三話目
数日後、俺とスノウは第一学園に向かった。門の前には一人の小さな少し歳を召した男性が立っていた。髪は生えていないが、対象的に口ひげは豊富に蓄えている。
その男性は俺に気づくと、その口ひげを横に撫でながら尋ねてきた。
「チミがスノウ君のお兄様ですか。名前はサシュタイン君でしたかの」
「はい。そうです。サシュタイン・ベルウノです。サスで構いません。学園長……で宜しいですか?」
すると男性は一つ頷いてから、何かを思い出したかのように一つ手を叩いてこう言った。
「おお、おお。そうだそうだ。儂の方が名乗り忘れておったわ。人に名前を尋ねるときはまずは自分からじゃったな。すまんすまん。儂はガラハゲ・スモールファット。ハゲで構わんよ」
ハゲ……だと? た、たしか母さんの話だと、とある国では髪が薄い人、もしくは無い人に侮蔑を込めてハゲと呼ぶ国があるらしい。
いやいや、無理だろ! ハゲとか言えないだろ!
「え、えっと……それはちょっと憚られますね……学園長とお呼びしても宜しいでしょうか」
「そうかそうか。まぁ好きに呼ぶが良かろう」
学園長は口ひげを撫でながら何度も頷いた。
「あ、ありがとうございます」
「さて、早速ではあるがチミに編入試験を課したいと思う」
その言葉にスノウが驚いた声をあげた。
「学園長! そんなこと私は聞いておりませんわ!」
っとスノウも学園長と呼ぶのか。スノウも母さんの話は知ってるだろうから、やっぱり蔑称では呼べないみたいだな。
と、そんな驚くスノウに対して、さも当然といった様子で学園長はこう答えた。
「もちろんスノウ君には話してないからのう」
するとスノウは学園長の前に立ち、じっと力を込めた瞳で見つめる。
「学園長!」
スノウの魔法だ。精神干渉で意識を操作する魔法。先日俺に無意識放った魔法とは訳が違う。大抵の人間なら一瞬で意識を操られてしまう程の強さだ。
だが……
「残念じゃが儂には効かんよ。だてに第一学園を任されてるわけではない」
やはりさすがは学園長だな……スノウの魔法が効かないとは。
スノウもそれは分かっていたようで、やっぱり……といった様子で肩を落とした。
「しかし……」
そう呟くスノウに学園長は優しく語りかける。
「しかしもなにもサシュタイン君が儂に力を示してくれればいいんじゃ。なんの問題もなかろう?」
それを聞いてスノウは、顔を伏せて押し黙ってしまう。そんなスノウに学園長は優しい声色でこう続ける。
「のうスノウ君、チミの言いたいことも分かる。儂としても優秀な人材であれば、編入に問題はない。ならば確かめることくらいはさせてもらってもいいとおもうだがのう。それにこの話を持ってきたのはスノウ君のお母上じゃぞ?」
「お母様が!」
スノウはその言葉に驚き顔を上げた。そして学園長はゆっくりと頷く。
「そうじゃ、スノウ君のお母上じゃ。聞けばサシュタイン君は第二学園でも四天王の座に付いていたという。ゆめゆめ遅れをとることは無いであろう?」
「はい……そうですね……兄ならどんな相手でも負けません!」
スノウは決意を固めた表情になっていた。それを見届けた学園長は俺に視線を送る。その視線は、お主はどうする? と語っているように見える。
ここで俺が負けてしまえば編入の話は無かったことになるのだろうが……スノウの俺を信じて見つめる瞳を裏切る訳にもいかないか……
そう思った俺は一つ大きく頷いた。
「俺の方は勿論構いませんよ」
すると学園長は門の方を向いて一つ声をかける。
「という訳じゃ。出てきていいぞ、ブラスト」
すると黒いローブを纏い、深くフードを被った人物が門の影から姿を現した。そして、ツカツカと俺たちの方に近づいて、バサァリとフードを跳ね除け、俺を指さし学園長を見る。
「ハゲ学園長殿、僕の相手はこのガキですか?」
「何処かで見たことあるような気が……もしかして……」
言いかけた俺の言葉をブラストが遮って学園長に話しかける。
「おい、ハゲ学園長。あの約束は本当だろうな?」
「本当じゃよ。お主が勝てば、枠は一つ空いたまま。あとは何とかしようぞ。反省の色が見られれば何とかなるじゃろ」
「学園長! どういうことです?」
スノウが驚いた表情で学園長を問い詰めた。
「先日退学になったこやつの弟、サシュタイン君に勝ったら第一学園に戻してやると約束したのじゃよ」
やはり先程俺が感じた通りだ。ブラストは俺の代わりに第二学園の四天王になったフランネルの兄なのだろう。
「退学……その格好……お前フランネルの兄か?」
「そんなのお前が知る必要ねぇ! さっさと殺りたくて仕方ねぇ……まだかよ! ハゲ! 早くしろ!」
俺の言葉を無視してブラストは学園長を急かす。学園長は両手を挙げてブラストを宥めようとする。
「まぁまて、ルールくらいは説明を……」
「んなのいらねぇよ! 俺がコイツをぶっ殺したら終了! それがルールだ!」
しかし、ブラストは学園長の言葉に従う様子を見せることはない。
「仕方ない……聞き分けのないやつじゃ」
そして学園長は少し困った表情で俺を見た。俺は意図を察して一つ頷く。俺の意思を汲み取った学園長も頷きで返してくれた。
「では始めるぞ。スノウ君下がりなさい」
そしてスノウに下がるように求める。するとスノウ俺に駆け寄り両手を握り締めた。
「おにぃ! 目を見て!」
「スノウ……まさか……」
これは……スノウの魔法! スノウの精神干渉系の魔法は今の俺には効かない。たった一つを除いては……
これはそのたった一つの魔法だ!
一瞬後、スノウは両手を離し、数歩ゆっくりと後ろに下がったあとに俺に微笑みかけてきた。
「これでよし……おにぃ……お気をつけて下さいね」
そして一つお辞儀をしてから学園長の後ろへと駆けてゆく。
「ああ、スノウ。ありがとうな。気をつけるよ」
「結界はもうできておる。存分に始めるがよい!」
と学園長が言い終わるかどうかのタイミングで両手にナイフを持ったブラストが俺に迫る。
「何を気をつけるって言うんだ! 気をつけたところでお前は俺に殺されるんだよぉ!」
そう叫びブラストは俺の喉元を狙い右手のナイフを振り下ろす。だが俺は少しだけ後ろに下がり、紙一枚分の差でナイフを避ける。
「何を気をつけるかって? スノウは俺にこう言ったんだ。お前を殺さないように気をつけてくれってな!」
「魔法一つも使えない野郎が何をほざく!」
今度は左手に持ったナイフを俺に投げつけてきた。今度は右に首を倒し、髪一本だけ切らせてやる。枝毛だったしちょうどいい。
「なるほど、弟から俺のことは聞いていたか。だがそれは間違えている」
そして俺はその場で飛び上がり、くるりと後方に回転する。と目の前で俺の居た地面に炎の矢が降り注いだ。俺の背後からブラストが魔法を放っていたことを感じたから俺は飛び跳ねたのだ。
着地した俺はブラストにこう続けた。
「俺が第二学園で魔法を使ったことを誰も見てないからだろう。だが違う。俺は魔法を使い続けていただけ」
「何を言っている! 喋って俺の気を引こうとしても無駄だぞ!」
俺の魔法。それは重力を操る魔法。俺はずっと自分自身にそれをかけ続けてただけ。そしてスノウの魔法で自身に誓約をかけていた。
その誓約は魔法の威力を上げると同時に対象を固定する誓約。俺は俺自身にしか魔法をかけられなかっただけ。
しかし、スノウがさっき俺の誓約を解いた。本当は使うつもりもなかったが、スノウの望みだ。少しくらい力を見せてあげても良いだろう。
「嘘だと思うなら少し味わってみな?」
ブラストがどれだけの力があるのかは正直わからん。だが、段々とかける重力を増していけばいいだろ。スノウにも気をつけろって言われたし、ここは安全に……
まずは俺に自身にかけてる一万分の一くらいにしておこう。何も感じないところから、少しずつ増していく。何しろ他人に使ったのはいつか忘れてしまうくらいだ。力加減がわからない。
しかし、ブラストが俺と同じまで耐えられてしまったなら……その時は俺の負けかもな。
と考えた俺は軽く念じた。
次の瞬間、ブラストの体がまるで見えない大岩にでも押し潰されたかのように、地面に勢いよく叩き付けられた。そしてブラストは呻き声をあげる。
「う、動けん……い、息が……でき……」
ブラストはすぐに泡を吹き気を失ってしまった。俺はあまりの出来事に呆然としてしまった。
「サ、サシュタイン君の勝ちじゃ……な、なにが起きた……」
俺と一緒で呆然とした学園長は、それでもなんとか俺に勝ち名乗りを告げた。
するとスノウが俺に駆け寄ってくる。
「おにぃ! おにぃ! 早く魔法を解いて!」
ハッとした俺は慌てて魔法を解いた。
「あ、ああ……すまん」
まだ少し呆然としている俺にスノウは本気で怒った表情を見せてきた。
「おにぃ! 気をつけてって言ったじゃない! 本気で戦ってどうするの! もう少しで殺人犯になる所だったじゃない!」
「あ、いや……手を抜いたんだがな……」
「冗談言わないで! 相手を一瞬で瀕死に追いやっといて手を抜いただなんて!」
これ以上言い訳をしてもスノウの怒りは収まらないだろう。ここは謝っておくしかないか。
「あ、ああ……すまんな……以後気をつけるよ」
そして俺はスノウの頭を軽く撫でた。するとスノウの表情が少し和らいだようだった。
俺は学園長に視線を送ってこう尋ねる。
「ところで学園長? 試験は?」
「あ、ああ、勿論合格時じゃ。さ、中に入るが良い」
そうして俺は第一学園へと一歩踏み出した。俺の新たな人生がここから始まる。