263 鮭の調理
冒険者の一人はまだ諦めきれないようだ。
「製作スキルで美味しい酒を造るのが難しいなら、魔法はどうだろうか?」
「魔法か。恐らくだが、魔法を使って加速させても多分不味いぞ? 実験してみないと確実なことは言えないが……」
魔法で酒造りを加速できるなら、それは商売として成り立つ。
だというのに、旧大陸で、酒造家が魔導師を募集していないのだから、きっと良くない結果が起こるのだろう。
そんなことを説明すると目に見えて、諦めて無かった最後の冒険者がしょぼんとする。
「そっか。そうだよな……」
残念そうに、冒険者たちは食堂へと歩いて行った。
少し可哀想になるが、我慢した方が美味いに違いない。
「みんなは酒が好きですから」
そんな冒険者を見送りながら、ヴィクトルが楽しそうに言った。
「ヴィクトルも酒が好きだろう?」
「もちろん大好きです。愛しているといっても過言ではないでしょう」
「そこまでか。なら、ヴィクトルもスキルや魔法で早くできるのを期待してたんじゃないのか?」
だからこそ、作業が終わったのに、ヴィクトルはキッチンに残っていたのだろうと、俺は思っていた。
「私の酒好きは、酒への愛は……きっと皆よりも深いんですよ」
「ドワーフは酒好きが多いって言うしな」
「はい。愛が深すぎて、待つ時間も愛おしいんです」
「……なるほど?」
よくわからなかったが、きっと待つ時間も幸せな時間だとか言いたいのかも知れない。
「テオさんは、何年もワインを寝かせて旨くする技法があるのは知っていますか?」
「ああ、それなら知ってる。王宮でのパーティで数十年前だかのワインを飲ませてもらった覚えがある」
「それはうらやましい」
魔王との戦いを終えて、帰還した後のことだ。
王宮でジゼラを慰労するパーティーが開かれて、俺たちパーティメンバーはジゼラに付き添ったのだ。
「テオさん。その酒を寝かせる技術は……じつはドワーフが編み出したんですよ」
「そうなのか?」
「はい。だからというわけではないですが、ドワーフは酒ができるまでの間は味を想像して楽しむのですよ」
「へー」
すると、黙って聞いていたケリーが言う。
「それだと、もし失敗したら悔しくないか?」
「もちろん悔しくて悲しいです。そう言うときは、友達を集めて、その酒を肴に酒を飲みます」
「……美味しくするためにはどうするのかとか? そう言う話で盛り上がるのかい?」
「いえ、酒を飲んで馬鹿笑いして、旨い酒を奢ったり奢られたりします」
ドワーフの価値観はよくわからないが、とにかく酒が好きだと言うことは伝わってきた。
その時フィオがぼそっと呟いた。
「……さけ」
フィオたちは製作途中の砂糖を見せてもらって、満足したようだった。
「フィオは大人になってからだぞ。お酒は体に悪いからな」
「わかた! でも、からだにわるいのに、なんでのむの?」
「なんでだろうなぁ」
「なんでだろうな」
「なんででしょうね」
俺、ケリー、ヴィクトルの答えが揃った。
味が……いや、味よりも飲んだ後の酔いがいいのだろうが……。
なぜ酔いたいのかというのは、一言では言い表せない。
「わかんないのかー」
「まあ、大人より子供が飲む方が体に悪いからな。大人になるまではダメだよ」
「わかた!」
「それより砂糖はどうなった? というか、魚の調理を手伝おう」
「きゅおきゅお」
俺とヒッポリアスはイジェの元に急いで向かう。
「サトウはジュンチョウ。サメタら、ケッショウになるから、ダイジョウブ。アトはマツだけ」
「そっか、魚は……」
「サカナもタイヘンなサギョウじゃないから、テオさんはミテて」
「そうはいってもなぁ」
「きゅお~」
自分の食事が出てくるのを、ただ座って待っているのは、なんとなく気持ちが落ち着かない。
「ジャア、ヒをオコシテ」
「わかった」「きゅぅお!」
俺は薪を用意してかまどにくべる。
『ておどーる、ひっぽりあす、ひをだす? きゅうお?』
「ああ、お願い。弱い火で頼む」
『わかった!』
小さなヒッポリアスの頭から、小さな角が生える。
そして、角の先からボッと小さな火が生まれる。
「きゅうお~~」
その小さな火が、かまどにくべた薪へとゆっくり飛んでいく。
「おお、あっというまに火をおこせたな」
「きゅおきゅうお!」
俺とヒッポリアスは一仕事終えて、イジェの手伝いをしようと戻ったのだが、
「お、これはなんていう魚なんだ?」
ケリーがイジェの横に立っていた。
「シャケ!」
鱗を取りながらイジェが言う。
「鮭か。あー。季節ではあるな」
「キュウタイリクにもシャケいるの?」
「いるぞ。基本的に海魚なんだが、産卵の時だけ川に戻ってくるんだ。新大陸でもそうなのか?」
「ウン。コノジキは、カワをノボッテクル」
ケリーは邪魔しないよう気をつけながら、イジェの手元を後ろから観察している。
「形態も似ているし……旧大陸と似ているのかもしれないな」
「ウミはオナジだし」
「そうか。海は同じか。……ここで見上げる月は、故郷と同じなのだなぁ」
「……詩人ですね」
ヴィクトルにそう言われて、ケリーは照れくさそうに頬を赤くした。
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