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水晶。

「ルーサーが?」

「はい。応接間でお待ちです」

「先触れもせず…相変わらず勝手な奴だ」

 あきれたように笑ってお父さまはあたしを抱きしめていた手をゆるめる。

 行動に迷って行き場のなかったあたしの手は、宙に浮いたまま。端から見るとまぬけだろうな。


「向こうから来てくれたなら都合がいい。おいで、ハンナ。一緒にルーサーに会おう」

「どなたですの?」

「昨日会う予定だった魔術師だよ」


 手を繋いで応接室に入ると、黒髪の少年が足を組んでくつろいでいた。

「他人の家とは思えない態度だな。ルーサー」

「お前の家ならば僕の家も同然だ」

 少年はすでにお茶まで飲んでいる。そのふてぶてしさに名作まんがのいじめっ子を思い出した。

「ところで朝食はまだかい?」

「図々しいやつだな、本当に」

「独り者なんだからしょうがないだろう」

「いいかげんに使用人を入れろ」


 ため息をついて、お父さまは家令に食事の用意を言いつける。


「さぁ、ハンナ。出ておいで」

 後ろに半分隠れて来客を見ていたあたしをお父さまは前に押し出す。

「ルーサー、紹介するよ。娘のハンナだ」

 かわいいだろう、と胸を張るお父さま。親ばか発言が恥ずかしくていたたまれない。

 たぶん顔が赤くなってる。


 そんなあたしに少年はにっこり笑った。

「はじめまして。ルーサー・グリフィスです」

「ハンナ・ハミルトンです」


 ん? よく考えるとおかしいな。魔術師さんはお父さまの友人だと聞いていたからお父さまと同年代だと思っていた。

 けれど、目の前に座っているのは間違いなく十代の少年だ。

 首を傾げているとルーサーさんがまた微笑む。


「具合はどう?」

「あ、はい、だいじょうぶです。昨日は大変失礼しました」


 お辞儀とか言葉遣いこれでいいかな?

 あ~、いちいちドキドキする。

 お父さまに促され、ソファに座ると彼はまっすぐにあたしを見た。


 その強い視線に居心地が悪くなりうつむく。お茶とサンドィッチがテーブルに並べられ、侍女が下がってもまだ視線は反らされていない。

「あの…なにか」

「うん、なるほどね」

 何がなるほど?

 疑問が浮かび顔を上げると、黒い瞳がやさしげに細められた。


「昨日、水晶玉の光の中で何を見た?」

 心臓が口から飛び出すかと思った。

 動揺してお父さまを見ると、心配そうにしているが口を挟む気配はない。


 正直に言うべきだろうか。

 でも前世の記憶があるなんて、クレイジーだと思われたらどうしよう。

 平凡に過ごすって決めたばかりだし、ここは当たり障りなくやりすごすことにするか。


 あたしは緊張しながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「あの…あの時は光がすごくて…」

「うん」

「それだけ…です。まぶしくて何も見えませんでした」

「——そうか」

 あたしの答えに頷くルーサーさんの仕草が妙に大人っぽい。

「では……君は目がくらむほどの光の中で、水晶が落ちないように受けとめてくれたということか」


 まぁ、そういうことになるのかな?

 とりあえずごまかせたみたい。


「礼を言う。おかげで僕の商売に穴を開けずに済んだ」

「商売?」

「僕が魔術師なのは知っている?」

 そういえばそんなこと言ってた。

「魔術師と言えばかっこよさげだけど、実体は頼まれて色々なことをする、ただの便利屋だ」


 便利屋と聞いて、前世で目にしたチラシ広告を思い出す。

 確か、迷い猫や犬を探す。重いものを運ぶ。草むしりをする。チケットの列に並ぶなんてことも喜んでします!って書いてあった。


 魔術師ってそんなの? ……んなわけないか。


 あたしが首を傾げると、ルーサーさんはサンドイッチを一口食べてまた笑う。


「仕事内容はね、魔術で失せものを見つけたり、人力では動かせないものを動かしたり…荒れた庭をきれいにしたり」


 ——前世の便利屋とあまり変わらないじゃないか。


 思わず噴き出しそうになって、ぐっと口元を引き締める。


「ルーサー、適当なことを言うな」

「だって今は戦争も政変もないし、僕が魔術ですることと言ったらそんなもの位だよ」

「今年の天候を読むとか、日照り続きの土地に雨を降らせたりとか国のためになることもしているだろう。それに水晶占いも」


「占いっていっても僕は水晶を覗いて、見えたことをしゃべってるだけだからなぁ」

「さも簡単そうにいうけどね。あの水晶を使えるのはルーサーだけだぞ」

 

「えっ」

 思わず声をあげたあたしをお父さまとルーサーさんが振り向く。


 魔法のなかった前世でも水晶占いというのがあった。あたしも駅前で自称占い師がやっていたのを見たことがある。

 昨日までの記憶によると、この世界では魔術…魔法が一般的に使用されている。だから水晶というものは魔術師の必須アイテムだと思っていた。


 あたしがそう言うと二人は重々しく頷いた。


「水晶には不思議な力が宿っていると昔から考えられていたし、魔術を使用する時に水晶がそばにあると魔力が増幅されるのも知られている。だが、水晶を通して何かを見る人間はいない。ルーサーと初代のグリフィス侯爵以外は」


「そう…なんですか」


 なんだかイヤな予感が背中をぞわぞわ這い上る。



「そうらしいよ、他の人間は水晶を覗いても何も見えないと言うんだ。だけど僕は色々なものが見える」

「ルーサーがあの水晶と波長が合うんだろう」

「だろうね。ただ、そんな僕も水晶が光ったところは見たことがない」


 ルーサーさんの黒い瞳が真っ直ぐにあたしを射貫く。


「で、君は何を見た?」

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