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とあるスライムの研究報告

作者: 森永真理

 この地球には『スライム』と呼ばれる摩訶不思議まかふしぎな生物がいる。

 どうやら人間の科学文明崩壊前には存在しなかった新種の生物らしいのだが、その生態は未だ謎のベールに包まれている。


 そこで、私はここに『スライムに関する研究結果』を記したいと思う。この研究が後々の我が同胞のためになれば幸いである。





 1.スライムの智能について


 一般に、スライムは爬虫類はちゅうるい~人間並みの智能を持っているとされているが、私はこの度、スライムの智能レベルを決定づけている要因を発見した。


 それはずばり、『連結数』だ。


 この『連結数』とは、スライムが何匹連なって出来ているかという文字通りの数字なのだが、普段スライムと接する機会が無ければ理解は難しいと思われる。

 そこで少し例を挙げてみよう。



 まずスライムがはじめに生まれる。

 この時、スライムの連結数は1だ。

 しばらくするとスライムの母体となった母スライムが寿命で死ぬだろう。

 残された子スライムは母スライムの亡骸を取り込み、融合する。

 この時、子スライムの連結数は2となる。

 連結数2のスライムがある時、道ばたで力尽きた連結数3のスライムをみつけて取り込んだとしよう。

 この時のスライム連結数は5となる、ということだ。



 お分かりいただけただろうか、これが『連結数』という概念である。


 そしてこの連結数が増えるに従って、スライムの智能は指数関数的に上昇するのである。

 以下に私が遭遇したスライムたちの、私の挨拶に対する反応を智能レベル別に記しておく。



 ――①連結数0~4程度の場合


 私『こんにちは』

 スライム「ぱしへろんだす」

 ※会話が成立しない。



 ――②連結数5~15程度の場合


 私『こんにちは』

 スライム「ぼくわるいスライムじゃないよ!」

 ※自衛のために無害さを主張する。



 ――③連結数50程度の場合


 私『こんにちは』

 スライム「あら、こんにちは。どこかへお出掛けかしら?」

 ※人間に近い智能レベルに達する。また、高い社会性を持つ生物となる。一般的なスライムの智能。



 ――④連結数100を超える場合


 私『こんにちは』

 スライム「こんにちは。ところで君はこんにちは、とおはよう、の境目はいつだと考える? 私はやはり――」

 ※通常のスライムでは考えないようなことを考えはじめる。



 こんなところだろうか。最も生息数の多い③段階のスライムは人間に協力的な個体が多いため、人間にとっては益獣(?)とされているのだ。

(また、ある冒険者への取材によって、連結数の多いスライムほど経験値が多いという証言が得られた。後日検証しようと思う)





 2.スライムの食性について


 はじめに、食性とは『肉食性』『草食性』といった分類である。

 言うまでもなく人間は『雑食性』である。


 スライムはというと、おおよそ『雑食性』である、と言うのが私の見解だ。

 どうして煮え切らない意見なのかはっきりさせておこう。

 数百匹のスライムを観察した結果、スライムの食性は個体によって異なることが分かったからだ。

 肉食系スライムもいればベジタリアンスライムもいるということだ。


 どうやらこれらの食性は生活している環境によって変化するらしく、草やコケが多く生える雨の多い地域のスライムは『草食性』の個体が大多数を占める。反対に、砂漠地帯などでは『肉食性』の個体が多くなるのだ。


 しかも、興味深いことに、それまで暮らしていた環境から離れて周囲の生態系が変化すると、あっという間にその環境に適応して食性を変化させるのだ。

 これは国際スライム学会でも何度か取り沙汰されていた話ではあるが、自分で確かめるとその柔軟性の高さに感動すら覚えた。





 3.特殊能力を持つスライムについて


 スライムの中には特殊能力を持つ者が存在する。

 以下に一部の例を挙げておこう。



 ――①体色を変化させる


 これは雪山や砂漠など、生物が棲むにはいささか厳しすぎる環境に置かれているスライムが持っていることがある能力だ。


 目的は言うまでもなく風景への擬態であり、数少ない獲物を逃がさないために備わった能力である。


 スライムの元々の体色は青みがかった緑であるが、この能力を持つ個体は人間によって観測されるほとんどの色へ変色が可能である。その一方、人間以上に色彩を判別することのできる生物に対してはあっという間に擬態を看破されてしまうことも少なくはないようだ。



 ――②他の生物への寄生


 時折人里にも姿を見せることのある巨大な生物にはスライムが寄生していることがある。

 寄生とは言っても、別に脳を乗っ取ったりするわけではない。ただ体内に入り込んで食物のおこぼれに与るといった程度のものだ。


 なぜこれを特殊能力としているかというと、巨大な生物――例えばドラゴンならば、体内に可燃性ガスを溜める習性があるために、一般的なスライムはガスに耐え切れず死んでしまうからなのだ。

 しかもこの点においてはスライムは持ち前の柔軟性を発揮しない。とどのつまり、生まれついて『寄生できるスライム』と『寄生できないスライム』がいるということだ。


 国際スライム学会でもこれを特殊能力に含めるか否かの議論が長年なされてきたことは周知の事実だが、この場を借りて、改めて私はこの特性が特殊能力の一つであることを主張したいと思う。





 4.スライムと人間の関係性について


 スライムの中には人間に愛玩動物ペットとして飼われているものも多数存在する。その気になれば生ゴミすら美味しくいただけてしまうスライムがペットとして重用されるのはある意味至極当然の理であるだろう。


 それらのスライムにはもちろん名前が付けられるのだが、名前の付け方は国によって厳格に管理されている。

(一般常識に近い話ではあるが、スライムと共生していない国の方にも分かりやすいよう念のため記載しておく)


 理由としては、『人間と対等の権利を与えられたスライム』が存在するからである。

 一部の高い智能を備えたスライムは国家試験に合格することで市民権と人権、その国での永住権が与えられる。当然戸籍なども取得できるため、人間とスライムで万が一書類の取り違えなど起きては問題になる可能性がある。


 そこで起こされた法律が『スライム命名法』である。


 人間とスライムの名前を分かりやすく違うものにしてしまえば取り違えは起こらないだろう、という発想の元生まれたこの法律がスライムの名前に制限を設けているのだ。


 スライムに名前を付ける主体としては『ペットとしてスライムを飼う家族』『スライムを雇用する企業』『政府が勲章的に授与』など様々であるが、この法律に則って命名しなければそれなりの罰則も用意されている。



 さて、その命名規則なのだが、非常にシンプルなものだ。

 ・ファーストネームのはじめに『スラ』を付ける。

 これだけである。

 例を挙げると、私の二軒隣のうちで飼われているスライムの名は『スラ八郎』である。



 ここで一つ私が研究成果として特記したいのが、『名前がスライムに与える影響』についてである。


 具体的に何が分かったかと言うと、私の研究によって“名前のないスライムは独立した一個体ではない”ことが判明した。

 噛み砕いて言えば、未命名のスライムは一生物でありながら、スライムという種族全体の集合的無意識に支配された存在だということだ。


 何が原因なのかは未だ特定には至っていないが、その状態のスライムに名前を与えることによってスライム全体のネットワークから独立した完全な自我を備えたスライムになれるのだ。


 これは国際スライム学会でも未発見の事柄であり、この研究結果の目玉とも言えるだろう。

 私が思うに、これはスライムと人間という二つの種族が上手く共存できていることの証左ではないだろうか。また、この分野での研究を深めていくことで、さらなる調和への道が開けるのではないだろうか。




 ……さて、私事ではあるが、この記録を記している紙がそろそろなくなってしまう。そのため、一旦ここで報告を切り上げ、紙を買いに出かけようと思うのだ。私の脚では帰ってくるまでにどれほど時間が掛かるか分かったものではないから。


 最後にもう一度、この研究が後々の我が同胞のためになれば幸いである、と記して筆を置くこととしよう。




 新暦1054年 12月16日  筆者:スラリオン=プルーノ

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