サインズモールの怪
第1話,噂
事の発端は、ある月曜日の夕方。僕がオカルトサークルの部屋で本を読んでいると、ほぼ人気のない静かなこの部屋の扉が勢い良く開いた。何となく誰かわかるが、一応振り返って確認してみる。そこにはやはり予想通りの人物、僕の小学校からの幼なじみの誠が居た。目が合うな否や、至近距離にも関わらずデカい声で名前を呼ばれる。
「樹っ!」
「…な、何…?」
余りの迫力に押されて口篭る。ズカズカと僕の目の前までやってくると、ズイっとスマホの画面を近づけてきた。近すぎてピントが合わず、少し手で押し戻す。画面にはとあるニュース記事が表示されていた。
それは数年前の事件の記事。当時出来たばかりの『サインズモール』というショッピングモールで起きた凄惨な殺人事件。平日の昼間、当時交際していた彼氏に浮気されて、浮気相手とデート中に刺殺し、その場で女自身も自殺するという悲惨なものだった。大衆の面前で起こったその事件は、地元という事もあり当時多くのマスコミが取り上げていた。恐らく知らない人は居ないであろうと言うぐらい。
しかし、それがどうしたと言うのだろう。
「このニュースがどうかしたのか?」
「どうかしたのかって…あの噂聞いてないのかっ!!?」
「え、何、あの噂って」
僕がポカンとして見つめていると、誠が隣の席に腰掛けた。彼は自分のスマホの画面をスクロールしてもう一度見せてきた。
「…女の幽霊…?」
多くの人は馬鹿らしいと思うだろう。僕もそう思う。ただ、世の中には証明出来ないことも多くあるから、完全に信じないとは言いきれないけれど…。
ジトーっとした目で彼を見ると、待て待て、と僕を制して来た。
「この噂、本当らしいぜ?だってほら、呪いの念とかって現世に残るって言うじゃん!?浮気されたら彼ピッピの事恨んでこの世に残ってるって言うか、地縛霊になってる可能性高くない!?」
「彼氏死んでるじゃん…。第一、本当に居たとして会ってどうするんだよ……。」
「いや……まぁ、それはさぁ……」
曖昧な返事を聞いて、僕はため息をついた。
ふと、腕時計を見るともうすぐ19時をまわる。そろそろ帰らなければ…。そう思った僕は読みかけの本を閉じて鞄にしまった。それと同時ぐらいに誠も立ち上がる。彼が部屋を出たのを確認してから戸締まりの確認をして、部屋を後にした。
いつも通り2人で肩を並べて、出入口に繋がる廊下を歩いた。誠はしばらくブツブツと何か呟いた後に、また大きな声で話しかけてくる。これは昔っからの癖だ。
「でもさぁっ!!」
「うわあ…!いきなり何…。さっきの話?」
コクコクと頷いて続ける。
「調べる価値はあるじゃん!!何より面白そうだし。それに、次の学祭での発表内容も決まってないしさ。」
確かに、目前まで迫った学祭。僕たちのサークルは何をするのか、誰も何ひとつとして決めていないという極地に達している。まぁ、オカルトサークルの演し物を真面目に見る人なんてほとんど居ないだろうから、同じ内容でも良いんだろうけど、サークルリーダーがそれだけはダメ!!って言うもんだから従わざるを得ないのだ。
「それに……否定ばっかしてっけど、お前だってオカルトサークルの一員じゃん……。」
ブツブツと、でもはっきりと聞こえるように言われる。
「いや、まぁ…そうなんだけど。」
(別に自分から進んで入った訳じゃないんだけど…。)
「でもそれぐらい有名な噂なら、他のやつが調べてるんじゃ…。」
僕の素朴な疑問に、誠はチッチッチーと舌を打つ。
「それがみんなお手上げみたいなんだよねー。色んな意味で。っつー事は俺らが動くしかなくね?」
(いや、僕たちただの一般大学生なんだけど…。)
「……。」
不敵に笑う誠は、自信に満ち溢れているように見えた。
建物から出ると、雲行きが怪しかった。梅雨時期の天気は変わりやすいと言うが、あれはどうやら本当らしい。しかし、生憎今日は傘を持ち合わせていない。
「降ってきそうだな…。」
「うん。早く帰ろう。」
それからしばらく無言で歩いた。
いつもの十字路まで来ると、別れ際に誠に、
「って事で、明日作戦会議するから情報集めといて。俺も集めとくから。」
と、言われた。
「あぁ。わかった。」
と、だけ返して日が落ちた街を急ぎ足で進む。
途中のカフェの前で、女子高生達が話し込んでるのが見えた。僕はそこで歩くスピードを少し緩めた。別に、若い女の子が好きとか、その子達が女優並に可愛かったとかそういう訳じゃなくて。ただ、話の内容が少し…いや、かなり気になるものだったからだ。
女子高生A:「ねぇ、知ってるー?サインズモールのう・わ・さ!」
女子高生B:「知ってるー!!女のお化けが出るってやつでしょ?あと、行ったら呪われて行方不明になっちゃうって奴。」
女子高生C:「あれって本当なの…?なんか嘘くさくない?」
A:「だってニュースでもやってたよ?SNSでもめっちゃ話題だし、本当なんじゃない?」
C:「えー…そういうのって、人を怖がらせる為に作った作り話なんじゃないのー?口裂け女みたいなさー…」
B:「じゃあCが1人で行って本当かどうか確かめてきてよ(笑)」
C:「はっ!?1人で!?嫌だよ。それに私は忙しいからそんな事する暇ないもん…。」
嘘だー!と言って高い声で笑った女子高生達の話題は別の物へと写っていった。僕はそれを確認すると、少し立ち止まって考え込んだ。
元々、お化けが出るって言うのは聞いていたが、行方不明と呪い…という情報は誠から聞いていなかった。呪い…と言っても女の悲劇的な気持ちが引き起こしているものであろうし、それが人を行方不明にするものだろうか…。そもそも形有るものが突然消える…そんな事が有り得るんだろうか。
僕がじっと考えていると、何かがおでこに当たった。触ってみると水滴だった。空を見上げると、パラパラと雨が降ってきていた。
僕は慌てて駆け出した。いつも滅多に走らないせいか、息切れが凄い。しかし、そんな事があまり気にならないぐらい、僕の頭の中はあの噂の内容で支配されていた……。