですし…!!っていうかちょっと手、痛いですっ!!」

 「あら、ごめんさい。でも、今は男性でも化粧するんですよ!だから、お兄さんも……」

 「いやいや!!僕はいいです!結構です!」

 「でも、せっかくだから……」

 押し問答をしながら、少女は恐ろしい力で僕の手を握ったまま離してはくれない。

 (食品、腐っちゃうよー!!)

 熱されたコンクリートの上に置いたビニール袋には、ジワジワと熱が伝わっている。……気がする。

 (あー、もう!誠が居てくれたらなぁ…!!と、その場に居もしない誰かに頼りたくなるのは僕の悪い癖。)

 そんなこんなで、帰れないでいると、背後から聞き覚えのある声がした。

 「なにしてんの…。こんなとこで……。」

 ハッとして振り返ると、そこには佐伯くんが顔を顰めて立っていた。

 「さっ、佐伯くん!?た…助けて!!実は……」

 軽く事情を説明すると、佐伯くんは少女を真っ直ぐ見据える。少女は佐伯くんの顔を見るなり、また目を輝かせた。

 「わぁ!!お兄さんもイケメン……!!やっぱり類は友を呼ぶって……」

 「あのー。本当にそういうの迷惑なんで、辞めてもらっていいですか?彼の手も離してあげてくださいよ。痛がってるじゃないですか。……樹くん、立てる?」

 少女は片手だけ離してくれる。

 「あ…うん。ありがとう。」

 ズバズバと少女に言葉をなげかける佐伯くんは、何故かやっぱり僕にだけには優しかった。僕は佐伯くんが差し出してくれた手を取って立ち上がる。が、少女も諦めまいと、僕の片手を握り続けている。その手を見て佐伯くんはまたキッと少女を睨みつけた。

 「執拗いぞ。顔の良い奴に媚びる前に自分の性格を見直したらどうだ。」

 「う…っ、うるさいなぁ!!わかったわよ、ごめんなさい!さようなら!!」

 少女は、頭をペコッと下げて走って来た方向へ引き返して行った。

 「あ!!そっち、君が来た方向だよ!?」

 「良いんだ。樹くん。多分あの子当たり屋。イケメン特化の。」

 「え……!?……そうなんだ。」

 僕はジンジンする手で地面に置いてあるビニール袋を拾い上げると、佐伯くんは、「いいよ。持つから。」と、気を使ってくれた。

 「仕事はもういいの?」

 僕の家に向かいながら、僕は佐伯くんに話しかける。

 「あぁ…。まぁね。一段落は。」

 「そうなんだね。あ、もしかして、佐伯くんもこの辺に住んでるの?」

 「うん。そこそこ近い。」

 「じゃあ、頻繁に遊べるね!今日、ウチに寄っていってよ。夕飯ご馳走するよ。助けてくれたし!!」

 「……っ!!…うん。ありがとう…。」

 佐伯くんは、またフッと笑った。

 「佐伯くんってさぁ……」

 「…うん?」

 「すっごい美形だよね…。」

 「え…。そうかな……。あ、ありがとう。」

 少し照れて頬を赤らめる佐伯くんは、初めて人間らしさを見せた。


 

 家に着いて、食品の様子を見てみると、悪くなっていくものは無かった。良かったー、と一息ついてから、夕食までまだ時間があるので、佐伯くんに麦茶を出してあげる。佐伯くんは、僕の本棚をマジマジと見つめている。

 「どう?気になる本、あった??」

 「まぁ、ぼちぼちと……?」

 「良かったら貸してあげるよ。」

 「うん……。」

 そうして2人、しばらくボーっとする。そういえば、自分の部屋に人を上げるのは初めてだ。僕は誠の家にしか行ったことがない。だから、大半の家がどんな感じなのか分からない。

 でも何故か、僕は佐伯くんには親近感というか、懐かしい感じがして、とても居心地がよく、安心感を得ることが出来た。佐伯くんはどう思っているんだろう……。人にこれ程興味が示せたのは、櫻田くん以来かもしれない。

 僕はふと、ある事を思い出した。

 「そういえば……」

 「うん?」

 「考えてみたんだけど、僕、自分が何を忘れているのか全然思い出せないんだよね……。佐伯くん、何か知らない?知ってるなら教えて欲しいんだけど……。」

 「……。その時がきたら、ね。」

 「えー……意地悪だなぁー。」

 「ハハハッ。そんな事言っても教えないからね。」

 佐伯くんが教えてくれないとなると、自分で解決するしかなくなる。そもそも、”その時”ってどの時だろう。僕が1人考えを巡らせていると、ふと、佐伯くんが本棚を指さして言った。

 「樹くんは、ファンタジー系のシリーズ物が好きなの?」

 確かに、僕の本棚にはファンタジー系のシリーズ物が多く置いてある。が、シリーズ物というよりかは、その著者が好きなのだ。1つ面白い物を書いた人は大抵、面白いものを描き続ける。だからこそ、期待もできるし、信頼感が生まれる。その繋がりが、僕は大好きで仕方がないのだ。

 「シリーズ物、というよりかは、著者が好きなんだ。同じ展開がなくて、予想外の結末になるから、その先生本当にすごいと思う。」

 「へー……。そういえば、図書室でも読んでたよね。その人の本。」

 「うん。会ってお話してみたいよ〜。実際、結構身近な人だったりしてさ!!……ところで、佐伯くんはどんな本を読むの?」

 「あー、俺は、文豪が好きなんだよね。芥川龍之介さんとか……。」

 (俺……。一人称が変わった…?まぁ、いいか。)

 「芥川さんね。そっか、文豪かぁ……。文豪はあんまり詳しくないかなぁ……。」

 「そうなの?でも、ここに太宰治あるじゃん。」

 「あ、それは借り物でさ。確かに、太宰さんも面白い話を書くけど、芥川さんと似てシリアスな内容が多いからあんまり…。『走れメロス』なんかは、結構好きだけど、文豪だとやっぱり宮沢賢治さんかな。夢のある話が凄く面白くて好き。」

 「うんうん。『銀河鉄道の夜』とか、『注文の多い料理店』なんか、凄く刺激を受けたのを覚えてる。」

 「僕が初めて読んだのは『セロ弾きのゴーシュ』だったよ。『風の又三郎』も面白い!!」

 「ハハハッ!!樹くんは本のことになると饒舌だね。」

 「あ…。つい……。(笑)ごめん。うるさかった?」

 「いや。本のことについて人と話すのは初めてだったから、俺も面白かった。」

 2人で笑いあって、それから夕食を食べながら、色んなことを話した。ご飯が美味しいお店、種類が豊富な古本屋、シンプル且つ安い服のお店……。出会って数日、話して1日も経たないうちに僕達はすっかり意気投合して仲良くなった。

 夕食を食べ終えた後、「明日も仕事が早くあるから。」と、言って、佐伯くんは帰ってしまった。なんだか名残惜しかったが、僕もこの後バイトに行かなければならなかったので、今日は引き止めなかった………。

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