二話目
小屋に帰った俺は部屋着に着替えて床に寛いでいた。すると、コンッコンッコンッコンッコンッと扉が五回ノックされる。またしばらくすると同じく五回ノックされた。
このノックはスノウの物だ。スノウは俺の妹であり今はちょうど同い年だ。俺の方が一年弱早く産まれたおかげで少しだけ年齢が同じになる時がある。
ベルウノ家の敷地の端っこにポツンと建てられた小屋。そこが俺の住まいだ。屋敷に立ち入ることは許されてない。妾の子だからという理由でだ。こんな俺の元に来るなんてスノウくらいしかいない。それにスノウは俺に対してのノックは必ず五回する。五回のノックなんてなんかのサインなのだろうか……
「おにぃ!」
なんて考え事をしていると、透明感のある優しい声が外から聞こえてくる。
「おにぃ! 帰ってるんでしょう?」
おっと、これ以上スノウを待たせる訳にはいかない。
「ああ、スノウ。わかったからちょっと待て」
ガチャリと扉を開けるとスノウが勢いよく小屋に転がりこんで来る。白銀の長い髪、透き通るような白い肌。誰もが見とれてしまうほどの美貌は、魅惑の海の底へと深く引き釣りんでしまう。そんな彼女が持つ二つ名は深い雪。俺に分け隔てなく接してくれる数少ない人間の中の一人だ。
「おにぃ! 今日は四天王の会議では無かったのですか?」
両手を胸の前にあてて、軽く首をかしげながら上目遣いで俺に尋ねてくる。
「ああ、そうだったんだけど」
「けど……?」
「四天王をクビになったよ。その為の会議だった。ま、会議ですら無かったけどね」
「そ、そんな! おにぃをクビにするなんて……」
スノウは少し大袈裟にフラフラとよろめき、壁にもたれかかった。
いつもはこんな動揺するようなことは無いのに……なにかおかしいな……
とは思ったが俺は構わず話を続ける。
「それだけじゃないさ、新しく入ったフランネルって奴の枠の為に俺は第二学園自体を退学になったよ」
「え……そ、そんな……まさか……」
顔を伏せたままだから分からないが、スノウは何故か笑っているように俺には見えた。
「ちょっとスノウ? なんか喜んでませんか?」
俺がそう尋ねると、バッと顔を上げて一心に俺の目を魅惑的な瞳で見つめてくる。
「い、いえ……そんなことはございませんわ!」
「そ、そうか……気のせいなら良いのだが……」
するとスノウは一瞬視線を逸らしてから、再度姿勢をただし、先程のように小首をかしげた。
「それで、おにぃはどうなさるのです? 第二学園を辞めさせられて」
「そうだな……元々学園に通うつもりも無かったんだ。だったら家を出て働くよ。まぁ出る家ってのもここだけどな」
ちょうど一年前、スノウが第一学園に通うにあたり俺をどうするか。という話になった。スノウは一緒に通いたいと駄々を捏ねたが父さんも認めなかった。それに第一学園には才能も身分も高い貴族が集まる。差別意識がより高い連中共と同じ空間にいる理由が俺には無い。間を取って第二学園に通うことになったのだが……第二学園も酷い物だったし結果はこんなもんだ。
「そ、そんな!」
「俺の天職は機織りだって、母さんもそう言ってたじゃないか? だから俺はそっち方面で働いた方がいいだろう」
母さんは生前、俺には『はたをおる』才能があるよ。って良く笑って言ってくれたもんだ。
「その話は確かに何度も伺いました。お義母様もそう仰ってたのは……」
スノウがそこまで語ると俺は、ピトッとスノウの唇に人差し指を軽く押し当て喋ることを止めさせた。
「おいおい、スノウ。母さんをそう呼んじゃダメだろ。スノウにはちゃんと俺と違うお母上がいるじゃないか?」
俺とスノウは母親が違う。俺はこの屋敷にメイドとして働いていた女性の子。スノウは正妻の子だ。スノウの母親も身分の高い貴族の家系。ベルウノ家の正式な次期当主はスノウであり、俺はベルウノ家にとっての存在価値は無い。だから敷地の中にある小さな小屋に住まされているのだが……
「嫌です! おにぃをこんな離れに住ませるあんな女など……」
スノウは心底嫌そうな表情を浮かべている。住まされている当の本人は気にしていないのだが、スノウは俺のことを哀れんで、心底怒ってくれる。それはそれで嬉しいのだが……
スノウはベルウノ家ぼ次期当主。ここは諌めることも必要だ。
「ダメだって、そんなことを言っちゃ」
「はい……ごめんなさい」
しおらしく謝るスノウの頭を、俺は優しく撫でた。
「わかればいいよ。良い子だ」
「ありがとうございます……ではひとつ、良い子である私の我儘を聞いていただけませんか?」
「なんだい? とりあえず話してみなさい」
「おにぃ……私と同じ学園に通って頂けませんか?」
俺の手の下から覗き込むようにスノウは俺にねだってきた。じっと見つめる瞳は惹き込まれるようだ。
っとまさか魔法を使ってくるとは……俺には効かないのはわかってるはず。ってことはナチュラルに発動してるんだな。本当に恐ろしい子だ……これほどの強度の精神干渉系の魔法を本人の意志とは関係無く使えるなんて。この一年でスノウもかなり成長したんだな。
が、しかし、俺にその我儘をきくことは出来ない。
「それはきけない我儘だよ。俺が第一学園に通えるはずが無いだろ? だからせめて第二学園にってなったんだから」
俺は首をゆっくりと何度も横に振った。
「そんなことはありません! 私が今度こそ父上に納得させます! 一年前のように第一学園に通わせないという訳にはならないはずです! おにぃはたった一年で四天王の座にまで登りつめたではありませんか? しかもおにぃは魔法を使わずに! これは快挙ですよ? さすがに父上も今回は認めざるを得ません!」
名前とは裏腹に、スノウは熱く語っている。俺のことを世間に認めさせたいというのは有難いのだが、出来ることと出来ないことがある。そう、俺が退学させられた理由の一つ、枠の問題がある。
「まぁ仮に父さんが良いって言っても、枠が空いてないだろう」
「大丈夫です! 先日退学者が居ましたから!」
「へぇ……珍しい。第一学園での退学者なんて……まぁだからといって俺が入れる訳無いだろう。学園が認めてくれる訳が無い」
「そこも問題ありませんわ! 学園長は洗脳をすれ……あ、いえ、学園長にはおにぃの実力は私がしっかりと説明させて頂きますわ! 入学も必ず許可して頂けます!」
「なんか不穏な言葉が聞こえた気がするのだが……まぁ、それはおいといて、やはり第一学園はなぁ」
「どうしてそこまで嫌がるんです?」
「まぁ、気にしなければなんてことはないんだけど……第二学園ですら俺を毛嫌いする連中ばかりだった。第一学園なら余計に……だろ? 俺がそんな所に通う意味なんて無くないか?」
「あります! 私がおにぃに近くに居て欲しいんです」
俺はどうやってスノウに納得させようか深く思考を巡らせた。このままじゃ堂々巡りになってしまう。平行線だ。
お互い引くことなく、しばらく黙っていると、スノウがポツリと呟いた。
「ダメですか? なら私にも考えがあります……」
「まさか……」
「これからはおにぃって呼びません! サスおにぃって呼ぶことにします!」
なぜかわからないが、俺はそう呼ばれるのがとても苦手だ。昔っからだ。俺の最大の弱みだ。そしてそのことはスノウも知っている。いつも最後の手段はこれになる。
「げっ! それだけはやめてくれ! なんでかわからないけど、それをしちゃいけない気がするやつじゃないか! わかった! わかったから!」
「ありがとうございます! おにぃ! では早速父上に伝えて参りますわ! では!」
「ああ、行っておいで」
そして俺はポンッと軽くスノウの頭を叩いた。スノウは軽く微笑んで会釈し、跳ねるような軽快さで小屋を出ていった。
スノウを見送ったあと、俺はパタンと扉を閉じて、一つ呟いた。
「しかし、第一学園か……どうなることやら」
と。