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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【オリジナル大人百合】手負いの白獣

作者: 生ハム

 その連絡を受けて、天野明日香あまの あすかは国立病院東京付属医療センターへ夜半に駆け付けた。受付で身分を証明して、永遠を錯覚するほどの時間を廊下の長椅子で待って、やっとのことで集中治療室まで案内された。(面会を許可されない可能性も想定していたので、その瞬間、ほんの少しだけ安堵した)入室するとガラスの向こう、広いオペ室の真ん中に巨大な白い獣が死んだように横たわっていて、その周りを医者や看護師が右往左往していた。獣には、首、鼻、胴体、前足、後ろ足など、身体のあちこちに、ありとあらゆる太さの透明なチューブが差し込まれていて、治療というより生気を吸い取られているように見えた。

 天野は卒倒しそうな衝撃をなんとか殺すために、一拍、息をのんで叫ぶ。

「居待さん!!」

 ガラスに両手をつけて、中を覗き込んだ。獣の目は閉じられ、白い睫毛の房ができている。獣は3mはある大きな犬――ボルゾイをさらに大きくしたような姿だ。普段なら、普通のボルゾイと同じく美しく白いシルクのような被毛をしているが、いまは獣自身の血液で赤黒く汚れていた。全身を拘束具で固定されて、それにも血液が滴っている。細くともがっしりした流線形の骨格も、細長いマズルも、大きな垂れた耳も、毛先に金が混じる長毛も、今では華麗さとは無縁だった。お腹にあるらしき患部は人や機械に遮られてよく見えなかったが、細い左後ろ足にも何かの処置がされていて、天野は骨折したのだと直感した。天野は手に体重を預けて崩れ落ちないようにしながら、可哀そうな獣を無言で見守ることしかできない。

「あの、天野さん」

 案内してくれた病院のスタッフが天野に声をかける。天野はぎょっとして振り向いた。存在を忘れていた。

「三週間くらいは人に戻れないですけど、死ぬような怪我ではないからきっと大丈夫です」

「どうして、こうなったんですか?」

「僕は詳しく聞いていないんです。そのうち、チーフが来られると思いますから直接尋ねてみてください」

 スタッフは天野に気遣うような、曖昧な笑みを浮かべて言った。

 天野はガラス向かいにある長椅子に座って待った。散漫として何も考えられず、ほとんど意識もなく、死んでいるも同然だった。さっきの長椅子よりも、ここの長椅子の方が堪えた。


 居待いまち ともえ特殊害獣駆除実行部隊ハウンド任務中の負傷で、全治3ヶ月の大怪我を負った。

 熊がベースの特殊害獣駆除は居待の十八番で、サイトハウンド犬種特有の視覚と脚力、頑丈な顎で、多くの自分よりも大きな獲物を狩ってきた。駆除班による陽動も成功していて、何かが起こる可能性は限りなく低かった。そのはずで、彼女の負傷は熊のためではなく、闖入者によって引き起こされたものだった。居待は熊ではなく、無許可で戦闘に参加してきた巨大な猫――黒毛で蒼い瞳のメインクーンに似た姿の人狼に不意打ちで襲われた。腹部に噛みつかれ臓器が損傷し、狙われ逃げ遅れた駆除班員を庇って攻撃を受け、結果後ろ左足を骨折した。メインクーンは、駆け付けた別働隊の支援攻撃に逃げ出し、現在追跡中。動機は不明とのことだった。奇妙なことに、居待はそれだけの猛攻を受けて反撃は一切しなかったそうだ。駆除班の一人は“予想外のこととはいえ、我々が足手まといになってしまった”と苦々しく証言した。


 ロマンスグレイのチーフ、江上頼子は天野に状況報告をしてやった後、ガラスの向こうに目線をやり、ふっと息を吐いて一言、西のイントネーションで

「やらかしたねぇ」

と、だけ呟いた。いつものフォーマルなベージュのスーツが少しくたびれている。天野は激怒と混乱のあまり言葉が出なかったが、何か言わねばならないと手ごろなものを調達した。

「その、メインクーン、って」

「調査中。復讐なんて考えんときや。まあ、三日休みやるから、目ぇ覚めるまでついててやって」

「あの、でも」

「そんなんで来ても仕事にならんでしょ」

 それだけ天野に伝えて、江上はその場を離れた。


 三日経っても居待は目覚めなかった。天野は最初の一日はほとんど病院の控え室で過ごしたが、二日目からは案内してくれた治療スタッフが気を利かせてくれて、いつでも連絡するから出掛けておいでと促してくれた。天野はそれに甘えて病院の他の場所や、近所を散策した。病院の待合室にはたくさんの公務員と民間人の患者がいて、全員が居待より軽症に見えた。ハウンド付属病院であっても、さすがに人狼体で訪れる者は滅多にいない。お昼過ぎに夫婦らしき男女が、大きく、ぐったりした小麦色の兎を抱えてやってきたくらいだ。おそらく兎は彼、彼女らの子供だろう。夫婦が体調の悪い子供を、自分たちだけで運んできたことを思って、天野は胸が張り裂けそうになった。

 三日目は、治療室で眠っている居待をガラス越しに眺めながら、例のスタッフと

「まだ目が覚めませんね」

「きっともうそろそろ起きますよ」

と、会話をした。この頃には軽い談笑もできるようになっていた。こんな時にでも人間は笑えるのだなと天野は非常に感心した。もとい、幻滅したのかもしれない。分からない。

 午後は主に病院の近くの喫茶店でだらだら過ごし、時々、同僚たちに連絡して現在の状況を尋ねた。芳しくない、特に何もわからない、というのが共通の見解だったが、天野には自分の立場を鑑みられてわざと何も教えられないようにしか思えなかった。


 四日目のお見舞いは仕事終わりになった。居待はまだ目が覚めなかったが、容態が落ち着いたと判断されていた。二十四時間態勢での監視と拘束は解除されたが、包帯でぐるぐる巻きの大きな身体を動かすことが困難なので、治療室で寝かせたままだそうだ。

 その夜、天野は自身の持てる最大限の交渉力を使い、スタッフに頼み込んで、居待のすぐ隣に寝袋を敷いて寝る許可をもぎ取った。あからさまに迷惑そうな表情のスタッフは、居待が目覚めたらすぐにコールを押してと指示し、お礼も聞かずにどこかへ行った。ダメ元で試みて成功したので、天野は内心驚喜した。

 

 部屋は冷たかった。居待の獣の身体からは常に冷気がまとっていて、負傷して眠っている今も例外ではなく、それが部屋の気温をしんしんと下げていた。数々のチューブで繋がれた居待の下に灰色の毛布が敷かれている。白くて軽い抜け毛まみれで、まるで居待が溶けかけた雪の上に眠っているようだった。彼女の細長い貴族のようなその顔は、真っ白で優美な体躯と合わさって神聖な動物のそれに見えた。神様の使いが人間に囚われて、実験材料になっているのではないかと天野の一部が想像した。

 天野はその隣に持ち込んだ深緑色の寝袋を設置し終えると、居待の毛並みに触れる。久々に触れた居待のカールした絹糸状の毛並みは、艶やかさを失ってはいたが、柔らかく仄かに温かい。

「んー……」

 天野は磁石で吸い付けられるように、獣臭を無視して居待の首元に腕を広げて抱きつく。服は汚れてもいいカットソーとゆるいズボンに着替えてあった。心臓の鼓動が聞こえることを期待したが、皮膚の下で血液が静かに流れる音しか聞こえなかった。居待さん、と小さな声で呼びかける。返事はない。治療室は一人と一頭には少し広い。呼びかけた声が、部屋の天井まで上昇して、吸い込まれて消える。静かな空間に、獣の健やかな寝息、チューブの先の機械がブゥーー……ンと鳴り続ける音、またはピッ、ピッ、ピッと何かの機械の出す断続的な音が響く。天野は煩くて、悲しくて、不安で、とうとうやりきれなくなった。このまま、彼女が目が覚めなかったらどうしよう。自分はどう生きればいいだろうと考えた。首元に顔を押し付けて、嗚咽を漏らして泣く。涙は居待のダブルコートの毛にじわじわと染み込んでいく。それと同時に、この四日間全く眠れなかった疲労が、一気に天野に押し寄せた。

 天野は巨体に身を預けたまま、自分も人狼化して寝てしまおうかと泣いているうちに少しの間、眠ってしまった。



 天野は夢を見た。四日ぶりに悪夢ではなかった。以前、居待と早朝の冬の浜辺を、犬の姿で思いきり走った光景がそのまま夢に出てきた。居待は大きな白いボルゾイで、天野は大きな赤と白のボーダーコリーだった。居待への嫌悪も、自身へのそれも、驚いたことにその時間だけは安らいで完璧に忘れることが出来ていた。どこまでも続く寒い浜辺には二頭の他誰もいなくて、幼い日の光が静謐を生む。澄んだ空気と波音の中、巨体のボルゾイとボーダーコリーはバテるまで追いかけっこをした。

 天野はずっと居待が自分の数歩先を駆けるのを憧憬の念を持って、目を細めて見つめていた。そして、細長い脚が砂浜に力強く足跡を残すたびに獣の生命が躍動するのを感じ、きっと自分もその一部、一群なのだと喜びで震えた。赤毛の尾を運動会のフラッグみたいに振っていたかもしれない。自分の身体の精一杯を使って、全力で風を切って駆ける。きっと、居待も、そうできることが楽しくて仕方がないのだ。天野が居待の純白の尻尾を追いかける度に、それが遠ざかり、翻って細かい毛が強風になびく。やがて、白い獣が振り返り、

 背中側の寒さに震えて、天野は起きた。眼球の奥だけが熱かった。何か夢を見た気がしたが忘れている。

「さむい……」

と、貧相にぼやいたその時、天野の顔のすぐそばで、獣が目を開いた。

「えっ、わぁ!」

 たじろぎつつ様子を伺う。居待はただ虚ろに眼球を晒しているだけで、なにも見ていない。榛色の瞳は濁り、いつもの精悍さは失われている。ただ、白い縁のかかった睫毛は、人間の姿と変わりなく美しいものであった。

「い、居待さん!居待さん! 起きたぁ……、よかった……」

 天野の泣き声に反応して、犬の瞳が彼女を鋭く捉えた。ホッとした天野の身体が数瞬だけ凍り付く。息をのんだ。獣の姿になった居待の瞳は、それほど怖い。それは常人には意思疎通が不可能な、調教されきった猟犬の瞳だ。

 人間時の居待の目は大抵の場合、いつでも細められている。それは、友好、余裕、攻撃性を演出するポーカーフェイスのためだ。人狼化すれば、それは一転して井戸の底みたいに丸い瞳となる。欠けないそれは感情が反映されることがない。この姿の居待とは、自身が人間時にあまり接したことがなかった。

 しばらくそのままでいると、居待は長いマズル引いて、天野の腹に鼻先を伸ばしてきた。黒い鼻を身体中に押しつけられて、匂いを嗅がれる。そのまま獣が口を開けば、丸呑みにされてもおかしくない体格差だ。天野はそれをぎこちなく、けれども熱心に撫でて返した。

「だいじょうぶ、ですか? 居待さん……」

 返事はない。沈黙と、雑多な無意識の情動に耐える。獣が検査を終えたらしい時、涙ぐむ彼女は呆然として気が緩んでいた。

「きゃあっ!?」

 突然、居待が細長い頭をぐっと前に突き出して、天野に尻もちをつかせた。そのままカットソーを鼻先でめくってマズルをその中に突っ込んだ。

「ちょ、え、わぁっ」

 乾いた鼻先を、スタンプを押すみたいにむにむにとお腹や胸に押しつけられる。どんどんと犬の鼻息は荒くなっていく。より鮮明な匂いを求めているようだった。

「ひっ、うぅ……」

 くすぐったさより、驚愕と狼狽が勝る。まだお尻が痛い。しかしそれだけでは終わらなかった。

 めくれ上がって露出した天野のお腹を、居待の分厚い舌がべろりと舐めた。

「いひゃあっ!?」

 後ろに這って逃げ出そうとする天野の腰のあたり、薄く傷痕の残る箇所を居待の前足が抑えつけ、顔やお腹や胸を遠慮なく強引にベロベロと舐めた。

「んぐ、む、ははっ、い、もう、やめ……、あはは!!」

 もがもがと足掻くも、腰に前足が食い込んで、上手く逃れられない。爪が柔肌に食い込んでとても痛かった。手足をじたばたさせて抵抗するも、ざらざらとした舌が胴体を素早く這い回って、強制的に笑わされるうちに体力と気力が奪われる。天野はただただ、嫌悪感とくすぐったに悶えるしかなかった。

「ひぁ、はははっ! あはははは! やだ……、やめてって……! いたい!」

 暴れているうちに、居待と目が合った。暗い獰猛な、それでいて無情な瞳が自分を見下ろしている。襲われているというのに、この犬の目玉をくり抜いて宝飾品にすれば、ものすごく綺麗だろうなと天野は暢気に思った。怖がる気力も、もはや無かったのかもしれない。

 唾液で汚され光る腹と胸も、腰に食い込む爪の痛みも、あっという間のことでどこか上の空だった天野だが、居待の鼻先が天野のズボンを脱がしにかかると、流石に我に返った。

「わ!!? え、なに。それはダメ!! 待って、居待さ……!!」

 抵抗するもズボンは破かれて、それを繰り返されるうちに脱いだのと大して変わらなくなった。天野は今までの心労もあり、どっと疲れて、もうどうでもいいやと投げやりになって脱力した。

 居待の舌が股間に伸びても、閉じる両足の力を大して入れなかった。舌は足を簡単にこじ開け、下半身を下着の上からまさぐるように動いた。細かい愛撫を行うには、居待の舌は大きすぎる。当然、気持ちよさは皆無で、痛みの方が断然に強い。

「ふ、……ぐぅ、……」

 脚の間を布越しに強引に押し潰され、乾いた状態で擦りつけられる。痛みで腰が景気よく跳ねた。同時に胸の内に、よく分からない、未知の興奮が広がっていく。無理やり襲われて、身体を乱暴に扱われて、嫌なのに、毒を流し込まれたように興奮してくる。身体の熱さや快楽は全くといっていいほど感じない。頭の中だけがぐるぐるとかき乱されるような、調和の欠片もない興奮だった。


 ただ単に危険でテンションが上がってるだけだなと、冷静になるころには、天野の全身は犬のよだれまみれになっていた。しかも、よだれが居待の冷気で冷えて、ますます身体を冷やして風邪をひきそうだった。

 居待は舐め回すのを止めて、次は天野の頭を甘噛みし始めた。歯は当たっていないが、すぐ左右に彫刻のような門歯があり、生きた心地がしない。

「ちょっと、ほんとに、それは怖いですって……」

 焦って青ざめた天野がマズルを手で押しのける。ひょいと簡単に顔が離れて、彼女は拍子抜けした。押しのけられた居待は不服そうに鼻息を鳴らし、鬱憤を発した。

 天野はこの犬の低い唸り以外の声を、この瞬間初めて聞いた。





「きゅ~~~~~っ………、きゅ~~~~~~~ん♡」

「………………おぉ」

 ボルゾイをさらに巨大にしたような生物が、まるで小型犬が飼い主に甘えるのと同じように鳴いてみせている。長い喉、発達した顎から可愛らしい愛玩犬の声がしている。いつもはその顎で狂暴化した熊の化け物を噛み殺してるのに。適切なリアクションが不明だ。

「よ、よしよし。舐めるのは我慢しますから、噛むのはだけはやめてね」

「きゅうう、きゅうう~~~ん♡ きゅうううん♡♡」

 天野は両手どころか両腕の全部を使って、居待のマズルをわしゃわしゃと撫で回して宥めた。すると、居待はヘッヘッヘッと呼吸をして大人しくなる。なんとなく、笑みを浮かべているような気がするが、相変わらずその瞳は何も映していない。

 前足の拘束の力が緩んだのを見計らって、天野がやっとこさ、立ち上がった。もう一度、居待の首元に抱きついて、体重を預け、頬を擦りつけた。疲れきって力を抜きたかったが、筋肉がこわばって上手くいかない。

「あー……、死ぬかと思った」

 この暴力的な戯れさえなければ、ただ単に居待の回復に対する安堵の言葉となっただったろうに。

 居待犬は頭を天野の方に傾けて、寄り添うようにじっとしている。まだ喉を小さく震わせて、きゅうきゅうと可愛らしく鳴いていた。天野は甘える犬をおざなりに撫でた。

「まあ、その、重傷者のやったことだから……」

 別に人狼化したところで、人格や理性がなくなるわけではない。人間に戻っても記憶はちゃんとある。さっきのは痛みと体力消耗で意識が朦朧としたせいであろうか……。居待が人間に戻れたら、このことをどう受け止めるだろうか。少なくとも、死にたくなるだろうなと、気怠く考えた。今はとりあえずどうでもいい。

「これ、格好、どうしよう」

 続けて、三回呟いて困り果てる。カットソーはまだ無事だが、ズボンはお陀仏だ。まさかこのままの姿で、スタッフを呼ぶわけにもいかない。迷ったものの、患者用の着替えがないか治療室の外に探しに行くことにした。運が良ければ、控室に居待のものが用意されているので、下半身に衣服を纏うまで誰にも会わないことが可能、なはずである。

 部屋を出ようとすると、また居待がきゅうきゅうと鳴いて天野を呼んだ。天野はそれを、私に部屋を出ていってほしくないですという意味だと受け取る。ため息が出そうだった。

「すぐ戻ってきますから、待っててくださいね」

「きゅうううう……」

 後ろ髪を引かれながら扉を閉めて、控室を見まわそうとしたところで、さらに大きな声で鳴き始めた居待の声に思考が中断される。鳴き声がわきゅうううう、ううううーー!! という悲鳴のようなそれに変わっている。さすがに心が痛んで治療室をガラス越しに見ると、居待が立ち上がろうと、無理矢理体を動かしているのがわかった。包帯で固定された後ろ左足が酷使されてかけている。犬はパニックを起こしていた。

「ええっ、居待さん!?」

 あわてて居待の元に戻り止めさせると、彼女はなかば突進するように天野にすり寄り、媚びるように尻尾を左右に振った。

「きゅううううっ、わきゅ~~~~~~うううんっ!!♡♡」

「あー、はいはいはい……、って、う」

 目の前が一瞬で暗くなり、異臭と湿気と息苦しさに包まれ、、平衡感覚が失われる。上半身が犬の口の中にあると理解したのは、完全に息が出来なくなってからだった。

「*@※☆▲□◆;#!!?!!?」

 さらに冷えきった肌にとって、口内は灼熱だった。前面に押し付けられた柔らかい壁が容赦なくずりずりと動き、加速する。

 呑み込まれ、内臓に閉じ込められたのではないかと錯乱して、叫び声の出来損ないを生成している間に、すぐにぺっ、っと天野は吐き出された。また床に尻もちをつく。

「なに、が、なにが……、な、………!?」

 暗転と痛みで現実を認識できないまま、犬を見上げると、それも天野を見ていた。

「ふふぅぅうーーー!!! ぐるるるるるっ!!!!!!」

 天野をじろりと一瞥した後、居待がマズルを掲げて遠吠えをする。大声に、天野は濡れ鼠みたいに驚いた。

「えっ、いや……、こわ………。というか痛っ……」

 ボルゾイってたしか、あんまり鳴かない犬種らしくて、そういう、イメージだったんだけどなあ、と奥歯が震えながら天野はピントのズレたことを思った。

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