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World after the rain Ⅰ   作者: 神代 夏望
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忘却と決別

 その日の夜。僕は小学校の卒業アルバムを見ていた。今日誠と話をして、キャンプの時の記憶が不自然なくらいに何にも覚えていなかったからだ。当時の記憶を掘り起こすには、その時の卒アルを見る事ぐらいしか、僕には思いつかなかった。

 卒アルをケースから取り出した時、1枚の写真がはらりと落ちた。写真は、アルバム自体に印刷されているはずなので、これは別の物だろう。

 写真には、2人の少年が、仲睦まじくピースサインを突き出してた。1人は、小さい僕。もう1人は…。


 そういえば、僕には誠と仲良くなる前に、もう1人の友達がいた。あれは、僕がまだ小学校1年生になったばかりの時。

 「おはよう!」

 教室の扉を勢いよく開けて、まだ出会ってまもないクラスメイト達に大きく挨拶をした。みんな口々に、おはよう。と、返してくれる。僕は軽い足取りで窓際の自分の席へと向かった。

 自分の席がある机の列を歩いていると、僕の前の席の子がいつも通り本を読んでいた。

 「おはよう。桜田さん。」

 僕が微笑みながら挨拶をすると、珍しく桜田さんは挨拶を返してくれた。

 「おはよう…。」

 「えへへー。」

 僕が笑いながら自席に腰掛けると、桜田さんは振り返って僕を見た。

 「なんで笑ってるの?」

 「桜田さんが挨拶を返してくれたから、嬉しくて。」

 「……、毎日毎日良くも飽きないね。」

 「だって、桜田さん面白いもん。」

 僕の一言を聞いて、桜田さんは大きく目を見開いた。

 「何処が……。」

 ぶっきらぼうな言葉を吐きながらも、桜田さんもニコニコ笑っていた。そんな彼がたまらなく面白くて、彼のそういう所が好きだった。

 「ねぇ!何読んでるの!?」

 僕の問いに、彼は読みかけの本を閉じて表紙を見せてくれた。表紙には、『走れメロス』と、書いてあった。

 「読む?」

 「え、良いの?」

 「うん。……それと、晴華(はるか)、で良いよ。」

 「わかった!じゃあ、僕も(いつき)で良いよ!」

 

 そんな会話を交わしてから、僕は、晴華の面白さと、本の魅力にどんどん惹き込まれて言った。1ヶ月も経たないうちに、お互いの事をハル、いっくん、なんて呼び合う様になった。


 夏休みが間近まで迫った、7月半ばのある日の昼休み。ハルが不思議な事を聞いてきた。

 「いっくん、自分の力が上手くコントロールできない事によって、周りの大切な人を傷付けてしまうとしたら、君はどうする?」

 ぼんやり外を眺めながら、そう呟くハルは、何処か神秘的に見えた。

 僕もハルにならって外を見る。夏の日差しがジリジリと校庭を焼いている。生ぬるい風が吹いて、葉桜がザワザワと音を立てていた。

 力か……。ハルの言う力というものがよくわからないが、時々ニュースで見る政治家とかの権力だろうか。でも、そのことによって大切な人を傷付けてしまうのなら、ぼくは……

 「大切な人が傷つかないように、自分から離れる……かな。」

 「そっかー……。だよね。」

 ハルはポツリとそう言った。


 その日の放課後。僕達は近所の河川敷でいつも通りに遊んでいた。日陰で昼寝したり、近所の駄菓子屋で買ったお菓子を食べたり。いつもと何ら変わらない日常。に、なる筈だった。

 違ったのは、その後だった。

 僕達は、空がオレンジ色に染まる頃に帰る。ハルといつも分かれる線路沿いの道。ハルが突然立ち止まった。気になって、僕は振り返る。ハルは俯いていた。

 「いっくんは、運命とか、そういう形の無いものって信じる?」

 徐にそう呟くハルの声は、少し震えているような気がした。僕はなんて言ったら良いか分からなくて、しばらく黙っていた。

 「信じてない……かな。」

 僕は無意識にそう呟いていた。ハッとした時には、もう口から溢れていた。

 「そっかぁ……でも、いっくんには信じてて欲しい。この先、きっと君の助けになるから。」

 ハルは少し寂しげにそう言った。僕は、その言葉の意味がよく分からなかったが、こくりと頷いた。それからまた沈黙が続いて、「変な事ばっかり言ってごめんね。」

 そう言い残すと、彼は突然走り出して1人帰って行った。追いかける事も出来たんだけど、何故か追いかけてはいけない気がして、僕は追いかけなかった。

 1人日が傾いた道に残された僕は、ただただハルが走って行った道を眺めていた。

 次の日、僕が学校に着くとハルはまだ来てなかった。珍しい事もあるもんだなーなんて、思っていた。でも、始業のチャイムが鳴っても、ハルは来なかった。

 朝の会が始まってすぐ、担任はハルが転校したと言った。衝撃的な発言に僕は固まる。一つ前の空席を凝視して、昨日のハルの様子を思い出した。あの意味深な発言の数々は、ハルが本当に僕に伝えたかったことなんだろう……。ハルは、僕に会える最後の日だって知ってたから、そういう事を言ったんだろうな……。

 なんて、幼いながらに僕はそう思った。心に広がる空虚感が嫌な気持ちを掻き立てる。まさか、僕の中にこんな汚い物が眠っていたなんて思わなかった。失望……?そんなものでは無いと思う。言葉如きで表せる程単純で小綺麗なものでは無い。

 僕は黒い気持ちを紛らわそうと、外を見た。校庭のあおい桜の葉が風に揺れていた。近くで鳴いているはずの蝉の音が、その時は何故かひどく遠く聞こえた。

 僕の手元には、ハルから借りた『走れメロス』があった。この話の主人公は、自分の妹も、友人も助けた。でも、僕は友人1人も助けられない。真反対だ。無力な自分が嫌になる。こんな気持ち、今までに無かったのにな……。

 僕は昨日、ハルにもうひとつの意見を言わないでいた。それは、「傷付けてしまうリスクを知っていながらも、自分を認めてくれる、近くに居てくれる人を見つける。」と、言うものだ。

 晴れ渡る青空の下、校庭の端の葉桜の影が小さく揺れた。


 当時の事を思い出して、僕の心は灰色に濁った。懐かしいけど複雑な気持ち。彼は僕にとって初めて出来た友達だった。いや、友達以上の存在だった。そして、初めて別れを経験した子だ。

 本棚には未だにハルから借りたままの『走れメロス』がある。ふと、手に取ってみると、懐かしい感触がした。風化して黄色に変色した紙が、時間の経過を物語っている。

 (ハルは今頃何処で何をしているんだろう……。)

 ふと浮かんだ疑問。でもそれは、ハルにしかわかりえない事だ。考えても無駄。そう割り切って、今日は寝る事にした。

 窓の外からは、シトシトと静かに雨が降る音だけが聞こえていた。……。

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