換魂祭
「ねえ」
「ん?」
「これ、なんだけど…」
私は学校の帰り、手に持っていた一枚のチラシを秀の前に差し出した。
そのチラシには大きな文字で換魂祭と書かれている。
「あの祭りか」
「そう」
「…何故これを俺に?あることは知っているが。何度も行ったことあるし」
「…一緒に行かない?」
「…ああ、そういうことね」
何かに気付いたかのような頷きとため息をする目の前の幼馴染。
まあ気づかれるよなと思いながらそれを見つめる。
この祭りに男女二人。
有名な噂話だ。
「要はあの噂話を確かめたいってことだろ」
「…まあ、そうね。やっぱり、気になるじゃない」
私たちの住むこの外れの田舎でひっそり行われている、知る人ぞ知る小さなお祭り。
それが換魂祭。
年に一度、8月の半ば、お盆の時期の一週間ほど前に行われ、魂体神社とその周辺が少しだけ賑やかになる一晩だけのお祭り。
一見すると何の変哲もない小さなお祭り。
だけどあのお祭りには昔から言われ続けているちょっとした噂話があった。
「15を超えた男女が手をつないで神社の敷地に入ると…ってやつだろ?」
ここで長く続くこのお祭りと共に伝わる、同じように息の長い噂話。
ある程度の年の男女二人がこのお祭りの間、手をつないで神社に入ると何かが起こるというものだ。
これだけならただの噂。
それだけなんだけど。
「そう。何故かやった人たちも何があったか教えてくれないあれよ」
この噂は間違いなく真実であるらしい。
というのもこれくらいの条件であれば…ということでやってみた人は意外と多かったようで。
実際に何かが起こったということはやった人たち全てが口をそろえて言うのだから間違いないんだと思う。
でも、それが何なのかはだれ一人として教えてはくれなかった。
皆、顔を赤らめてこう言うらしい。
――やれば分かる。ただ、一緒に行く相手は絶対に気を使わない相手にしろ――
と。
「私もこの前15になったし…あんたもだいぶ前にもう15でしょ?条件は満たせるじゃない?」
「…なんで俺?」
「幼馴染のあんたなら、そんなに気も使わないしいいかなって」
「ふーん…」
気のない返事にちょっと腹が立つ。
なんだ、こっちは結構真面目に誘ってるのに。
「何よその気のない返事。あー来る気ないならいいわよ別の奴誘うから」
「待てよ。何も行かないって言ってないだろ」
ちょっと慌てた様子で返事が返ってくる。
…何を慌ててるんだろうか。
「…来てくれるの?」
「換魂祭だろ?だったらその日は空いてる。鏡花…お前の家の前で待ち合わせでいいか」
ちょっと拍子抜け。
さっきの反応から考えるに絶対行かないって言うかと思った。
「分かったわ。じゃあお祭りが8時からだから7時30分くらいでいい?」
「おっけ。…ああそうだ。その噂を試すならひとつだけ忠告だ」
「え?」
「…動きやすい格好で来いよ」
「…え?なんで?」
「…いずれ分かるさ」
…なぜかその日の秀はため息が多かった。
□□□□□□
そしてその日。
「お待たせ」
「待たされた」
「うるさい。約束時間ピッタリでしょうが」
用意を済ませて家から出てみれば既に前から待っていたのか秀がそこにいた。
いやでも私は時間通りに出てきたわけだし勝手に早く来ていたのは知らないから謝らないぞ。
「…浴衣、着てきたのか」
「だって仮にもお祭りでしょ。…そういうあんたはいつも通りね?」
仮にもお祭りって名前だし、と思って浴衣を着こんできた私。
それに対して秀の方はと言うと全く持って普段通り、下手したら普段より簡素な格好じゃないか。
私は気合入れておめかししてるのになんだこの差は。
「…あれやるんだろ。動きやすい格好じゃないと、な」
「そういえばそんなこと言ってたわね。…どういう意味なのよそれ」
「…やれば分かるさ。それに最悪お前がどういう格好をしてきても、俺さえ動きやすければとりあえず問題は無いしな」
「どーいう意味よそれ」
暗にお前の格好なんざなんでも変わらないと言われたようでちょっとむかつく。
「あー…別にその格好がどうでもいいって意味じゃないぞ。そう怒らないでくれ。…可愛いと、思う」
「…ふん、そんな取ってつけたように言われてもなんとも思わないわよ」
…とかいいつつも、内心ちょっと安心したのは内緒。
可愛いとか言われて、嬉しくないわけじゃあない。
「それじゃあ、行こうか?」
「行こっか。場所は分かってるのよね?」
「当たり前だ。ここにどんだけ住んでると思ってる。ほら」
「…何この手」
「…人ごみに突撃するんだぞ。はぐれたら、困るだろ」
目の前に差し出された手。
繋げってことかな。
私、そんなはぐれるほど子供じゃないんだけど。
「…まだよくない?」
「…念のため、だ。後で、どうせやることになるんだし」
秀はそっぽを向いて言い放った。
暗くてよく分からないけど、顔が少し赤い気がする。
…ったく気恥ずかしいならこんなことしなけりゃいいのに。
「はいはい…ほら。これでいいでしょ」
「…行こうか」
「ええ、行きましょ」
繋いでやったんだから、こっち見ろ、馬鹿。
□□□□□□
「盛況ね」
「そうだな」
そうしてたどり着いた、お祭りの会場。
あんまりイベントごとが無いせいか、普段は見かけないほどにたくさんの人が集まっているように感じる。
普段は人も少ない神社の前の広間が大きな盛り上がりを見せている。
「あ、リンゴ飴」
「…食べるのか?」
「いや、あれ食べきれたことないからやめとく」
「なんだそれ。…ちょっと腹減ったな」
「何、夕飯食べてないの」
「いや、食べたけど」
「なによそれ」
「小腹すいた」
「なんか買えば」
「無駄遣いできるお金は無い」
二人で屋台の間をぶらつく。
すぐ噂を確かめに行ってもよかったけど、ちょっともったいなかったから。
「…二人でどこか出かけるのなんて久しぶり」
「…そうだな。中学校に入ってから、初めて、だな」
「小学校の頃は、色々遊びにいったのにね」
「…時間が合わなくなったからな。忙しくなったから」
「…そうね」
嘘だ。と、言ってやりたいが我慢する。
私もおんなじだから。
中学校に入って間もなくくらいまでは何も思わなかったけど、私たちの距離感が周りと比べると近いのが、なんか、少し、恥ずかしくて。
知らないうちに、距離が開いていた、気がする。
「…そろそろ、行くか?」
「そうね。…お祭りは、目当てじゃないもの」
お祭りの奥、ポツンと取り残されたかのように、静かに佇む神社に目をやる。
魂体神社。
名前の通り、人の魂と体の結びつきを司る神様がいるとされている神社。
…噂通りなら、そこで何かが起こる、らしいんだけど。
「…そういえば、なんで付き合ってくれたの?」
「…何が?」
神社に向かって歩みを進めながら問う。
「今回の、こんな、噂」
「俺以外の奴を、巻き込まれても、困る。俺なら多少の迷惑は許容できるから」
「ふーん。迷惑で悪かったわね」
「別に、俺は気にしてないから…お前は、気にするかもしれないけど」
「え?」
「なんでもない」
秀の小さな呟きを私は聞き逃した。
□□□□□□
「ほら、着いた」
「魂体神社…変わってないわね」
「…来たことある?」
「小さかった頃はよく来たわ。…めっきり来てなかったけどね」
「俺もだ」
神社はお祭りなど全く関係ないかのように静かだった。
というか人の気配が全くしない。
下でお祭りしてるのにこんなに誰も来ないなんてあるのだろうか。
「…どうした?」
「何よ」
「怖いか?人いないから?」
「ふん、そんなわけないでしょ。ただちょっと不思議だけど」
「…あの噂、こんな話もあるんだ。この日に神社に足を踏み入れる奴は何かに呼ばれてるってな。逆にそうじゃない奴はここに足を運ばない。だから誰もいないんだって」
「ちょっと明らかに恐怖を煽りに来るのやめてよね」
でも、ちょっと信じてしまう。
本当に神社の中には私たちしかいなさそう。
階段に座ってる人とかはいたのに、境内まで登ってきているのは私たちだけ。
ある意味噂に呼ばれてはいるが。
「どうする?やめるなら今のうちだが」
「ここまで来てやめるわけないでしょ。行くわよ」
秀の手を握る手にちょっと力がこもる。
…断じてちょっと沸き上がってきた恐怖のせいじゃない。断じて。
「いっせーのでで入るぞ、いいか」
「いいわよ」
意を決して、噂通りの一歩を踏み出す。
「「いっせーのーで」」
境内に一歩踏み込んだ瞬間に頭がクラっとした衝撃に襲われた。
方向感覚と平衡感覚が吹き飛んで、自分が立っているのか、どっちを向いているのかが分からなくなる。
体の変調のせいか、気持ち悪さが襲ってきて吐きそうになる。体が熱い。
思わず繋いでいた手を離してしまう。
一体何が起きているのか。
目を開けていられない。
思わず目をつぶって耐える。
私がこんなことになっているんだ、秀は大丈夫なのか。
心配したいけど自分のことで精いっぱいで、彼のことが見ていられない。
私このままここで死ぬんじゃ…
そんなことを考えていた矢先に、それは始まりと同じで突然終わりを告げた。
激しく刻んでいた心臓が落ち着いて、気持ち悪さがスッと引いていった。
まだ息は荒いが、どうやら死ぬことは無さそうだと安堵する。
「お…終わり…?」
少しづつ目を開ける。
神社は相変わらず、暗くて静かで、何も変わっていない。
これで…終わり…?
「…本当に終わりだと思うか?」
そんなことを考えていた私の思考を遮るように、高い少女の声が響く。
え?さっきまでそっちには誰にもいなかったはずなのに。
一体だれが…
そう思って向いた先には、とても見知った顔がいた。
…いや、知ってる。知っているけども。
そこに絶対いてはいけない人物。
「…これが噂。これが換魂祭の噂の真実だよ。鏡花」
私が、そこにいた。