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8.くろいろ


Q.

てぶくろが

かくしている

いろって

なにいろ?






ヒント

てぶくろ という ことばに

ちゅうもくしてみよう

てぶくろは てにはめる

てぶくろじゃ ないかもしれないぞ





 ライカ、お前はどう思った?

 ガガーリンは「地球は青かった」と言った。「神はいなかった」とも。

 オーベルトが言うには、「すべてがうまく成功するか否かはわからない。けれども、世界には何も不可能なことはない。人はただこれを実行する手段を発見しさえすればよいのだ」だそうだ。


 コペルニクスが地動説を持ち出してから二十世紀。ついに人類は、宇宙の端に追いついた。オーベルト風に言うと、光速に追いつくことは不可能ではなく、ただこれを実行する手段を発見したのだということになる。

 あたしは理科の授業が一番嫌いだからよくわかんねぇが、遥か昔からずっと、人類は宇宙の探査を続けてきた。その結果、人間が生身で暮らせる星は結局全宇宙で見つからなかった。


 だのに、地球がおじゃんになっちまった。

 歴史が二番目に嫌いだから詳しくは知らねぇが、七十年前に地球上の全部を巻き込んだ大核戦争があって、生き残ったあたしたちの先祖は仲良く地下に逃げ込んだそうだ。

 以来あたしたちは、ずーっと地下深くに暮らしていた。それはあと十年も続ければ終わっちまうような、ギリギリらしい。


 すまんな、回り道した。あたしは国語が三番目に嫌いだから許してほしい。

 人類は、もう地球じゃ暮らせねぇから宇宙に行くことにした。でも宇宙にも暮らせる星はねぇ。

 そこで光速を超える、だ。

 宇宙の端は、光の速度で膨張し続けているらしい。だったら光より速く動けば、宇宙からは脱出できる。それはあたしにもわかる。

 つまり人類は、まだ見ぬ外宇宙に人間が暮らすに足る星があるんじゃねぇかって、そう思ったわけだ。


 ただ、いきなりってわけにゃいかねぇ。

 あと十年しかないとはいえ、まだ十年はある。光速を超えた人体にどんな予期せぬ影響があるかわかんねぇし、実験してみることになった。

 そこで白羽の矢が立った数人のうちに、あたしの名前はあった。こういうのはモルモットとかでやるんじゃねぇのか、と叫んでみたら、そうだ、と返された。あたしたちは実験動物だった。だって、ホントの動物は数世紀前に全滅してる。


 あたしは物心ついた時から盗みで生計を立ててた。今後もまあ捕まらない自信はあったし、捕まれば死にゃいいやと思って奥歯に毒薬を仕込んでた。

 ヘマって捕まった時にゃさっさと死ぬかと突きつけられた拳銃を前に奥歯の装置を解除しかけたが、サツはあたしに鉛をお見舞いする前に、こんな言葉を送りつけた。

 曰く、ここで体に穴ァ増やして踊るか、生き残れる可能性にかけてみるか、と。

 

 サツもマフィアも変わんねぇな。もしかしたらマフィアだったのかもしんねぇ。

 とにかく、こん時にゃ犯罪者は即死刑が当たり前だったから、まさか生き残れる可能性があるなんて思ってもみなかった。

 どうせ死ぬなら薬で楽に死にてぇが、死ぬか生きるかなら当然あたしァ生き残る。

 性奴隷にでもされんのかと思ったが、あたしが挿し込まれたのはチンポじゃなくて注射針だった。裸に剥かれたあとに渡されたのはスケスケのビスチェや局部を全部露出したどこ守ってんだかわかんねぇ下着じゃなくて、ぴっちりしたボディースーツ。


 全身に霧状の何かを塗布された時にゃホントはあたしを騙してて、毒ガスで殺されるんだとパニックになった(すでに全身に仕込んだ即死の毒薬は除去されてた)が、これはスプレー式の宇宙服だった。特殊な薬剤がないと絶対に剥がせないし傷つかない上に、溶鉱炉に飛び込んでも液化窒素の中で泳いでも温度を通さねぇスグレモノ。耐圧能力も申し分なく、着用中は無敵だった。

 無敵になったし科学者どもに殴りかかったら、即座に警備員が鉄砲持って駆けつけて、あたしの両手両足をなんかめちゃくちゃに撃った。

 算数が四番目に嫌いなあたしでも、流石に一対多じゃあ敵わねぇことくらいわからァな。あたしは投降した。


 あたしから両手両足を引っこ抜いた後に科学者どもが説明したところによると、当然無敵スーツを着用した犯罪者が暴れたことも考慮されていて、スーツを溶かす薬品が入った弾が用意されていた、だそうだ。

 あたしがこんなんじゃ自分でケツも拭けねェよ、と嘆いたら、テメェでケツが拭けなかったから今捕まってんだろうがと返されたので、口笛吹いといた。あたしが五体満足だったら抱かれても良かったかな。痺れたぜ。あたしはジョークが好きなんだ。


 両手両足には義肢を用意してもらった。マンみてぇだなっつったら、四人分だなと帰ってきてちょっと驚いた。私の自慢はちょっとワイオに似てることだ。映画なんて一つしか持ってなかったから、月は無慈悲な夜の女王は覚えるくらい見た。

 結局四十世紀になっても人類は月に住んでねぇし、まさかあたしが月どころか宇宙の外へ行くとは思ってもみなかった。

 宇宙を舞台にした映画は結構流行ってるらしい。あたしはリハビリの合間を縫って、いろんな映画を見た。オデッセイやアルテミスが気に入った。


 リハビリは恙無く進み、流石は最新式、あたしは機械腕と機械脚を使って生身の時よりよく動けるようになった。実はあたしが暴れなくても遅かれ早かれ義体に換装してたらしいので、単に撃たれ損だった。

 もはや逆らう気もなかったので、大人しく宇宙船に乗り込む。


 そっからは一瞬だった。

 地球が青いなんて嘘じゃねぇかガガーリンの野郎! と思ってデータベースで検索を掛けたら、より正確には「空は非常に暗かった。一方、地球は青みがかっていた」と言ったらしかった。


 あたしが画面に目を落としている間に船は太陽系を脱出していた。

 あたしが生まれて初めて見た、そして今後一生見ることのないであろう母星は、お別れするにはあまりにも短かすぎる時間で見えなくなった。


 まあ別にいっか、とあたしは与えられた私室に向かってみた。ひゅー! 最高。ペット用の部屋まで用意してくれてるなんて! で、あたしの部屋はどこ?

 盗みで生計立ててたあたしの家だって、もう少しでかかったのに。少なくとも、膝を軽く曲げさえすれば、横になれたんだから。

 こりゃひでぇ。あたしは共有スペースへ向かった。


 乗組員は皆同じことを考えたみたいで、共有のスペースには人種も様々な男女があたしを除いて五人、ちょうど自己紹介をしているところだった。

 なんと初対面だ。打ち合わせとかするもんじゃねぇのか。お前は庭いじりをする時、シャベルとゴミ袋同士に挨拶させるのか? だってさ。庭なんていじったことねぇから知らねぇよ。


 他の五人はみんな名乗ったところみたいだった。一番手前にいた優男が、掻い摘んで紹介してくれる。あたしは、ワイオミング、と名乗った。ワイオミング・ノット。名前なんざ元からねぇから、好きな映画からとった。もちろん月は無慈悲な夜の女王だった。

 優男が素敵な名前だね、と言った。こいつらはみんなハインラインのハの字も知らねぇ。つまんねぇな。


 みんなあたしと同じらしかった。なんらかの悪いことやらかして、とっ捕まった奴ら。他人に怪我させた奴をこんな誰の手も届かねぇとこにゃ集めねぇだろうから、まあ軽犯罪者だろうな。

 聞いたら、みんな盗みやってヘマした奴らだった。


 あたしは女どもとすぐに仲良くなった。似たような境遇だ。それに、女ってのはそいつが役に立つかどうかで友達になるかを決める。こいつらは役に立ちそうだ。

 男どもは全然ダメ。若い女(最年少のあたしなんてまだ十九だ)が三人もいるのに、全然手を出してきやがらねぇ。

 あんまりにも誘ってこねぇからこの玉無し野郎っつってどやしつけたら、玉どころか竿もねぇよって返ってきた。さすがに謝ったね。ああうん。あたしらも知らんうちに去勢されてんのかもしれねぇ。そう思えば生理は遅れてた。


 あたし達が旅立ってから、一ヶ月が経とうとしてた。宇宙の端はもうすぐそこで、とは言ってもあたし達にすることなんて全くなかった。

 宇宙の端──つまりは人類が地球から観測できる限界地点を超えた時に何があるか、それを報告しさえすれば、目下のあたし達の任務は終わり。

 あとはハビタブルゾーン探して、外宇宙の住みやすそうな星で産めよ増やせよ地に満ちよだ。アーメン。ザーメンがねえっつってんだこのヤロー。どんなに住みやすそうな星見つけても、子供もできねぇで干涸びて死ぬ。


 そのようなことを考えているうちに、あたし達は宇宙の端を突破していた。せっかくの瞬間なのに、クソみたいにどうでもいいことを考えていた自分にちっとばかし腹が立った。


 この時になって初めて、一向に連絡してきやがらなかった地球からいきなり通信が入った。

 周囲の状況や、船の進んだルートなどは宇宙船が資料を纏めている。だからそれを送ってくれとのことだった。

 あたし以外の船員は、みんなヤク中になっちまって使い物にならない。あたしは未成年だから、麻薬の支給は許されてなかった。

 食事も無味乾燥。セックスもできねぇ。だったら薬。それくらいしか退屈を紛らわす手段がなかったんだよ。あたしは映画見てた。


 思い出すだに腹立ってきたな。

 人工知能がまとめたとかいう資料もどこにあんのかわからなくて、怒りのボルテージが上がる。あたしは探し物が見つからねぇのが一番キライなんだ。腹ァ立つな。

 苛立ちに任せて思い切り船内の壁を叩いたら、叩いたところにノイズが走った。なんだよ、このやたらメカメカしい内装も全部映像だったのかよ。騙されてたぜ阿呆らしい。

 これが全部ディスプレイだってんなら、いちいち探さなくても適当に触っときゃ資料が出るんじゃねぇか? 案の定出た。画面いっぱいに出てきた資料に、船員からの追記があれば書き足してくれという注意書きがあった。

 左上から右端まで一ドットも残さず塗りつぶしてやった。アラートが出てあたしの書き込みは全部消えた。情報が全部消えるような奴はダメらしい。


 ペンの機能にカーソルを合わせて、グジャグジャと書き潰す。

 途中で面倒になって、手が触れたところ全部にインクがつくように変えた。こりゃいい。思いっきり叩いたところに、あたしの手形のインクがついた。

 あたしは重要だと思われる部分の九割を手の形で隠してやったあと、最後に送信ボタンをぶん殴って押した。

 その後で、あたしは倉庫からありったけの麻薬錠剤くすねてくると、全部飲み込んでやった。


 最高な気分だぜ、クソッタレ。

 


A.

外宇宙航海路

 解けましたか?

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