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9.げざん

Q.

とざんした ひとが

かならず することって

な〜んだ?






ヒント

とざんは やまに のぼる

ことだね!

やまに のぼった

ひとたちは

みんな なにをするだろう?








「どうしたの、浮かない顔してさ」


 突然頭上からきた声に、僕は顔を上げた。


「こっちこっち」


 コンクリート塀の上に、あくびを噛み殺している猫。

 すっくと立ち上がると、尻尾をピンと立て、僕が歩くのに合わせて塀の上を歩き始めた。

 ついてこないで。


「そんな連れないこと言うなよー。困ってるレディを見つけたら声掛けるもんだろ?」


 でもあなた、猫でしょ。


「他人を思いやる気持ちに種族なんか関係ないさ」


 そうかな。

 僕は足を止めた。気付かず数歩行った猫が慌てて帰ってきた。ぴょんと飛び下り、僕の足元に寄ってくる。

 あ、お触り厳禁です。猫アレルギーなので。


「えっ、あーそれはごめん」


 嘘です。

 しゃがんで目線をあわせると、猫の喉を撫でる。

 目を細めてひたすら喉を鳴らしていたかと思うと、突然耳をたてた。目を見開いて飛び退り、コンクリート塀の上に登る。


「まあアレルギーじゃないのは知ってるんだけどさ、毎日会うし」


 じゃあね、と言って猫は去っていった。

 灰色と白の混ざった尻に手を振ってから振り返ると、同じ高校の制服が歩いてくるところだった。

 知らぬ顔ではないので挨拶を交わす。


「や」


 や。赤い手袋に包まれた右手を掲げ、ハイタッチ。

 「寒いね」と鼻の頭を赤くした彼女は言った。そうだね、と返す。「行こうか」うん。

 猫を触るのに外していた左の手袋を嵌めつつ、通学路を歩いて行く。行こうか、と言った割には全然こちらに合わせてくれない背の高い彼女の背中を追って、少し歩速を上げる。


「猫とお話してた」してないよ。「可愛いところあるじゃん」猫はね。「あんたが」えー。


 見上げると、電線の上に小鳥が捕まっている。


「寒いね」「最近あんまり食べ物が見つからなくてさー」「そうだね」「暖かくなるまでしばしの辛抱だね」「大変だよね」


 頑張って。

 僕の言葉は彼らに伝わるけれど、声には出さない。彼女に聞かれてしまうから。人間は、動物と会話なんてできない。

 できてはいけない。いけないことをしている奴は爪弾きにしていい。子供の世界は残酷だ。黒歴史かもしれない。

 吐いた息が白い煙となって空に昇っていった。なんの脈絡もなく寒いね、と言うと、「ほれ」と手が差し出された。何? 手を伸ばして握る。


「温めてくれ。手袋忘れたんだよね」


 じゃあこれ使えば? と、右手の手袋を外して渡す。「左手は?」こう。僕の右手が捕まえて、ポケットの中に格納する。暖かいね。

 彼女の歩く速度が僕と同じになった。


「あの猫と仲良いの?」


 えー、どの猫?


「さっきのアメショー」


 ああ。よく見るよ。

 朝はほぼ毎日あのコンクリート塀の上にいる。挨拶を交わす程度には良好な仲だ。あの辺が縄張りなのかな? 首輪がついてたし、野良ってことはないと思うんだけど。


「ああやっぱり? 首輪になんて書いてた?」


 首輪か。あんまり見ないからなぁ。動物にとって、人間がつけた名前は通称でしかない。ニックネームだ。本名は、生まれた時に魂に刻まれている。お母さんがつけた名前だ。

 まあ猫の受け売りなんだけど。

 コンクリート塀の猫は、本名がタマヌキノミヤツコって言うんだって。そんなこと僕以外の人間に言っても意味ないから言わないけどさ。


「たまきって書いてなかった?」


 たまき? 言われてみればそのような気もする。筆記体で書いてあるやつでしょ。僕英語苦手だから〝Tama〟までしか読めなかったけど。〝k〟〝i〟だったのか、アレ。言われてればそんな気もする。

 今度会った時に確認しとくね。どうしたの?


「いや、うちの猫かもしんねーからさ。ちょっと前から行方不明になってるんだけど、見つからなくて」


 ああ。家出猫さんか。

 「これ」と言って彼女が電信柱を指さした。探しています、という文字の下に、コンクリート塀の猫の写真が載っている。「見たことなかった?」

 そういうビラってあんまり目に入らないかなぁ。

 一人でいる時は大体俯いて歩いてるし。


「なんで」


 まあ、なんとなく。

 化け物が見えるから、とは言えない。犬や猫、鳥といった普通の動物みたいな見た目の子達は良いんだけど、なんだか普通の動物じゃありえない見た目の奴が居ることもある。

 頭の代わりに馬の下半身が生えている犬、とか。

 眼球から蜘蛛の足が生えている鳥、とか。

 背中から鳥の翼の生えた馬、とか。

 僕に害を及ぼすわけじゃないし、むしろ謎にフレンドリーなんだけど、なんとなく苦手で見えないふりをしている。見えない人といる時は絶対に話しかけてこないから、やっぱり良い奴らではあるんだと思う。


「まあいっか。今度見かけたらさ、私が心配してたからって伝えといて。早く帰っておいでって」


 まあそれくらいなら、って僕は猫とお話なんてできんからね?「はいはい」

 からかわれてるのかそうでないのか。


 学校まで近づいてきた頃、彼女は僕のポケットから手を引き抜くと、右手の手袋を返してくれた。「噂になっちゃう」そんなまさか。

 じゃあね、と言って彼女は自分の教室へ向かった。三年生の教室だけ、離れたところにある。無事に合格したら来年から大学生らしい。いいなぁ。

 僕も勉強しなきゃ。


 今朝はそう思ったが、いざ教科書など広げてみてもやる気が起きず、僕は窓の外に集まっている小鳥たちの会話に耳を傾けていた。


「人間達は毎日集まって何をしているんだろうね」「楽しいのかな」「楽しいのかもよ」「前で喋ってる人がいるね」「あの人のお話を聞きに来てるのかな」「でも寝てる人もいるよ」「ホントだね」「不思議だね」


 冬。

 窓際、日光のよく当たるところ。僕の特等席。小鳥の囀りに耳を傾けているうちに、どうやら微睡んでいたらしかった。がら、と扉がスライドした音に飛び起こされる。

 彼女だ。体操服を着ている。変に似合うな。やっぱり若さかな?

 居住まいを正して。別に寝てませんよ?


「いや寝てたろ。まあいいや、ちょっと怪我したやつがいるからさ、来てくれ」


 運動場?


「そ。足捻ったみたいでさ。ちょっと歩けないみたいだから、先生呼びに」


 任せて、と、救急箱を持って保健室を後にする。

 ざわ。


 何?

 廊下に出た時から、もうおかしかった。扉を開けてすぐに、馴染みのコンクリート塀の猫が座っている。縦長の瞳孔が僕を見上げていた。

 彼女が「こっち」と出した足が、猫をすり抜ける。何でこんな所に?

 小声で聞いてみる。

 猫は僕の白衣に爪を立てて器用に登ってきた。

 肩の上に身を落ち着け、頬に頭を擦り付けてくる。くすぐったいな。


「おーい、何してんの」


 彼女が待っているので、ひとまずその背中を追う。

 猫の首元で銀色のプレートが揺れる。〝Tamaki〟だ。

 耳元で話し始める。


「今、すっごい不安定なんだ」


 何が?


「うん。なんというか、始祖? 神様かな」


 僕は救急箱を胸の前に抱いた。


「僕達はさ、元々同一の存在だったんだよ。犬も猫も、人間も。無機物も有機物もすべてすべて、一つの存在だった」


 そんなわけないよ。進化論って知ってる?


「今猫があなたと会話できるのも、その名残。元々全ての存在に、あらゆる壁なんてものはなかったんだ。好きなだけ意思疎通できたし、子孫も残せたし、食い合うこともなかった」


 ふーん。眉唾物だけど……その話がどうしたの?


「昔昔、全ての存在が同じだった時代、僕達と神様は、どんどん子供を作っていったんだ。子作りしたことはある?」


 な、ないよ!


「血がね、混ざっていったんだ。そうすると末代にはね、神様の血と、この世の森羅万象すべての血を併せ持った子供たちが生まれることになった」


 運動場に着く。

 足を捻った生徒の様子を観察し、応急処置。病院は……念のために行った方がいいかも。折れてはないけど少し腫れてる。

 猫は僕の耳元で続けた。


「色々あって、子供たちは始祖が滅ぼしちゃった。それから神様は僕達の混血を禁じて、姿を消した……ということになってるんだ」


 僕は歩けない女子生徒に肩を貸し、保健室へ向かう。猫は僕の頭の上に避難した。


「神様はね、森羅万象と神の子ども達を全員、封じ込めてた。だから、姿を消してた。でも、その封印もだんだん緩んできた」


 親御さんに電話する。

 迎えに来れそうだとの事なので、そうしてもらう。無理ならタクシーを捕まえて近くの病院へ行くつもりだった。


「あのね、僕達が死んだ後もこんな風にこの世にいるのもそのせいなんだ」


 ああ。猫アレルギーなのに触れると思ったら、やっぱりそうだったのね。


「知ってたくせに」


 まあね。

 家が近くだったのか、直ぐにやってきたお母さんに足を捻った生徒を受け渡し、お見送り。お辞儀すると頭上の猫が落ちかけてちょっと暴れた。


「わざわざ縄張りから離れてここまで来たのはね、ご主人様が危ないかもしれないと思ったからなんだ」


 どうして。


「この学校の裏に、山があるでしょ?」


 あの立ち入り禁止の?


「そうそう。それでさ、生身の人間にしか頼めないんだけど……緩んだ封印をし直してくれないかなって。もしも封印が解けちゃったら、この辺り一帯は焦土になっちゃう。神様の放った炎も一緒に封印されてるから」


 神様は何をしているの?

 

「この通り、すっかり力を失ってしまった」


 ざわ。

 僕じゃなきゃダメ?


「まあ、僕の言葉が通じる人なら誰でも」


 一人だと……ちょっと怖いな。

 でも、行くしかないのかも。窓の外にいる異形の動物達が、懇願するような目でこちらを覗いている。不気味だと思っていたけど、なんだか少し可愛らしい。

 よし。行くか。


「お願い。危ないけど……君にしか頼めないんだ」


 うん。

 意を決して立ち上がる。

 保健室の扉を開けると、体操服の彼女がいた。

 ああ、やっぱり?


「触れねぇけどさ」


 今朝、そうじゃないかと思ったんだよね。──見えてたから。猫がさ。


「そいつ、なんて言ってる?」

「ご主人様、僕が見えてたの?」


 見えてたの? って。


「うっすらと。でも、こうしたら良く見える」


 彼女は僕の手を取った。「うん、やっぱりたまきだ。よく見える」言って僕の頭上に手を伸ばす。彼女の左手は猫の体をすり抜けた。

 眉をへの字にして見せたあと、僕の手を引いて歩き始める。授業は?


「あんたが心配だから抜けてきた。さっさと片付けて帰ってこようぜ。5時間目に間に合うように」


 噂になっちゃうよ。


「この辺全部が焼けるよりマシだ」


 随分物分りがいいんだね。


「あんたのことは信じてるからさ」


 告白?


「……………………」


 彼女の首がどちらに動いたかは内緒。

 ただ、必ず封印を成功させねばならない、と、そう思ったのは事実だ。



A.

 封印の強化

 解けましたか?

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