九話目
「あ、ありがとうな、ツフ」
俺は駆けながらツフに礼を述べた。俺のせいだとわかったらE組の皆からどんな目で見られるかわからない。だから咄嗟に俺を連れて出てくれたのだろう。
「何言ってんだい! サスは何もしてないだろ! 気にする必要はないよ!」
ツフはそう言って俺を慰めてくれた。ツフに握りしめられている学園長も呻くような声でそれに同意をする。
「そ、そうじゃ……サ、サシュタイン君は何も悪くない……わ、儂が力を見誤ったのが全てじゃ……」
「どういうことです?」
「どういうことも何も……サシュタイン君は儂の結界が耐えられる以上の力を持っていたということじゃ」
その言葉にツフがこう尋ねる。
「ハゲ! ハゲは強さを数値で見れるんじゃなかったのかよ!」
「うむ。儂の素火武多有で見た数値では、サシュタイン君はなんら問題は無かった。今でもそうじゃ……ということは、素火武多有でも測り間違うことが……あるのか?」
どうやら学園長が見た俺の数値はさほど高くないようだ。少なくとも、学園長が自身の結界が耐えられないと判断してしまうような数値では無いらしい。
「しかし、儂の結界が破られるとは……こんなこと初めてじゃ……」
学園長は余程信じられないのか、ブツブツと呟き続けている。
「ハゲ! ブツブツ言って大丈夫かい? 安心しな! もうすぐ保健室に着くよ!」
保健室……そういえば皆、学園長を連れていくのを躊躇っていたな……と思った俺はツフに疑問の言葉を述べた。
「しかし、なんで皆保健室に行くのを躊躇ったんだ?」
「行けばわかるよ! ほら、そこを曲がったらすぐだよ!」
とはツフの言葉だった。俺は少し疑問に思いつつも、ツフの言葉に従い、様子を見ることにする。すぐの角を曲がるとひとつの扉があり、そこをツフが開けた。すると中には一人の女性が丸椅子に座っていた。金髪で長い髪のその女性は、ツフが扉を開けるとすぐにこちらに気付き罵声を浴びせてきた。
「何しに来た? このゴミが! ゴミ共に学園の施設を使わせる訳ないだろう! ゴミはゴミらしく死ねばいい!」
「あ、ああ……そういう事か……」
なるほど。ツフの言っていたことが確かに分かった。好き好んで罵声を受けたい人間などいない。まあ、ごく一部にそういう変わった性癖の人間がいるとは聞いたことはあるが、基本的には避けたい。いくら学園長のこととはいえ、この光景を想像し躊躇ったのは察することが出来た。
「すまないねぇ! 使わせたくないのは分かってるけど、でも残念ながら、今回は生徒じゃないんだわ!」
「話すのも穢らわしい! され! そして私の前から消えろ!」
ツフの言葉に聞く耳を持とうともしない、その女性。だが、ツフの手に握られている学園長に気づくと怒りの声をあげた。
「学園長? お前らハゲ学園長にまで手を上げたのか!」
俺はツフの前に立ち庇うようにな仕草でその女性に話しかけた。
「違います! 俺が悪いんです!」
「なんだ貴様は? 初めて見る顔だな……もしや話に聞いていたE組に入ってきた新しいゴミか? 確かスノウの兄だとか……スノウもこんなゴミが兄で可哀想に」
「俺のことはどうでもいいから、今は学園長のことが先じゃない……」
俺の言葉を遮るように背後から学園長の声が聞こえてきた。
「インサイド君……サシュタイン君は悪くない……悪いのは儂なんじゃ……」
弱々しく呻くような学園長の言葉に、インサイドと呼ばれた女性は苦虫を噛み潰したような表情になっていた。
「ゴミに指図されるのもムカつくが、ハゲ学園長を診ろというならその場に置いてされ! お前らに触ることなど穢らわしくて出来るはずなど無いだろ!」
「ああ、わかったよ! じゃあハゲを頼んだよ!」
ツフはそう告げると床に学園長を置き、俺の肩をポンッと叩く。目的は達したということだ。俺はそれを合図にツフと教室へ向かった。
「あの女はなんなんだ?」
俺は保健室から離れ、声が聞こえないであろう距離まで歩いてからツフにそう尋ねた。
「あの女がインサイド! インサイド・オールド! E組を目の敵にしている教頭アルファポの取り巻き三人の中の一人だよ! 治癒魔法は一級品らしいが、なにぶんあたいたちはそれが本当か見たことないからね! あくまでらしいとしか言えないね!」
「なるほど……ここの教師は皆ああなのか? 」
「ま、アルファポの取り巻きのインサイドと他の二人はあんな感じだね! アルファポは逆にあたいらのことは認識する価値もないと思ってるだろうね! 視界に入っても、一瞥すらしないから!」
教頭のアルファポって言うのは余っ程俺たちのことが嫌らしい。好きの反対は嫌いではなく無関心だと言う言葉を聞いたことがある。アルファポは恐らくそうなのだろう。嫌いですらない。存在すら無かったことにする。そういうヤツらしい。
「それはまた……」
「さ、用も済んだし、ハゲはあんなだしあたいはもう帰るか! 今日は学園に居ても仕方ないだろ!」
「勝手に帰っていいのか?」
E組以外の生徒は恐らく普通に授業を受けているのだろう。そんな中俺たちは勝手に帰っていいのかは甚だ疑問だった。が、ツフは悪びれる様子も無く俺の問いにこう答えてきた。
「ハゲがあれじゃ、今日やることなんか何も無いからね! ま、丸一日休めば大丈夫だろ! 何せインサイドの腕は一級品らしいからね! 皆も帰ると思うよ! 倒れたのは初めてだけど、今まで学園長があたいらのこと見れない時は、学園に来ることすらしない日も稀じゃないんだ! サスはどうすんだい?」
「俺はスノウを待たないとな」
今日、学園に来る時に俺はスノウから一緒に帰ろうとねだられている。約束をすっぽかして先に帰ることはさすがに出来ない。そんなことをしたら、その後何をされるかわかりきってるし待たない訳にはいかない。
「そうか! じゃあ教室で待ってるといい!」
「ああ、そうさせてもらうよ」
と話し、俺は教室の扉を開けたのだった。