七話目
明るい闇が晴れていくと、俺はとある場所に立っていた。岩肌が剥き出しの洞窟の中……壁を一撫でしてみるが、触感も本物となんら変わらずひんやりとしている。目を瞑っていれば、本物と間違う程の質感だ。ただ……色が無い。全体が淡い肌色のような色で出来ている。それさえ違えば本物の洞窟だと言われても、気づかないだろう。
と、俺が周囲を触り確かめていると、背後から声をかけられた。
「どうだい? サシュタインって言ったっけ? なかなかのモノだろ?」
振り向くと教室で一番奥に座っていた巨大な女が立っていた。
「ああ、君は……」
と、俺は言葉に詰まる。名前も聞いていない、なんて呼べばいいか戸惑ったからだ。すると察してくれたのか、先に名前を述べてくれた。
「あたいはツフ! ツフ・バルバルー! ツフでいいよ!」
ツフは豪快にそう言い放つ。体躯とあった口ぶりだ。体躯と口ぶりからは、小さなことは気にしない。そんな雰囲気を醸し出している。
「俺はサシュタイン。サシュタイン・ベルウノ。サスでいい」
俺はツフと同じように自己紹介をした。ベルウノの名前は隠したところで意味は無い。E組には貴族から毛嫌いされていた者たちが集まっている。ベルウノの名前に思うところがあるだろうが、ここで隠したところで後々わかった時が面倒だ。だったら大っぴらにしておいても何ら変わらない。
「ああ、じゃあサスって呼ばせて貰うよ!」
返ってきたのは俺の予想と違った反応だった。だいぶあっけらかんとしている。俺はその反応に少し驚き、つい呟いてしまった。
「へぇ。意外だな」
「意外って? 何がだ?」
「ベルウノの方には興味を示さないんだな」
隠していてもしょうがないから、俺は思ったことを正直に話した。するとツフは豪快に笑い飛ばしてきた。
「あはは! ま、話には聞いてたしな! あたいは特に気にならないよ! E組にも家柄にムカつく奴もいることはいるだろうが、だからといってサスにどうこうする奴はいないよ! 何せそういうことを周りにされてる奴ばかりだからな! 自分がそっち側になろうなんて奴はいないねぇ!」
なるほど、学園長も居心地いいだろうと言うだけのことはある。が、待てよ。ってことは俺が教室に入った時にやられたことは、家柄が気に食わないとかじゃなくてってことか? 冷静に考えるとそっちの方がヤバくないか? と俺は思った。が、ツフはそんな俺の考えを知ってか知らずか知らないが、俺に右手を差し出してきた。
「ま、これからヨロシクな!」
「ああ、こちらこそ……しかし……」
その手の巨大さに俺は握手を躊躇ってしまった。握手というより指を握ることくらいしかできない。何せ俺の数倍はあろう巨体だ。その手の大きさも比では無い。
「デカいな! って思ってんだろ! いいよ! 本当のことだしな! 気にするな!」
「あ、ああ。スマンな」
俺は握手を躊躇ったことを謝罪し、その指を握った。
「謝るなって! それにあたいはこの身体が気に入ってんだ! あたいの戦い方はこの巨大な体躯とそれを増す筋力強化の魔法で全ての敵をなぎ倒す! それだけだよ! その為にはこの身体は使い勝手がいいからね!」
「ま、想像通りってことか」
俺は微笑みながら肩を竦めてそう答える。返ってきたのはツフの豪快な笑いだ。
「あはは! やっぱりそう見えるか! じゃあサスは?」
「俺は……ま、似たようななもんか。基本的に魔法は使わず肉体でなぎ倒すかな」
嘘を言っても仕方ない。今までは自分以外を対象とする魔法は使えなかった。自分以外を対象に放ったのは先程戦ったブラストが随分と久しぶりだ。その前に遡ると……記憶はないな……
「魔法は使わないのか? 魔法自体は使えるんだろ? どんな魔法なんだ?」
「俺の魔法は重力を操る魔法だよ。動きが鈍くなるのが主かな」
「へぇ! 面白いな! あたいにかけてみてくれよ!」
「ここ……でか?」
俺は地面を指さしそう尋ねる。ツフは豪快に一つ頷いた。
「ああ、勿論だ! 早く早く!」
「じゃあ……ほらよ!」
俺はブラストに放った魔法の十分の一くらいの強さの重力をかけた。ブラストがあんなんだったから、より手加減をしないとダメかと思ったからだ。
「ん? 何か変わったか?」
しかしツフは涼しい顔をしている。何も感じないくらいのようだ。
「まだ大丈夫か……これなら!」
今度はブラストかけた魔法と同じくらいの重力にしてみた。俺のいつもかけている一万分の一くらいの重力だ。
「お、おお! 重い! 重いぞ! 身体が重くなってる!」
今度は感じられたようだ。ブラストはこれで気を失うほどだった。ツフが強いのか、それともブラストが弱いのかは分からないが……
まだ耐えられるならもう少し強くしてあげよう。この倍くらい……俺がいつもかけている重力の五千分の一くらいにしてみよう。
「それじゃ、これくらいで!」
「あ、あはは! いい……ねぇ! これは……キクねぇ!」
ツフの表情が苦痛とも快感とも言えない表情に歪む。先程までの余裕は無いようだ。だが、耐えている。ブラストとは大違いだな。
「へぇ、これくらいでも大丈夫か」
「ま、さすがにそろそろキツいがね!」
ツフが苦笑いを浮かべる。よくよく見ると冷や汗を浮かべている。俺も若干楽しんでしまっていたようだった。ツフの言葉を聞いて慌てて魔法を解いた。
「あ、ああ。スマンスマン」
俺が魔法を解くと、ツフは一つ息を吐き、呼吸を整える。そして、肩をぐるぐると回した。
「ふぅ! これは面白い魔法だね! 鍛錬に最適だ!」
「へぇ……ツフもそう思うか! 俺も母さんから、とある国の御伽噺を聞かせて貰ってな。その御伽噺の中では重力が何百倍にもなる空間で鍛錬するんだ。鍛錬するにはいい魔法だよ。俺が保証する」
「違いないよ! でも、こう言っちゃなんだが、地味な魔法だね」
火を出したり、氷塊を飛ばしたり出来る訳でもない。光のナイフも出せない。ツフの言葉はその通りだ。俺の魔法に派手さはない。
「ツフに言われたくないよ」
だが、俺も軽く笑ってそう言い返した。何故ならツフもそうだから。肉体を強化して敵をなぎ倒すツフの魔法は肉体強化。俺と一緒で魔法自体はかなり地味な魔法だ。
「あはは! 違いないね!」
と、ツフは一つ豪快に笑い飛ばしてから真剣な表情へと変わる。
「さて! お手並み拝見させて貰えるか?」
ツフの視線の先には五匹か、六匹くらいのゴブリンの姿が見える。が、やはり色はない。学園長の魔法で生み出されたモノだということが一目瞭然だ。
「ああ、勿論だ」
俺はそう言って一つ頷いた。そして剥き出しの岩肌に近寄った。
「こいつでいいか。よっと」
俺はちょうどゴブリンたちを全て飲み込めるくらいの岩を見繕って担ぎあげた。
「えぇ!」
「ほらっよっと」
そしてゴブリンたちの頭上に向けてその岩を放り投げる。
「えぇぇぇ!」
さてと、追加で重力を増しとくか……こいつらがどれほどの耐久を持ってるかわからんが……とりあえずいつも俺にかけてる力の千分の一くらいの重力で試してみるか。岩の重さとはいえ、魔物に近い存在なんだ。多分ブラストってやつにかけた十倍くらいは必要だろう。
「これでどうだ!」
と俺が魔法を岩にかける。すると急速に岩が落下を始めた。
ドズゥゥゥゥゥゥン! ドズゥゥゥゥゥン! ドズゥゥゥゥン! ドズゥゥゥン! ドズゥゥン! ドズゥン! ドズン……
するとゴブリンたちを押し潰した岩は、地面に大きな穴を空けていってしまう。そして下の層、またその下の層へと次々にいくつも穴を開け落ちていく。
「えぇぇぇぇぇぇ!」
ツフが驚き大穴に向かって駆けてゆく。そして下を覗き込んでポツリと呟いた。
「見えなくなっちまった……とんでもないな……」
そして振り返って俺に呆れた笑いを浮かべながら、こう話してきた。
「下に魔物が居ても全部ぺちゃんこだ、これじゃ! まぁ生徒たちはまだこの階にいるだろうから、そこは安心しなよ!」
「あ、ああ。それは良かった。死んだらお終いだもんな」
危ない危ない。初日で級友たちを押しつぶすなんて寝覚めの悪いことは避けられたようだ。いや、初日どころかそんなことしたくはないか。
「しかし……前言撤回するよ! あんた、魔法は地味だが、戦い方が派手すぎる!」
今度はツフが苦笑いを浮かべながらそう俺に話してきた。と、同時に目の前が揺らぎぼやけ出していく。そして段々と視界が明るい闇に閉ざされていった。