第2話 DON子のクロワッサン
まるで世界の重力が倍になったかのようだ。
それほどまでの重苦しい殺気が、その場から漂っていた。
アカリは机の上にそうっと手を伸ばしてみた。
「…………ッ!」
机の上に手を伸ばす、そう、それだけの事だ。
なのにアカリは、その瞬間死を覚悟した。
冷や汗が滝のように流れる。
(……こ…殺される…ッ!)
アカリは、ゆっくりと右手を膝の上に戻した。
その瞬間、アカリを包んでいた殺気が嘘のように消え失せる。
(……本気みたいやな……!)
どうやら、彼女も本気らしい。
だが、だからと言って残り1つのこれを渡す訳にはいかない。
「………………」
「………………」
再び重苦しい沈黙が流れる、その時不意に玄関の扉が開かれた。
「………………何やってるんスか?」
「……見ればわかるやろ……ッ!!」
「……戦争中だよ…死にたいの…?」
風牙は、二人から返ってきた殺気に思わず一歩後退り、思わず余計な一言を言ってしまう。
「お、落ち着くッス!オレ、米派ッスから!」
その瞬間、二人から殺気が膨れ上がる。
「この至高の逸品が理解できないとは……情けないッ!ゴブリン以下かよ!!」
「……オレ、何で貶されてるんすかね?」
「風牙は人生の十割を損してるね……」
「シズクさん……それ損しかしてないッスよね……」
「しゃーないやんシズク、だって風牙やもん」
「……あ、そうだったね!」
「「ごめんな(ね)!風牙!」」
「あんまりッスよ!二人とも!」
二人の畳み掛けるような掛け合いに、風牙は若干、涙目になる。
まぁ、いつものことだと気持ちを切り替え、風牙は二人に喧嘩の原因を聞いてみた。
「……で?何でもめてるんスか?」
二人はおもむろに皿の上を指さした。
そこにあったのは……
「……クロワッサン?」
大きなお皿の上にクロワッサンが1つだけのっていた。
「ただのクロワッサンちゃうわ!
DON子のクロワッサンや!そこらの尻軽クロワッサンと一緒にすんな!」
「……尻軽クロワッサンってなんスか?」
「やっぱり風牙の目は節穴なんだね…」
「いやいや!何でッスか!」
「うるさいぞ、何を騒いでおるんじゃ?おちおち昼寝も出来んわい……」
そこに瞼を擦りながら龍之介がやって来た。
「スケさん!二人がクロワッサンで喧嘩してるんスよ……なんとかして下さいッス!」
龍之介は、そんな彼等を眠そうな目で見ながら言った。
「変顔勝負すれば良いじゃろ?」
「………成る程!」
「何が成る程なんスか!?どこに納得要素が!?」
「流石ですね!龍之介さん!」
「「それに引き換え………」」
二人は同時にため息を付き、ジト目で言った。
「「風牙、つっかえねぇ~(な~い)!」」
「理不尽ッッスよぉぉぉぉぉッ!」