261 テオの昼ご飯
フィオが少し心配そうに言う。
「ておさん、おなかすいた?」
「まあ、多少はね。でも大丈夫だよ」
大人は一食ぐらい抜いてもたいしたことはない。
冒険者だったころは、二、三日何も食べられないことも珍しくなかったのだ。
「テオが、イジェとヒッポリアスと一緒にイジェの村に行っている間にね。先に食べてすまなかった」
少し決まり悪そうにケリーが言った。
ケリーは、俺が昼食を食べたと思っていたのかもしれない。
「いや、謝る必要はない。むしろ俺がフィオたちの昼食を忘れていたことの方が問題だ」
製作に夢中になるがあまり、空腹を忘れていた。
俺自身空腹を感じてはいたのだ。だが、ほとんど意識していなかった。
「大人だけなら、ともかく子供と一緒にいるんだから、気をつけないとな」
イジェにはとても悪いことをした。
「シロも食べたんだよな?」
「ああ、もちろん」
「ならよかった。問題はイジェとヒッポリアスだな」
イジェは食堂兼キッチンにいる。
何か食べていたらいいのだが。
「ヒッポリアスは……食べてくれているかな」
少し前まで、ヒッポリアスは散歩したついでに何かを食べていた。
最近、特に小さくなれるようになってからは、俺たちと一緒にご飯を食べるようになった。
ヒッポリアスとイジェには、かわいそうなことをしてしまった。
俺が反省していると、ヒッポリアスの気配を感じた。
「ん? ヒッポリアスか?」
「見えないが」
「しろ! ひぽりあす!」
「「「わふわふ!」」」
ケリー以外のみんなが気付いた。
そして、数秒後。
「わふわふぅ」
「きゅおきゅお~」
シロが走ってきて、その後ろからヒッポリアスがやってくる。
「しろー」
フィオが走ってきたシロを抱きしめてわしわしと撫でる。
シロも嬉しそうに尻尾を振って頭をフィオに押しつけている。
「「「わふわふ」」」
子魔狼たちもシロに嬉しそうに飛びついた。
「きゅお~」
そして、ヒッポリアスは口に大きな魚を咥えていた。
「おお、ヒッポリアス。魚捕まえたのか」
やはり、ヒッポリアスもお腹が空いていたらしい。
『ておどーる、たべて』
「くれるのか?」
『あげる。ておどーる。ごはんたべてない。きゅうお~』
どうやら、俺が昼食を食べていないから、心配してくれたらしい。
「ありがとう、ヒッポリアス」
「きゅお~」
「ヒッポリアスはご飯食べたか?」
『おなかすいてない!』
その返答で、道中、食べてきたのかと思ったのだが、
「わふっ」
シロが、ヒッポリアスはお腹空いていると教えてくれた。
どうやら、ヒッポリアスは、お腹が空いていると言ったら捕まえた魚を俺が食べてくれないと思ったらしい。
「そんな、気を使わなくていいのに」
『きゅお~。ひっぽりあす、つよいから、おなかすかない!』
強い竜なので、ご飯を食べなくても大丈夫と言いたいらしい。
竜はたしかに飢餓に強いが、お腹が空かないわけではない。
ましてや、ヒッポリアスは子供の竜なのだ。
ちゃんと食べた方がいい。
「ありがとう。ヒッポリアス」
俺は大きなヒッポリアスの頭を撫でてぎゅっと抱きしめた。
「きゅうお~」
「でも、魚は大きいから、一緒に食べような」
「きゅお~」
「魚は焼いたら美味しいからな。キッチンに行こう」
「きゅおきゅお~」
俺とヒッポリアス、そして、ケリー、フィオ、子魔狼たちは一緒に食堂まで歩いて行った。
「イジェもお腹空かしてるかもしれないな」
『いじぇもたべる!』
「そうだね、イジェも食べたいかもしれないね」
「きゅお~」
「ジゼラはどうしてるかな?」
『きゅおー。あそんでたよ?』
「今日というか、さっきの散歩のときにあったの?」
『そう! きゅおー』
「わふ」
シロも子ヤギと一緒に遊んでいたと教えてくれる。
「そっか。なら安心だな」
心配していなかったが、目撃証言を聞けたらより安心できるというものだ。
「なに? ジゼラと会ったのか?」
「ああ、ヒッポリアスとシロがな。子ヤギと遊んでたらしいよ」
「そうか、ジゼラらしいが……。一旦戻ってきて、それから遊びに行けばいいものを」
ケリーが呆れたように言う。
「たぶん! じぜら、こやぎとなかよくなるつもり!」
「仲良くか。子ヤギが新しい家が不安にならないように?」
「そう!」
「そうか。メエメエとかヤギたちとカヤネズミたちがいるとはいえ……ボアボアも飛竜も怖いものな」
ボアボアは雑食だが、体も大きく肉も食べるキマイラであり、飛竜は肉食最強の竜だ。
シロも肉食の白銀狼王種であり、ヒッポリアスも強力な竜である。
「子ヤギからしたら恐ろしいか」
大人のヤギより、子供の方が本能的な恐怖にあらがいがたい。
人族でも大人より子供の方が暗闇を怖がるのと同じだ。
「たとえるなら、非戦闘員の人族が獅子の群れの檻に入るようなものだものな」
ケリーがしみじみという。
いくら大人しい獅子だからと言われても、恐ろしいものは恐ろしい。
そうなんだ、大人しいんだと素直に入れる者は滅多にいないだろう。
「信頼できる獣使いが一緒じゃないと、檻の中には入れないよな」
俺がそういうと、ケリーは頷いた。
信頼できる獣使いが一緒でも、恐ろしいが、大分ましになる。
この場合、ジゼラは飛竜が暴れても抑えられると子ヤギに思われないといけない。
実際にジゼラが抑えられるかどうかではなく、子ヤギがどう思うかが大事なのだ。